ラストステージ
2024/04/2✕
東京、池袋駅。その東口改札。
ゴールデンウィーク初日ということもあり、普段の休日以上に人波溢れるその場所で、三人
は待ち合わせをしていた。
紺色のキャスケット帽子を被り、上はライトグレーのカーディガンに白いTシャツを着て、
下はベージュ色のテーパードパンツを穿いている服装の少年は、改札口の対面で遠くを見つめ
ていた。
(こんな日が来るなんて……想像すらしてなかったなぁ……)
何がどうしたら、こうなったのか。少年は未だによく解っていなかった。
(……また何か起きそうで恐いけど……今日は……今日だけは、楽しいままで終わってほしい
な……)
少年は祈りながらスマホのアプリを開いた。その画面には、ピリオドで創った自分≪アバ
ター≫の姿が映っている。
その無表情は、心なしか微笑んでいるようにも見えるし、緊張して強張っているようにも見
えた。
その時、コールのメッセージが届き、画面に通知がポップアップした。
「着きました! どの辺で待ってますか?」
「東口の改札正面の壁際にいます。前と同じで、紺色の帽子を被ってます」
「わかりました。すぐに行きます!」
メッセージのやり取りがすぐに終わると、少年は口角を少しだけ上げた。
(前と違って、随分逞しくなったな……。偉いよなぁ、みたらしさんは……)
そう思いながら、少年――北原薫は、行き交う人々の足元を見る程度の視線で前を向いた。
(高校生活も上手く送ってるみたいだし、もしかしたら新しい友達とか……恋人とかできるか
もしれない。みたらしさん可愛いし。そうしたら、ピリオドのイン率減っちゃうよね……。そ
れはヤダなぁ……。でも、その人たちも一緒にピリオドやれば……)
そこまで妄想した時、人の行き交いが激しい改札から二人の男女が出てきた。
少女の服装は、上は白いゆったりとしたロングシャツと紺色のTシャツ、下は黒いロングス
カートといったものだ。
青年は黒の七分丈シャツに紺色のジーパンと、シンプルな恰好だった。
少女――秋山実咲はすぐに薫の方を見て、目が合うと嬉しそうに微笑んだ。その逆に、実咲
の後ろにくっついてくる青年――秋山弘樹は渋い表情を更に硬くさせた。
「お待たせしました」
実咲は薫に近づくと、自然に声をかけた。
「いえ、電車一本分も待ってないですよ」
薫は照れたように微笑みながら、二人に向かって返事をした。
「……その……今日は……本当によかったのか? ……俺がいて。……実咲の行き帰りだけで
も構わないんだが……」
弘樹は俯きながらボソボソと話した。
「そんなことないですよっ。みたらしさんに言われた時はビックリしましたけど……僕も……
その……いてほしい……な……って……」
薫の頬を少し赤らめた表情に少女の顔を見た実咲は、予想してはいたものの、とても複雑な
気持ちになる。
「……わかった……! じゃあ、もうちょっとこっちに来てくれ」
弘樹は意を決したように実咲の背後から離れ、出入口方面にあるコーヒーショップ側ではな
い方へ移動した。
その後ろを二人が不思議そうについていくと、突然弘樹は薫に向かって膝をついて土下座を
した。
「今まで申し訳なかったっ!!」
「ちょっ!?」
それを見た薫は、顔から火が出そうになる。
そのまま烈火の如き反応で薫も屈み、弘樹の肩を掴んで起こそうとした。がっしりとした筋
肉質な両肩から、見た目以上の力強さが伝わってくる。
「やめてくださいっ! みたらしさんも、見てないで手伝ってくださいっ!!」
人の、男の、兄の土下座を初めて見た実咲は、ショックのあまり呆けていた。だが、薫の助
けを呼ぶ声にすぐさま反応し、弘樹の腕を引っ張って立たせる。
「早く立ってよっ! 何してるのよ!!」
「こ、こうでもしないと……申し訳が立たないんだっ……!」
弘樹は抵抗しようとしたが実咲の力には抗えず、ゆっくりと立ち上がった。
「こんなことされても困ります! こうしてみたらしさんと会わせてくれるだけで、充分なん
ですから……!」
そう言いながら、薫は黒のショルダーバックからハンドタオルを取り出し、自然と弘樹の手
を拭いた後、膝をはたいている。
その二人の様子が満更でもなく見えたため、実咲は嬉しい反面、苛立ちを覚えた。
「お兄ちゃんの気は済むかもしれないけど、一緒にいる私たちも恥ずかしいんだからねっ!
早く行くよっ!」
実咲が急かすように出入口へ向かって歩き出すと、二人は慌てたように後をついていく。
「あんなことするなんて、聞いてなかったんですよ……!? ちゃんと謝りたいって言ってた
から連れてきたのに……! タオルも汚しちゃって、ごめんなさい。……洗って返します」
実咲は自分に追いついてきた薫に向かって、そう言った。
弘樹は二人の後ろを、しゅんとした顔でついてきている。
「い、いえっ、大丈夫ですよ……! ちょっと……いや、かなりビックリしましたけど、それ
でお兄さんの気が済むなら……」
まだ顔が少し赤い薫は、実咲から目を逸らしつつ返事をした。
(……さっきは私と出かけるだけでいいって言ってたけど……これって、私の方が邪魔者なん
じゃないの……?)
実咲は少しジト目で薫の様子を窺った。少しキョロキョロして反対の通りを見たり、後ろを
歩く弘樹の様子を気にしたりしている。
「流石、東京……! いろいろオシャレなところがありますねー。帰りは違う道通ってもいい
ですか?」
「は、はい……いいですよ」
実咲は薫と目が合ったので、少し慌てて返事をした。
その後も、美味しそうなスイーツの話しや、アニメなどのグッズ専門店の話しなど、薫はい
ろいろ実咲に話しを振ってくる。
弘樹は気を遣ってなのか、話題に入らず黙々と歩いている。
実咲は薫が気を利かして弘樹に話しを振った時に顔を見るが、機嫌が悪かったり落ち込んで
いるような表情ではなかった。むしろ逆で、微笑ましい光景を見る時のような優しい表情をし
ている。
「一万円くらいまでなら出せるから、欲しい物とか行きたい店とか、ゆっくり考えてな」
弘樹が自分から話した言葉は、それだけだった。
(……お兄ちゃんがいなかったら、私たちもカップルみたいに見えたのかな……)
弘樹に「オフラインイベントに一緒に行こう」と誘ったのは自分だし、薫はそう見られたが
らないということも解っている。だが、道行くカップルに目がいく度、実咲はそう思わずには
いられなかった。
薫と付き合うことはできない。そんなことは解っている。でも、友達以上の感情を抱いてし
まっているのは確かだ。
(……このまま、ずっとモヤモヤしたままシリウスさんと一緒にいるのかな……)
きっと、薫は自分のことを良い友達としか見ていないだろう。ゲームの中ではそれでもいい
と思っていた。しかし、こうして現実で逢ってしまうと、どうしてもそれ以上の関係を望んで
しまう。もっと仲良くなりたいと願ってしまう。
「……みたらしさん?」
「……あっ、ごめんなさい……! ちょっと考え事してて……」
気づけば、薫が少し心配そうにこちらを見ていた。その視線にやられそうになった実咲は、
思わず正直に謝ってしまう。
「何か気になることでもありますか……?」
あなた、と答えるわけにもいかず、実咲は視線を逸らした後に思いついたことを言う。
「カドゥケウスさん……の……ことです……」
「……みたらしさんは、会いたくないですか?」
「いえ……そういうわけじゃない……ことも、ないかもしれません……」
「……じゃあ、それっぽい人がいても、声をかけるのはやめましょうか。……女性、と言って
いたので大丈夫だと思ってしまってました。……ごめんなさい」
薫が申し訳なさそうに俯いているので、実咲は即座に弁明した。
「いやっ、そういうわけじゃないんです! ……その……ピリオド内で仲良くしているので、
現実で無理に知り合わなくてもいいんじゃないかなって思ってしまって……。でも、公式にイ
ベントに選ばれたのは凄いことだから、やっぱりお祝いもしたいし……。そう思ってたら、悩
んじゃって……」
実咲の話しを真剣に聞いていた二人は、チラリと目を合わせた。そこで、想っていることは
同じだと言わんばかりに頷いた弘樹に背を押され、薫は優しく話し出す。
「出会いは縁だから大切にするものだ、ってカドゥケウスさんは再会した時に言ってました。
だから、今日会えても会えなくても、どちらでもいいんじゃないかなって思うんです。大切な
のは、会いに行こうとすることなんだと想います。自分から動いて、縁を結ぼうとする勇気と
か……行動力と言いますか……。それを教えてくれたのは、みたらしさんなんですよ?」
「私が……? そんなことないですよ……。今も悩んでるし……」
「それでも、歩くことを……前に進むことを止めてないじゃないですか。僕が立ち止まってる
時も……たぶん、お兄さんが立ち止まってる時も……。だから、自信を持って行きましょう。
今度は一緒に!」
薫は笑顔で言い切った。その笑顔が眩しくて、愛おしい。だから実咲も、笑顔で頷いた。
「……はいっ! 一緒に!」
もう、実咲は悩むことをやめた。ちゃんと薫を見て、ちゃんと弘樹を見る。
(そうだよ……! 二人とも、ピリオド≪ゲーム≫の延長で来てるんだから、恋人とか、付き
合うとか考えちゃダメなんだよ……! シリウスさんにそんな下心出してるよりも、今この瞬
間を楽しまなきゃ! 仲間だから……友達なんだからっ!)
吹っ切れたように、暗い顔から明るい笑顔へと変わった実咲を見て、薫は微笑んだ。
(よかった……みたらしさん、笑ってくれた……)
今日という日を親友と楽しむ。それが薫の一番の目的≪クエスト≫なのだから。




