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愛の導  作者: 瀬名柊真
七章 人知れず

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side拓海

 路地裏に立つ青年、拓海はある人物を呼び出していた。

 路地の壁にもたれかかり、片手で無気力そうに携帯を持っている。その姿を見る人がいたのなら、普段との差に思わず二度見するだろう。

 幸いというべきか、その路地裏は人通りが少ないため、そんなことは起こり得ないが。


Purrr……


 静かな路地裏に呼び出し音だけが鳴り響く。

 路地の壁は冷たい。体を通して心まで冷えゆくようだ。路地特有の閑散さもまた、冷たさを際立たさせるのかもしれない。


(あぁ、早く出てくれないかな)


 そんな事を思いながらふわぁとあくびをする。

 目的の人物が通話に出たのは三コール目だった。


『……何の用?』


「あぁ!やっと出てくれた!……そんな警戒しないでくださいよ。ただお話をしたいだけです」


 拓海から言っておいて何だが、警戒するなというのも無理な話かもしれない。金輪際、電話などしてこないであろう人物からかかってきたのだから。しかも、ついこないだ無駄な警告をしたばかりの相手だ。

 それに、だ。どうやって彼の電話番号を知ったのか分からないのだ。どんな手段を講じたのか、警戒しないほうが馬鹿かもしれない。


『俺には、話すことなんてないけど?それに、どうやって連絡先を……』


「いえ、なに。少々調べれば分かることですから」


『……調べ方を聞いてんだよ。……ま、いいや。それで、話って?』


「それなんですが、直で話したいので、今から言う所まで来てくれます?」


『はぁ?なんで直接会わなきゃいけねぇんだよ』


 そう来るとは思っていた。拓海だって同じことをいわれたら不服に思うのだ。彼が思わないわけがない。だが、その彼を呼び出さなければ消せないのだ。だから、この手を使うほかない。使えば、確実に彼は来てくれるだろう。


「……話の内容が鈴海さんに関するものだから。とだけ」


『……!分かった直ぐ行く』


「懸命な判断助かります。五分以内にきてくださらなかった場合、鈴海さんに何が起こるか……おわかりですよね?」


 軽く脅しをかけてやれば、直ぐに通話が切れた。この調子なら直ぐに来るだろう。もしかしたら、想定よりも早く来るかもしれない。距離的に無いとは信じたいが。

 それにしても、本当に沙良を人質に取ったとでも思ったのだろうか。それならば心外だ。と、拓海は思う。好きな女の子を殺そうとは思わないはずだ。だが、それを信じたということは彼は殺そうと思ったことがあるのだろうか?


(だったら、やっぱり僕は正しい)


 そう結論付ける。沙良も、自分に対して殺意を持ったことがある人間とは一緒にいたくないだろう。否、一緒にいて幸せになることなど断固としてありえないのだ。

 その事を沙良にも、彼にも教えなければならない。そうすることが全員にとってのハッピーエンドだから。

 これらをすべて実行するには、彼が必須条件だ。彼の行動が少しでも予測から外れれば、この計画はうまくいかない。だから、信号にでも引っかかって、来るのが想定よりも少しばかり遅れれば良い。

どうか、うまくいきますようにと柄にもなく願いながら、彼が来るのを待っていた。神などいないと結論付けたというのに、神頼みとは。なんと都合がいい。だが、別に構わないだろう。その瞬間だけは信者が増えるのだから、願いを叶えてくれたって。叶えてくれたなら、万に一つもないだろうが、本当に信者になるかもしれない。

 別に、あんな男ごときに自分の手を汚そうとは思わない。が、邪魔なことに変わりはない。彼が誰かに殺されるほか、良いルートはないのだ。

 沙良を手に入れるためのゲーム。そう題するのが良いだろうか。いかに最適解を選ぶかにかかっている。

 一度でも分岐を間違えばTHE・END。一秒たりとも気を抜くことが出来ない。

 もしもこれが、コンティニューの出来るゲームだったなら。

 そうすれば別段苦労したりすることはなかったのだが、人生はゲームではない。一度きりなのだ。

 慎重に、確実に。

 沙良を手に入れなければならない。

 沙良は嫌がるだろうか?否、沙良が一番好きなのはーーいや、愛しているのは自分で間違いないのだから、彼には消えてもらう他ないのだ。

 心臓はバクバクと早鐘を打っている。

 唇の水分は乾ききっている。

 頭の中の思考が収集のつかないくらいにこんがらがる。

 緊張している時の証だ。

 拓海だって、緊張くらいする。この状況で緊張するなという方が難しい話だ。一世一代の大チャンス。逃すわけには行かない。

 それと、少しだけの恐怖心もある。拓海からしても、いくらなんでも、やり過ぎという気もしなくもないのだ。こんな事をするのは初めてだし、うまくやり切る計画はあれど、自信はない。

 もしも響也にバレようものならひどい結果になるのは間違いない。これから得られるであろう地位も、沙良もすべてを一度に失う。

 所謂ハイリスクハイリターンというわけだ。

 だが、此処でやるしかないのだ。

 地道に布石してきた。だから、布石した以上、此処でやらなくてもいつかは起こる。だったら、今起こすしかないのだ。

 今起こせば、最も勝率が高いのだから。

 準備はもう整った。

 拓海が深呼吸をしたとき、路地裏に、ゼェゼェと息を切らした人物の影が落ちた。


「三分、ですか……想像よりも早い到着です」


 本当に予定よりも早い。余裕ぶってはいるが、内心拓海は焦っていた。拓海の準備は出来ている。出来てはいるが、あっちの方は分からない。思わず舌打ちをしたい気分になった。


「うるせぇ!それより、沙良は!沙良は無事なんだろうな!?」


 声が嫌に響く。本当に、めんどくさいやつだと思った。


「よく見てください。鈴海さんは此処にはいませんよ。まぁ、これから先輩に呼んでもらいますが」


 わざとらしく、口元を歪めたのが気に食わなかったのか、彼は盛大に舌打ちをした。拓海は我慢したというのに。


「なんで俺がんなこと……」


「いいですよ。呼ばなくても。呼ばなかったら、先輩も鈴海さんも殺すだけですし」


 拓海が追い打ちをかけると、渋々と言ったように彼は沙良に電話をかけた。

 本当は殺す気など毛頭ないのだが、信じてくれたようだ。純粋すぎて反吐がでる。いや、彼は必ず殺すのだし、あながち信じたことも間違いではないか。

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