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愛の導  作者: 瀬名柊真
一章 恋
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1

外では雨が降っていた。曇天がひどく心を憂鬱にさせた。じめじめとして身体に纏わりつく空気は嫌いだ。

天気予報では曇りだったのに。念の為折り畳み傘を持ってきたのはよかった。

いつもならとっくに帰っている時間だが、鈴海沙良は教室に残っていた。


(千秋先輩、まだかな?)


彼女は、恋人である東城千秋を待っていたからだ。

教室内には沙良の他には数人しか居らず、皆、黙々と勉強をしている。

暇だ。やることはあるが、やる気が出ない。テストだって別に平均は取れる。何故こんなにも勉強をしないのに、テストの成績がいいのかは謎であるが。


「あっ……」


静かな教室内に、声が響いた。隣からだった。どうしたのだろうかと思わず隣を見てしまう。声の主は一ノ瀬拓海だった。周りの人たちは、沙良と違って拓海のことなど気にもとめていないようだ。全く薄情である。

沙良がそんな事を考えていたら、彼が沙良の方に手を伸ばしてきた。

何のために手を伸ばしているのか。何か用があるのか。

沙良には、拓海との接点などほとんどない。だから、全く心当たりなどなかった。そこでふとある可能性に思い当たって、足元を見てみる。予想通りというか、消しゴムが落ちていた。


「どうぞ」


拾って拓海に手渡す。拓海は「ありがとう」とだけ返して、また机に向かってしまった。そっけないことだ。別に、お礼は言ってくれたし構わないのだが。

なんとなく、気になって拓海のほうがぼおっと眺めてしまう。端正な横顔だ。少し前かがみになって解いているのはなんだろうか?

気になって遠目に見ると、何やらよく分からない言語が並んでいた。およそ理解したくないそれは、学習しなくても良い範囲のやつではないだろうか。


(勤勉だなぁ)


などとついつい思ってしまう。拓海は毎日のように勉強をしている。それも、最終下校時刻まで残っているのだからすごいことだ。内容も難しい。沙良のように勉強をしたくない人からすれば、理解が及ばない域である。人知を超えた存在。そんな気がしてならない。

だからか、沙良は少しだけ拓海が苦手だ。拓海とは高校から一緒だが、未だに仲良く出来ない。

拓海自身は明るく社交的だ。沙良に対して話し掛けてきたことは、そんなこともあったような?くらいの数ではある。勉強をしている時は寡黙だが、日常生活では皆から親しまれている。ギャップろやらもあるのだろう。高校生の時には何度か生徒会にも入っていた。

凄いなぁ。と、思わなくもないのだが、それだけだ。沙良とは住む世界が違うし、一般人として遠巻きに存在を認知してるくらいのほうが沙良の性分にも合っている。目立つのは好きではないのだ。

それにしても本当に勉強をしたくない。

カリカリカリカリとペンを走らす音が耳に残ってノイローゼだ。

何のためにそこまで勉強をするのだろうか?そんな事をしている暇があれば、千秋と一秒でも長くいたい。

どう考えても、そっちのほうが楽しいじゃないか。

しかし、こんな変人達のいる教室にいる以上、沙良も勉強しないわけにはいかない。周りから浮くのは沙良の本位ではないのだ。

どうせ、平均はあるとはいえ、数学の成績は低いのだし、せっかくだから参考書を解くことにした。……したのだが……開始早々音を上げそうになる。

第一、XだとかYだとか。αだとかβとか、δとか。何を言ってるのだか訳が分からない。√やπに関しては喧嘩でも売ってるのだろうか。沙良は理科はそこまで嫌いではないが、数学は大の苦手だ。やはり、文系しか勝たない。そもそも、文系といえば、文学系の略な気がするが、その点において社会よりも国語のほうが優先順位が高いから、文学系でも納得がいく。なのに、理系は何故理系なのだろう。理系……つまり、理科系の略だと考えられるのだが、どう考えても、数学のほうが理科よりも優先順位が高いじゃないか。聞くところによると、数学は理科のために生まれた科目だからだそうなのだが、納得がいかない。

だったら、何故数学を先にやるのだ。

何故、数学の先攻を取る人たちは理科をやらないのか。

いやまぁ、答えは明確で、理科をするためには数学が必要だから。なのだが、だったら数学の問題を理科の内容でしてくれればいいのに。などと思ってしまう。

方程式なんて、物理でも化学でも使うではないか。方程式の問題はそのどちらかでいいだろう。やっていることは変わらない。

そもそも数学なんて、一部のマニアにだけやらせておけばいいではないか。

本当、人間は何のために数学などという教科を勉強しているのだろうか。とグチグチ考えてはいるが、沙良は文系を取っているから、実はそこまで数学は勉強しない。

思考がどんどんとおかしな方向に飛んでいったその時。


「おーい!沙良!一緒に帰ろーぜ!」


静かな場には似付かわしくない愛しい人の声が聞こえた。途端に沙良は席を立った。


(やっと来てくれた!)


そんな気持ちで一杯だった。

勉学という呪縛から解き放たれる!とさえ思った。おかしな話だ。千秋を待つために勉強を始めたはずなのに、逆になっている。

千秋がきたため、教室を出ようと、ドアに手をかけ、直前で立ち止まる。


「また明日」


振り返ってから、誰に言うでもなく呟く。これは、小学校からずっとしているルーティンのようなものだ。

教室を出るときにはこうしないと、落ち着かない。


「うん。また明日」


今日は珍しく返事が帰ってきた。拓海の声だった。いつもは勉強に熱中していて何を言っても気が付かないのに。消しゴムを落として、集中力が途切れたからだろうか。

今までの人生で返事が帰ってきた回数は片手で数えられるくらいに少ない。その中でも拓海が返したとなれば二,三回くらいなのではなかろうか。

唯一返事をしてくれた拓海に、ほんの少しだけ好感が芽生えた。とはいえ。直ぐに消えるのだろう。

それよりも、頬が少し赤くなってしまったことのほうが問題だった。こんな顔で外へ出てしまっては、千秋に怒られてしまう。

別に嬉しくて照れたとかではない。断じて違う。ただ、返ってこないと思っていた返事が返ってきたことによる羞恥心の所為だ。

とにかく、沙良はありがとうというように手を振って、千秋の下へと駆けていった。

その背に視線が注がれていたことなど、知る由もない。

大学生活とか分からなさすぎて絶対変……。難しいよぉ。

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