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作者: 非公開

「入れよ。」


 旧友と一年ぶりの再会にも関わらず、今宮いまみや とおるはそれだけ言って俺を今宮の自室に招き入れた。


 今宮の俺を見る目つきは鋭く、口調も冷たい。


 一軒家の2階にある今宮の自室は六畳程度の広さで、畳敷きの床に車の雑誌やらエナジードリンクの空き缶やらであまり綺麗とは言えない部屋だった。


 天井にはカート・コバーンのポスターが何故か斜めに貼ってある。


 何故天井?


 しかも何故斜め?


 部屋に入っていきなり、俺は激しく混乱した。


「うぃっす……。」


 先に来ていた2人の先客に軽く手を上げると、2人もうっすらと手を上げ返してきた。


 確かこの2人のうちメガネをかけた男は蛙川あがわ 一護いちごと言ったか。伸ばしっぱなしの長髪にぽっちゃり体型の、見るからにオタクといった容貌だ。今宮と同じ、高校3年の時同じクラスだったはずだが、コイツとしゃべった記憶はない。相変わらず暗そうな顔つきだ。


 もう1人のセンター分けのイケメンは、顔は見たことあるような……。クラスは違うけど、同じ学年だったよな。


 どうも俺と同じく今宮に呼ばれたようだけど、なんでこのメンツなんだ?


 不審に思いながらも、部屋の中央に置かれている小さな丸テーブル付近に腰を下ろした。


 丸テーブルの中央にはバイクのものだろうか、小さな剥き出しのエンジンが置いてある。


 オシャレで置いているつもりなのだろうが……。


 腕も置きづらいし非常に邪魔である。


 日時生活が不便ではないのか?


 それか、いつもは部屋の隅に置いてあるのだが、俺たちに見せつけるためにわざとテーブルの上に移したのではないのか?


 俺は今宮の尖り過ぎたセンスに再び激しく混乱した。


 9月も始まったばかりだったが残暑は厳しく、部屋の中はクーラーでガンガンに冷やされ少し寒いくらいだ。


 俺の携帯に今宮から連絡が来たのが1週間前。高校時代は同じクラスでそこそこ仲が良かったはずだったが、文面には今日この時間ここに来るようにと、味も素っ気もない事務的なメールだった。


 呼ばれた俺たち3人は、それぞれテーブル近くにあぐらをかいたままそわそわと落ち着かず、誰も言葉を発せられないでいた。


「今日、みんなを呼んだのは他でもない。」


 今宮はテーブルに座るなり、そう切り出した。


「去年、殺された瑞稀みずきの事だ。」


 瑞稀とは、今宮と付き合っていたクラスメイトである。


 予想通りというか、今宮に呼ばれたという事は、それしかないだろうなとは思ったが、俺は今宮の言い回しに違和感を感じていた。


 殺された?


 確かに今宮は今、そう言った。


 確か、衣笠瑞稀きぬがさみずきは自殺したのではなかったか?


 俺は聞き違い、もしくは今宮の言い間違いじゃないだろうかと首を傾げた。


「殺されたってのはどういう事かな?」


 イケメンが質問した。


 質問の通り、衣笠瑞稀は約10ヶ月前の12月、つまり俺たちがまだ高校生だった頃、校舎裏にある杉の木にロープをひっかけ首を吊って死んだのだ。警察も来て、自殺という事で事件性はなかったと学校から説明があったはずだ。


 当時は全国ニュースでも取り上げられ話題にもなっていて、その杉の木には未だに花が添えられ続けていると聞く。


「俺は、あいつが自殺なんてするわけ無いってずっと思ってた……。それで、この半年独自に調査をしていたんだ。」


 独自に調査……。警察が自殺と断定したのに、10ヶ月近くも!?


 俺は今宮の執念深さに驚きを隠せなかった。


 確かに衣笠が死んでから今宮とは一気に疎遠になり、大学も別だったことからお互い全く連絡を取っていなかった。


 その間今宮は、衣笠の死の真相を暴くためずっと独自に調査をしていたと言うのだ。


 そして、俺たちが呼ばれたということは……。


「瑞稀の遺体が部活帰りの生徒に発見されたのが10ヶ月前の12月1日午後6時。その日に、お前たち3人はそれぞれ瑞稀と密会していたらしいじゃないか。特に瑞稀と接点もなかったはずのお前らがだ。」


 今宮は俺たち一人一人を睨むように見据えながらそう言った。


「……。」


 3人は顔を下に向け、口をつぐむ。


 つまり今宮は衣笠の死を自殺ではなく誰かに殺されたと考え、今日俺たち3人を呼びつけて犯人探しをするつもりなのだ。


 誰が、今宮の彼女を殺したのかを。



 ◆◆◆◆◆


「ちょっと待ってくれよ。俺たちの中に衣笠を殺した犯人がいるって言うのかよ?衣笠は自殺だったんじゃないのか?なんで殺されたって決めつけるんだ。」


 俺は思わずそう反論した。


「"緑と赤"。」


「……。」


 今宮の言葉を聞いて、背筋に冷たいものが走ったような気がした。


 "緑と赤"。


 一年前、俺たちの住む街で連続殺人事件を起こした殺人鬼の通称だ。


 四十代男性、二十代女性、三十代男性が1週間の間、立て続けに殺された。


 3人ともロープで首を絞められて信号機や街路樹に吊るされていたという、猟奇的なものだった。


 唯一の手がかりは被害者たちの服のポケットに入れられた緑色と赤色の2枚のカードだけだ。


 犯人が自分をアピールするためにカードを残したと噂になり、殺人鬼"緑と赤"という呼び名でその当時は高校でもその話で持ちきりだったのだ。


 しかし、それ以降は首吊り殺人も起きなくなったとされており、警察にも捕まっておらず殺人鬼"緑と赤"の目処も立っていない。


「でも、衣笠瑞稀の制服にはカードとかは何も入ってなかったんだぜ。警察も"緑と赤"とは関係ないと発表してたじゃないか。」


「いや。」


 俺の言葉に今宮は反論する。


「警察なんて信用できるものか。俺は瑞稀とその日も会ってたけど、自殺するそぶりなんて全くなかったんだ。そしてあいつは自殺なんかする女じゃない。俺は"緑と赤"が自殺に見せかけて瑞稀を殺したんじゃないかと思っている。そして同じクラスの女子にも会って情報を集めて、やっと怪しい人間が3人も浮かんできたんだ。瑞稀のためにも、今日はとことん付き合ってもらうぜ。」


 話が段々と大きくなっている気がしてきた。今宮は瑞稀を殺した犯人だけでなく、殺人鬼"緑と赤"が、俺たち3人のうちの誰かではないかと言っているのだ。


 いくらなんでも飛躍しすぎだ……。


 あの日本中を震撼させた殺人鬼が高校生のわけがないだろ。


 今宮は当惑している3人にお構いなく、話を進めていく。


難波颯太なんばそうた。」


 今宮に呼ばれて、俺はビクリと肩を振るわせた。


「お前、瑞稀が殺された日の放課後、校舎裏で瑞稀と2人で会ってたらしいな。」


「な、なんでその事を……。」


 俺は思わずそう聞き返した。


「チッ、やっぱり本当なのかよ……。クラスメイトの女子がたまたまみかけてたんだよ。」


「いや、あれは……。たまたまクワガタを見かけたから、2人で探してたんだよ。」


「おまえ、流石にその嘘は無理あるわ……。小学生じゃないんだからよ。」


「……スマン。」


 俺は観念したようにそう言った。


「……あっけなく白状したな。じゃあ、お前が瑞稀を……。」


「違う違う、俺は犯人じゃねえって……。」


「じゃあ今なんで俺に謝ったんだよ!瑞稀と放課後に2人で会っていた理由は何なんだよ!」


 今宮は語気を荒げて詰め寄ってきた。


 今宮に間近で迫られた俺は大きく息を吐いた後、告白を始めた。


「実は、瑞稀と俺は……。お前に隠れて浮気してたんだ。」


「……。え?……はいぃ!?」


 今宮は、今まで聞いたことのないような高いキーの声を出してそう叫んだ。


「……スマン。」


「いやいやいや……。え?何?瑞稀が……、瑞稀がお前と浮気してたって……そう言ったの?」


「……スマン。」


「スマンスマンて……。ちょっと俺の予想の斜め上に行ってるんだけど。犯人探そうとしてたのに……。え?浮気?……。」


 今宮は焦点が定まらない目つきで視線をフラフラと彷徨わせている。

 

 俺の予想外の告白に、激しく動揺しているようだ。


「本当にスマン。お前という彼氏がいるのを知りながら、瑞稀の誘惑に乗っちまった俺が悪いんだ……。」


「しかも瑞稀から誘ったのかよ!?」


 今宮は驚愕の表情で俺を見つめている。


 「まさか、ヤッてないよな?」


「……スマン。」


「……。俺まだキスしかしてなかったのに……。彼氏の俺より進んでるじゃねぇかよ!そ、それって浮気って言うのか?」


「いや、僕に聞かれても……。」


 涙目の今宮にそう聞かれた蛙川はサッと目を逸らした。


「いつからだよ?」


「え?」


「だからいつからお前と瑞稀は……。」


「えーと、付き合い始めたのは二週間くらい前……。」


「バカやろう!そんなわけないだろ。瑞稀はそんな短期間でヤるような、そんな軽い女じゃないんだよ……。俺だって3ヶ月も付き合ってチューしか出来なかったんだぞ!」


「……スマン。」


「クソッ!」


 透は近くのクッションに思い切りこぶしを叩きつけ、肩を震わせている。


 ちなみにクッションはかわいいウサギがプリントされているものだった。


 色々尖っている部屋の割にそれだけがとても異質であったが、俺はこのタイミングでそれを指摘する勇気は持ち合わせていなかった。


 気まずい時間がしばらく続いた。


「まあいい……。いや、よくはないけど。その話は一旦置いておいて、予定通り犯人探しを続けるぞ。」


 俺の告白で今宮のモチベーションが喪失し、この尋問の会も早速お開きになるかと思われたが、今宮はなんとか踏みとどまったようだ。


「難波、その後、瑞稀はどうしたんだ。」


「その後?えーと……。一年前の事だからな……。確か……会ってたのはそんなに長い時間じゃなかった。瑞稀は友達にこれから会うからって校舎内に戻って行ってたな。」


「何時ごろだよ。」


「え?時間は覚えてないけど、ただ、学校が終わってからすぐだったから、16時過ぎくらいだったんじゃないか。」


「……。」


 今宮は腕を組み、目をつむった。頭の中で手持ちの情報と照らし合わせているのだろうか?


「次だ。」


 今宮は目を開き、おもむろにそう言った。


蛙川あがわ。」


 今宮に名前を呼ばれた蛙川一護は、怯えた表情で今宮に顔を向けた。


 蛙川あがわ 一護いちご


 伸びっぱなしといった感じの長髪に小太りの体型で分厚いメガネの小男。上下真っ黒の服装でたるんだお腹が前に出っ張っている。


 こいつは大学生になっても高校の時とはビジュアル的に全く変わっていない。


 俺も蛙川と会話を交わしたこともなく、いつも1人で文庫本を読んでいた根暗なクラスメイト、という印象だ。


「蛙川。お前も瑞稀と2人で会ってるのを見た者がいるんだよ……。」


 今宮にそう言われた蛙川は、肩をビクリとさせ、いくぶん顔に食い込んでいるメガネをぐいと指で押し上げた。


「一階の階段脇に非常出口があるだろ。あそこは人目につきにくい。時間は不明だ。見た者も詳しい時間までは覚えてないみたいだったからな。」


「ぼ、僕は衣笠さんを殺してない……。」


 クーラーのガンガン効いているこの部屋で顔の汗をハンカチで拭きながら、蛙川はそう主張した。


「正直に自分が犯人ですっていうやつがいるかよ……。お前も瑞稀と同じクラスだったとは言え、接点はなかったはずだぞ。てゆうか、お前に友達はいなかった。」


「最後、わざわざ言う必要あるの?た、確かに僕は衣笠さんと会っていた。と言うより、それまでに何度か衣笠さんとは会っていたんだ……。」


「何度か瑞稀と会っていただと?な、何のためにだよ?ま、まさか、お前まで瑞稀と浮気を……!?」


「違う違う、僕はそんな事していない。」


 とんでもないという顔で蛙川は手を横に振った。


「僕は50歳まで貞操を守り、魔力を得て魔法使いになる予定なんだ。性交渉なんてするはずがないじゃないか!」


「……そうか。まあ、頑張れよ。」


 今宮は悲しい生き物を見る目をしながら蛙川にそう言った。


「浮気とかじゃないとすると、じゃあなんで瑞稀と会ってたんだよ?」


 今宮に尋問され、蛙川は一瞬躊躇したが、ポツポツと語り始めた。


「僕は……カツアゲされてたんだ。衣笠瑞稀さんに……。」


「ふーん、カツアゲね。……はいぃ!?」


 再び今宮は蛙川の顔を見つめながら変な声を出した。


「瑞稀にカツアゲされたって!?……。お前何適当な事言ってるんだよ!?そんなの浮気よりありえねえ!……まあ、少し気の強い所はあったけど……。」


「衣笠さんにその日も教室でいつものところへ来いって言われて、その場所に呼び出されたんだ。それで、金がいるからって五千円カツアゲされたよ……。」


「う、うそだ!瑞稀はヤンキーでもなんでもなかった。ただの普通の女子高生だったんだぞ……。そんな事するはずが……。」


 今宮は頭を抱えてうめくように言った。


「何か……弱味でも握られてたのかい?」


 イケメンが代わりに尋ねる。


「いや、普通に暴力。断ったら、お腹にパンチさ。一度、腹パンくらって昼のご飯をゲロったこともある……。」


「そんな……。瑞稀はそんな女じゃ……。確かに筋肉質で力も強かったけど……。瑞稀は……。」


 今宮はそう言ったきり、テーブルに突っ伏して静かになってしまった。


「おい今宮!尋問はどうするんだよ?」


 今宮に声をかけたが、今宮は何やらブツブツとつぶやくだけで、完全に自分の世界に閉じこもってしまっている。


 それも仕方がないのかもしれない。


 愛する彼女の死の真相を探ろうとしたはずが、実は彼女が浮気していて、さらにカツアゲしていた事がわかったのだから……。


 しばらくの間、無言の時間が過ぎて行った。


 …………。


「今宮がこんなんじゃ、探偵ごっこも終わりだな。」


 俺がそう言って、立ち上がりかけた瞬間、


「ちょっと待った。」


 そう言ったのは、イケメンだった。


「何だよ?もう今宮は精神的ダメージが大き過ぎて続行不可能だってよ。もう良いだろ?瑞稀も自殺だよ。」


 

「そうかな?僕も瑞稀は自殺じゃないと思ってるけど。」


 イケメンはそう反論した。


 俺はイケメンのその発言に面食らった。今日この3人は衣笠瑞稀の殺害及び殺人鬼"緑と赤"の容疑者としても疑われてここに呼ばれているのである。


 そして俺もおそらく蛙川も、隠しておきたかった瑞稀との秘密を告白する羽目になってしまったのだ。


 そしてこのイケメンも今宮からすれば容疑者の1人。


 こいつも人には言いたくない瑞稀との秘密があるに違いない。


 こんな場所からは一刻も早く立ち去りたいはずなのだが……。


 このイケメンはむしろ積極的な姿勢を見せているのだ。


 コイツ、何者なんだ?瑞稀とはどういう関係?


 難波はイケメンの真剣な表情を見つめたながらそんな事を考えていた。

 

「まあ、別にこの後やる事もないしな。」


 俺はそう言って再び腰を下ろした。


「それじゃあ。」


 イケメンはそう言って、切り出した。


「お互い、自己紹介しようか。」


 ◆◆◆◆◆


 3人は今更ながら自己紹介を交わした。


 このイケメンは千代田和樹(ちよだかずき)と名乗り、もと3年B組との事だった。


 俺たちC組の隣という事になる。


「それで、あの日やっぱりお前も瑞稀と会ってたわけ?」


 俺がそう聞いた。


「その前に、蛙川くんの話が途中だったよね?」


「そうだったか?蛙川はカツアゲされたんだろ?」


「うん、その後瑞稀はどうしたのかなって。」


 千代田に振られ、蛙川はボソボソと語り始めた。


「あ、うん。えーと、僕から五千円カツアゲした瑞稀さんは、近くの女子更衣室に入っていったよ。次は体育だからって。」


「じゃあ、その時間は放課後ではなさそうだね。授業の前に更衣室に行ったわけだからね。」


「そうだね。」


 千代田の確認に蛙川はそう返事をした。


「なるほどね……。」


 千代田は意味ありげにそうつぶやいた。


「次は千代田和樹、お前の番だ。」


 突然そう言ったのは今宮だった。


「今宮……、お前、大丈夫なのか?」


 思わず俺はそう問いかけた。


「大丈夫って……。俺は最初から元気だぜ。」


「いや、でも……。」


「わかってる。確かに瑞稀の浮気とカツアゲを聞いたときはショックだったぜ……。でもな、俺は自分の心に問いかけてみたんだ。おい、今宮透。お前はそれでも瑞稀の事が好きなのか?ってな。そして……、答えはイエスさ。俺はやっぱり瑞稀の事が好きなんだ。という事で、この犯人探し、やっぱり続けさせてもらうぜ!」


「今宮……。」


 そこまで瑞稀の事を……。若干自分に酔ったセリフにイラッとしたけど、愛って本当に素晴らしいな。


 でもな。


 でも、今宮、お前はまだ瑞稀の全てを知ったわけじゃないんだ。


 そこは覚悟しておけよ……。


 俺はそんな事を考えながら今宮を憐れみの表情で見つめていた。


「隣のクラスの千代田和樹。お前もクラスは違うが、事件当日に瑞稀と放課後会っていたらしいな。しかも、お前のいるB組の教室で……。これは、事実なのか?」


 今宮は千代田を鋭く見つめながらそう質問した。


「そうだね。放課後、僕はC組のクラスで瑞稀と会った。というか瑞稀が訪ねてきたんだ。」


「瑞稀の方からお前に会いに?お前と瑞稀はどういう関係なんだ?」


「関係?僕たちの関係は……。」


「ちょっと待て、浮気、カツアゲと俺は今日かなりのダメージをくらってるんだ。これ以上キツいのはやめてくれよ……。」


「ハハッ。僕たちの関係は他の2人みたいにヤバいもんじゃないよ。僕たちは双子の兄弟なんだ。」


「え?兄妹!?だって苗字が……。」


「まあ、よくある理由さ。」


 おそらく、両親が離婚して、子供をそれぞれ引き取ったという事なのだろう。


 言われてみれば、顔の輪郭は違うが、目元が似てなくもない。もしかしたら一卵性の双子なのがしれない。


「まあ、安心したぜ。」


 今宮がホッとした様子で言った。


「浮気とカツアゲとかじゃなくてマジで良かった。でも瑞稀も水臭いよな、同じ高校に兄弟がいるなら、教えてくれても良いのに。」


「俺が言ったんだ。俺と兄弟である事は隠せって。」


「え?」


 和樹の言葉に、何となく和やかになっていた部屋の雰囲気がスッと変わった。


「え?何で隠すんだよ?その、親の事が関係あるのか?」


 今宮の言葉に和樹は首を振る。


「いや、親のことは関係ないよ。隠す理由は、もちろん瑞稀が原因さ。だって、あいつの秘密がバレたら、恥ずかしいじゃない……。」


「秘密って、何?恥ずかしいって、どういう事?」


 今宮は引きつったような表情を浮かべながらそう聞いた。


「あいつは死んでしまったし、今宮もこの事件を本気で解決したいみたいだしね。これは今宮君も知っておかなければならない事実だと、俺は思う。」


「おいおい、いやにもったいぶるじゃないか……。」


 顔色が悪くなってきた今宮をまっすぐ見つめながら、千代田はそう言った。


「実は、衣笠瑞稀は、男だったんだ。」


「……。」


 その場が凍りついたように、誰もが息を止めた。


「……な、何言ってんだよ。さすがにそれは無いわ……。」


 今宮はうめくようにそう言った。


「そ、そうだ……。難波、おまえ、瑞稀と浮気してたんだろ?なあ、千代田の話は嘘だよなぁ?」


 今宮は助けを求めるような表情で浮気相手である俺に問いかけた。


 よっぽど追い詰められているに違いない……。


 しかし、俺は今宮の期待する答えを言う事はできなかった。


「……スマン。」


「またそれかよ!てゆうか、知ってたの?知ってたってゆうか、お前もそういう趣味の人なの?」


「……俺は両方いける。」


「いやいや待て……。待て待て待て、待ってくれ……。だってあいつ女だったじゃん。制服だって、セーラー服着てたぜ?スカートだって超ミニだったぜ?そんなの、校則違反だろ?」


 今宮は、すがるような表情で千代田に言った。


「それが、うちの学校は違反では無いんだ。」


 憐れな者を見る目で千代田は今宮を見つめる。


「制服で、スラックスを履いてる女子も学校にいただろ?うちの学校は、スカートとスラックス、どちらも選べるようになってる。女だろうと、男だろうと(・・・・・)ね。ジェンダーフリーってやつさ。」


「ぐっ、じゃあ、トイレはどうしてたんだよ?女子トイレはさすがに入れないだろ?」


「2階の調理実習室横のトイレ。あそこは男女共用だ。」


「くっ……、待て……まだ終わらんぞ……。」


「往生際が悪いな……。」


「着替え!着替えはどうすんだよ!?体育の時に体操服に着替えるだろ。女子更衣室で着替えてたって言うのかよ!」


「あいつは体育は全て欠席していたんだ。学校にどう許可をもらったのか知らないけど、体育の時間はいつも着替えずにずっと保健室にいたらしい。」


「そんな……。」


 ガックリと床に手をつき、うなだれる今宮。


「俺は……ずっと、男と付き合ってたのか……。そして、初めてのチューは男……。」


 気まずい沈黙がその場を支配し、3人とも、今宮にかける言葉も見つからない。


 顔を床に向けており、表情はわからないが、今宮は肩をプルプルと震わせたまま、動きを止めている。


 さすがに今のは効いたようだ。


 それはそうだろう。


 彼女を殺した犯人を見つけようとしたら、その彼女がクラスメイトと浮気をしていて、さらにクラスメイトにカツアゲしていて、しかも男だった事が判明したのだ。


 今宮は今、まるでジェンガのように足元の土台が崩れ暗闇に落ちていくような感覚に陥っているに違いなかった。


 しばらくの間、ほとんど動かない今宮を見つめる3人という状況が続いた。


 いったい誰がこんな結末を望んだというのだろう?


 少なくとも今宮の望んだ結末には程遠い事は明らかだ。


「ごめん、やっぱりこれ以上犯人探しを続けるのは無理みたいだね……。」


 和樹はそう言って立ち上がった。


 俺と蛙川もそれに続く。


 俺たち3人は、動かなくなってしまった今宮を部屋に残して、今宮の家を後にしたのだった。



 いつのまにかかなり時間が経っていたようで、家の外はもう日も暮れ始めて薄暗くなっていた。

 

 「それじゃ。」


 俺は今宮の家の前で、それぞれ自転車で去っていく蛙川と千代田に手を振った。


 2人は家が自転車で来れる距離にあるようだが、俺だけは電車を使わなければ来れない場所なのだ。


 駅へと歩きながら、俺はこの先の自分の行動をどうすべきか迷っていた。


 なぜかというと、どうやら瑞稀を殺した犯人がわかってしまったからである。


 もちろん確証はない。


 ただ、明らかに嘘をついていた人間があの中にいたのだ。


 今宮の部屋で、探偵よろしくそいつを追求しようとも考えたが、今宮もあんな状態だったし、まあ良いかと思い流れに身を任せてしまったのだ。


 ……。


 そんな事を考えながら、ふと、俺は自分が何か致命的なミスをしてしまったのではないかと不安になった。


 もし、アイツが自分のミスが誰かに気付かれたかもしれないと考えたら?


 そしてアイツが、今宮の言う通り殺人鬼"緑と赤"だったとしたら?


 俺や他の者をこのまま生かしておくだろうか?


 いやいやいや、さすがに考え過ぎだろ?


 あたりは薄暗く、住宅街を通る一本道は誰もいなかった。


 俺は嫌な予感がして、駅へと歩く足を速めようとした。


 その時である。


 ガン


 突然、俺は後頭部に強い衝撃を感じ、意識を失った……。




 

 さあ、あなたは犯人のミスに気づく事ができただろうか?


 

◆◆◆◆◆

 


「うう……。」


 俺は後頭部に鈍い痛みを感じながら意識を取り戻した。


「ウソだろ……。」


 今の自分の状況が信じられず、俺は思わずそうつぶやいた。


 気がつくとロープのようなもので後ろ手に縛られ、草木が生い茂る地面に転がされていたのだ。


 周囲ではうるさいくらいにコオロギの鳴き声が鳴り響いていたが、もう日は暮れておりほとんど何も見えなかった。


 ただ、どうやらザラザラしたロープの輪が自分の首にかけられている事が感触でわかった。


 そしてここはどこなんだ?


 月の明かりで、周囲に高い杉が密集して生えているのは何となくわかるのだが……。


 どこかの山の中なのだろうか。


 俺は何でこんな事になってるんだ!?


 パニックになりつつもそんな事を考えていた時……。


 すぐそばに1人の男が立ち、俺を見下ろしているのが気配で分かった。


 周囲は暗く、男の顔は全くわからない。


 男は手に持った懐中電灯を点灯させると俺を照らした。


「ま、眩しい……。」


 暗闇の中でいきなり顔を照らされ、刺すような光で俺は思わず目を閉じた。


「ダメダメ。ちゃんと目を開けて、僕の事を確認してくれなくちゃ。」


 男はそう声をかける。


「そ、その声は……。」


 自分の予想が的中した事に喜びは全くわかず、強い後悔の思いだけが襲ってくる。


 今宮の部屋でコイツを糾弾しておけば……。


「やっぱり蛙川、お前だったんだな。」


 蛙川は返事をする代わりに握っていたロープをゆっくりと下へ引っ張った。


「うぅ……。」


 蛙川がロープを引っ張ると、俺の首にかかった輪が上昇して自然と俺は立ち上がらなければならなくなった。


 後ろ手に縛られているのでかなり立ち上がりにくい。


 おそらくそばに立っている杉の上の方の枝か何かにロープがひっかけられており、反対側でロープの先を持つ蛙川がロープを引っ張るとそのロープの輪が上がっていくようだ。


 俺が何とか立ち上がると、蛙川はロープを引っ張るのを止めた。


 俺の命はコイツが握っているんだ……。


 そう思い、一気に恐怖が込み上げてきた。


「だ、誰にも言わないから、助けてくれよ。」


「誰にも?フヒヒヒヒ。」


 俺の言葉に蛙川は嫌な笑い方をした。


「という事は、やっぱり気づいてたんだ。僕が怪しいって。」


「あ……。」


 俺は自分の迂闊さに腹を立てた。今宮の部屋で蛙川の嘘に気づいた事を、自分から白状してしまったのだ。


「いやー、だってまさかあの女が、いや、あの野郎が実は男だったなんて、わかるわけないじゃん。」


 独り言のように蛙川はしゃべり始めた。


「だからアイツは俺からカツアゲした後に女子更衣室に入っていったって嘘を言っちゃったんだよ。」


「頼む……、殺さないで……。」


 俺の命乞いも無視して蛙川は語り始める。


「カツアゲされた後に、いつも持ち歩いてたロープで高野さんの首を締めて殺した。階段脇は校舎裏に出られる非常口がすぐそばにある。そこから衣笠さんの死体を運んで、木に吊るしたんだ。我ながら鮮やかな手際だったな。……そうだよ。警察にもバレなかったのに。」


「な、何で瑞稀を……。カツアゲされてたから?」


「違う違う。普通、カツアゲされたくらいで殺さないでしょ?常識で考えてよ。もっと切実な理由だよ。そう、彼女は、僕の正体に感づいてしまったんだ……。」


「正体!?ま、まさか……。てゆうか、言うなって……。俺のこと殺すつもりだから色々言ってるんだろ?おかしいんもんな、そんなペラペラと……。」


「殺人鬼ってさ。」


「俺の話聞いてた?言うなって……。お前の秘密とか聞きたくないから。そんなの聞いたら、絶対殺されちゃうじゃん。」


「何で緑と赤のカードを入れてたんだろうね?」


「あーあー!聞こえない聞こえない。」


「犯人の名前と関係があったりしてね。例えば僕の名前って蛙がついてるじゃん。蛙って何色を連想する?」


「ピンク。」


「君ね……。わざと外したね。蛙と言えば緑さ。そして下の名前の一護。これはある果物と一緒の読み方だよね。」


「ブドウかな?」


「……。正解はいちご。ここまで言うとわかるよね。いちごは何色かな?」


「俺は高級な白いちごが好きだ。」


「意地でも外す気だね……。いちごといえば赤だろ。つまり、殺人鬼"緑と赤"とは僕の事なんだよ。衣笠さんはそれに気付いちゃった。カツアゲの後、楽しそうに自分の発見を僕に披露してくれてたんだ。まさか、本当に俺が殺人鬼だとは思ってなかったみたいだけど。カンは良いのに、バカなヤツだったよ。」


「それが瑞稀を殺した理由だって言うのか……。自分が殺人犯だとバレる可能性が出てきたので、瑞稀を殺した……。」


 なんて、身勝手な……。


 そこまで楽しそうに語っていた蛙川だったが、急に真顔になると、ロープを更に引っ張り始めた。


「生贄は、3人で良かったのにな……。まあ、多ければ多いほど魔力も増すかもしれないし。まずは徒歩で帰ってた君から始末するけど、残りの2人もやっぱり後で吊っといた方がいいな……。」


「や、やめ……。」


 ロープが喉に食い込み、俺はそれ以上声を出す事ができなくなった。


 つま先で立ち、少しでも息を吸おうと目を見開き、口を大きく開けたが、もちろん空気は少しも入ってこない。


「イヒヒヒヒ。いいね、その必死の形相。」


 蛙川は俺を指差しながら下品な笑い声をあげている。


 だんだん視界がぼやけ、意識もぼんやりとしてきた。


 くそ、こんな所で俺の人生終わるのか……。


 薄れゆく意識の中でそんな事を考えていた、その時である。


 蛙川の背後から2人の人影が飛び出してきて、蛙川を抑えつけた。


「ギャッ!」


 押し倒された蛙川は短い叫び声を上げながら、手を後ろに回されあっけなく静圧された。


「ハァッ!……。ハァ、ハァ……。」


 俺を死の淵に誘っていたロープは急に力を失い、俺は咳き込みながらも必死に酸素を取り込んだ。



 ◆◆◆◆◆


 その後今宮の通報により、間も無く警察が駆けつけて蛙川一護は俺への殺人未遂容疑者として逮捕された。


 俺たち3人も警察署内で拘束され、ひとまず解放されたのはそれから3時間後の事だった。


「何が任意の事情聴取だよ……。晩飯も食えずにぶっ続けだったぜ。」


 警察署の前で今宮がぼやく。


「まあ、なにしろ殺人未遂事件だから仕方ないよ。それに瑞稀の事や、連続首吊り殺人事件の容疑者でもあるわけだからね。」


 そう言う千代田と今宮に俺は礼を言う。


「2人ともマジでありがとう……。本当に、お前らが来てくれなかったら俺……。」


 そう言いながら俺はロープが喉を締めていく感触を思い出し、身震いした。


「実は、僕も今宮くんの部屋で蛙川が嘘をついている事に気が付いたんだ。」


 千代田がそう言った。


 「それでこっそり蛙川を尾行してたら、案の上難波くんを襲ってたのを目撃したんだ。それから今宮くんからも携帯に連絡が来てね。合流してからずっと様子を見てたんだ。え?もっと早く助けられたんじゃないかって?うん、そうだね。でも、過去の事とか、蛙川が色々しゃべってくれるんじゃないかと思って。予想以上だったけど。」

 

 蛙川が調子に乗って色々俺に話した事は、全て千代田が録音して警察に届けたらしい。


 これで蛙川の有罪は確定だろう。


 瑞稀を含めて街の人間を4人も吊るした殺人鬼が、ようやく逮捕されたのである。


「今宮、もう大丈夫なのか?」


 俺は今宮にそう聞いた。


「ん?まあ、大丈夫ではないけどな。」


 そう言いながらも、今宮の目には力強さが感じられる。


「でもよ、俺はあの時、瑞稀の事を確かに好きだったんだ。だから、蛙川はやっぱり許せねえ。……そう思ったんだ。」


「そうか……。」


「これで、アイツもちゃんと成仏できるよな……。」


 千代田は空を見上げながら、亡き弟のために手を合わせた。


 俺と今宮も千代田に習い、月の出た夜空に手を合わせる。


 少し欠けた初夏の月は、静かに光り続けていた。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素晴らしい展開でした、脱帽
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