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ステージ3



 2024/03/2X


 遂にその日がやってきた。

 オフ会の約束をしてから、次の週末。薫は品川駅中央改札前の時計台――通称、トライアン

グルクロック付近で、実咲を待っていた。


 薫が神奈川県、実咲が埼玉県に住んでいるので、今回のオフ会は交通時間の間をとって品川

駅集合となった。


 オフラインイベント前に会うことになったのは、薫が高校生活が始まる前に慣らした方が良

いと提案したからだ。その最もな意見を、実咲が断るはずもなかった。


 集合時間十分前。余裕を持って到着していた薫は、実咲にコールでメッセージを送る。


「今、品川駅に着きました。中央改札の時計塔付近で待ってます。慌てず、ゆっくり来てくだ

さいね」


 すると、すぐに返事が返ってきた。


「わかりました! 私ももう着きますので、少しだけ待っててください」


 その返信を見て、ほんの少し口元を綻ばせた後、薫はピリオドのアプリを開いた。そのトッ

プ画面には、普段はあまり見ないシリウス≪自分≫の姿が映っている。


(まさか、もう一度オフ会することになるなんて……ゲーム始めた時は思ってもみなかったの

にな……。でも……今度こそ、ちゃんと友達にならなきゃ……!)


 薫は過去の過ちを繰り返さないように、なにより誠実であろうと心の中で繰り返した。シリ

ウスのように大人びて、余裕を持ってしっかり話せるように、と。


 その姿を、遠目から実咲は見つめていた。


(……そう……だよね……。私と同じくらいの年の男……の子……。うそ……どうしよ……)


 カッコいいと可愛いの中間辺りの整った顔立ち。つまり、イケメンがそこにいた。

 本人は背も高くないし、見た目もクラスで中の中くらいと言っていた。だから、ヴェルヴァ

ンガードみたいな外見だったとしても話せばきっと大丈夫、と実咲は心構えをしてきた。なの

で、逆の構えは取っていなかった。そんな妄想は、みたらしの中に捨ててきていた。


 声を聞いたり、話した感じだとイケメンしか想像できなかったが、実際に顔を見て勝手に幻

滅するなど失礼極まりない。自分のために遠出してきてもらっているのに。それなのに、シリ

ウスはみたらしの妄想を現実に具現化したかのように、あそこに立っている。


 実咲は思わず自分の恰好をもう一度確認しながら、スマホを取り出した。


 といっても、実咲もそれに釣り合うくらいの可愛さはある。服装はブラウン色の厚手のセー

ターに紺色のロングスカートと地味でボディラインの目立たないものだが、綺麗な黒いロング

ヘアや、整った目鼻立ちの綺麗と可愛いの中間辺りの顔は、男たちの注目を集めた。


 整っている前髪を整え直し、実咲は改札の外へと向かう。コールしてもう一度確かめようと

思ったが、あまり待たせるのも悪い気がした。


 ドキドキと高鳴る心臓の音と震える手を抑えるように、実咲はパスケースをしっかりと握っ

て改札機にタッチさせた。

 そのまま脇に避けるように実咲は左折し、邪魔にならないところで立ち止まる。


(……電話……してみよう……。そっちの方が早いし……。そうだよ……! もしかしたら別

人の可能性も……ある……? かも……)


 実咲は汗ばんでいるのか冷たくなっているのか判らない指先で、コールの通話ボタンを押し

た。すると、視線の先にいる少年はすぐに反応してスマホを片耳に当てる。


 紺色のキャスケット帽子を被り、まるでそれに合わせて調整されたような、耳に掛かるくら

いの長さの黒髪。上は白と黒のチェック柄のニットベストに白い長袖、下はベージュ色のテー

パードパンツという洒落た服装。


 ファッション雑誌のモデルをやっていそうな少年が、自分の電話に出ているのを見て、実咲

の顔はますます赤くなっていく。


「もしもし? もう着きましたか? ……もしもーし……みたらしさん? ……何かありまし

たか……!?」


「いっ、いえ……! 大丈夫……です……。い、今から……シリウスさんに……歩いていくの

が……私……です」


 そう言って、実咲は電話を切らずに周囲をキョロキョロと見ながら、薫に近づいていく。


「みたらしさん、ですか?」


 それに薫は気づいており、実咲と目が合った時に問いかけた。


「……は、はい……」


 実咲は目が合った瞬間、即座に俯いて小さく頷いた。


「じゃあ……電話、切りますね」


 薫は少し微笑んだ後、耳からスマホを離した。実咲も同様にスマホを離すと、ゆっくり近づ

いてくる。


「えっと……初めまして……っていうのも変ですけど、北原薫です」


 声が聞こえる距離まで近づいたので、薫は挨拶をした。だが、実咲は俯いたままなので、声

が届いているのか判らない。実咲の声も薫に届かない。


「……みたらしさん……?」


 電話できたのだから、会話は大丈夫なのだろうと思っていた薫だが、不安になって声をかけ

た。もし、男性の顔を見て会話ができないなら、電話を使って会話から慣らしていったほうが

いい。


 薫がそう考えていると、実咲から返事が聞こえてきた。


「……秋山……実咲……です」


 全神経を耳に集中させ、薫は実咲の挨拶を聞き取った。


「じゃあ、今日は普通の会話に慣れるために……秋山さんと呼びますので」


「……わかりました……。……北原……君」


 時間をかければ普通に話せそうな気がして、薫はほっとした。


「このまま立ち話しでもいいんですけど……一応、昨日話した通り、カフェの場所を調べてき

たんですが……どうしますか? スタボか、チェーン店じゃないところなんですが」


 実咲は少し迷って、スターボックスコーヒーを選んだ。一度も行ったことがないので、行っ

てみたいと思っていたからだ。


「わかりました。スタボならここから出てすぐのところにあるので、行きましょう。ついてき

てください」


 そう言うと、薫は実咲の斜め前につき、先導するように歩き始める。その後ろを、実咲は少

しゆっくりとついていく。


 そうして、薫が都度振り返りながら数分歩いた後。二人はスターボックスコーヒーの前に着

いた。


「……よかった。席、空いてそうですよ」


 店内の様子を確認した薫は声をかけたが、実咲からの返事がない。聞き逃したかと薫は思っ

たが、違った。

 実咲は店内の注文カウンター前に置いてあるメニュー表を、まるで視力検査の様にじっと見

つめていた。


「秋山さん、中に入りましょう。もし判らないことがあったら、僕が教えますので」


「はっ……はい……!」


 実咲は返事をした後、一瞬だけ薫の顔を見て、再び俯いた。その後、何度も頷いている。

 その仕草はまるで、男性恐怖症というより恥ずかしがり屋さんのそれだった。この調子なら

店内で会話していれば、充分慣れそうだ。


(……僕、だから……なのかな……)


 そう考えると、嬉しい。でも、それだと訓練になるのか判らない。そんな複雑な感情をブレ

ンドして、薫は店内へと進む。


「今でしたら、季節限定のお花見メロンがオススメですよ」


「僕はそれにしようかな……。秋山さんはどうしますか? 他にもいろいろありますよ」


「……は、はい……、……私も……同じので……」


 実咲は薫と店員のやり取りを観察していて、返事が遅れてしまった。


 薫は誰にでも丁寧な態度で、店員とも和やかに会話している。自分が知っていることは解り

やすく説明してくれて、判らないことは素直に店員に聞いている。

 ゲームの中と何ら変わらない、優しく紳士的なシリウスがそこにいた。


「受け取りは別のカウンターになるんですが、お金はどうしましょう? 別々に払った方がい

いですか?」


 注文を終えた薫は、実咲にそう問いかけた。


 後でお金を机の上に並べて渡すことになるかもしれないと思った実咲は、会計を別々にして

もらい、自分で代金を払った。


 受け取りカウンターでは、頼んだドリンクが作られる工程が見えた。店員は鮮やかな手つき

でシェイカーを振ったり、ソフトクリームをコップに盛り付けていく。


 女性の店員が作っているので、実咲はその姿を――緑色の液体を見つめることができた。も

し、男性が作っていたら……。そう考えても、不思議と前ほどの嫌悪感はしない。隣に薫がい

るからか、鮮やかな緑色がピリオドに出てくる回復の泉を連想させる。だんだんと、不快な連

想がなくなってきている。


(随分と熱心に見てるな……。こうしてると、ホームを巡って買い物する時のみたらしさんに

見えてくるなぁ。……僕にも……この子みたいな可愛さがあったら……)


 薫は実咲の様子を窺いながら、物思いに耽っていた。


「お待たせしましたー、お花見メロン、お二つです」


 店員の通る声で我に帰った薫は、いそいそとスプーンと紙ナプキンを二つずつ取り、ドリン

クを受け取った。


「じゃ、じゃあ席は……窓際のカウンターかテーブル席、どっちがいいですか?」


「……テーブル席で……」


「わかりました。行きましょう」


 そうして二人は、窓際付近の四人掛けのテーブル席に向かい合って座った。


 席に着いた後、実咲は俯いたまま微動だにしない。

 薫はスプーンと紙ナプキンを自分が触ってしまったことを後悔し、本人に取り替えてきても

らうかどうか悩んだ。だが、差し出した時は礼も言っていたし反応は悪くなかった。なので、

面と向かって話せないだけだと自分に言い聞かせ、先にドリンクに口をつける。


「美味しい……!」


 薫は少し大げさにリアクションした。それでも、実咲が顔を上げることはない。


「その……スマホ見てたり、窓の外見ててもらってもいいですから……。徐々に、ゆっくり慣

れていけばいいと思うので……」


 その言葉に、実咲は反応して少し頷いている。


 ここで自分も会話を止めて、スマホを見るなど言語道断だ。そう思った薫は、独り言を続け

る。まずは、会話をすることより聞くことから慣れてもらおうと考えて。


「それにしても……混ぜないままだったら、回復の泉に見えますね」


 薫が呟いた第一声に、実咲はすぐに反応して顔を上げた。そこで目が合うと、今度は薫が恥

ずかしそうに目を逸らした。


「……思ってることは一緒だったんですね」


「……はい……」


 実咲のか細い返事を聞いて、薫は考えを変えた。

 シリウスだ。今から自分はシリウスだと思って会話すればいい。なんてことはない。ピリオ

ド内では普通に会話できるのだから。


「多分、他のゲームだったらグラフィックとかが凄くて、ゲーム内の方がキレイだねってなる

と思うんです。でも、ピリオドはグラフィックが一昔前だから……逆にリアルですよね」


 実咲は薫の話しを頷きながら聞いて、ドリンクに手を伸ばした。


 少し汗を掻いた、透明なコップ。普段なら、これにすら拒否反応を覚えるのに、今は大丈夫

だ。中に注がれた緑色の液体も、薫は美味しそうに飲んでいる。


(……大丈夫……。せっかく、シリウスさんに付き合ってもらってるんだから……ここで……

なんとかしなきゃ……!)


 実咲は意を決してストローに口をつけた。そして、思い切って吸う。嫌なイメージが頭を過

ぎる前に。薫のおかげで上書きできてるうちに。


 次の瞬間、実咲の口内に程よいメロンとミルクコーヒーの甘味が広がり、脳内の苦いイメー

ジを解かしてゆく。


「……美味しい……」


 実咲は鼻腔に残るメロンの甘さに感動しながら呟いた。


「……よかった……。アイスを混ぜて飲むのもいいんですけど、スプーンで食べても美味しい

ですよ」


 薫は安堵しながら、スプーンでアイスクリームを掬って食べる。実咲もそれに倣って、アイ

スクリームを掬った。


「……こっちも、美味しい……です」


 そこから実咲は、たどたどしくも薫と会話できるようになっていった。

 自分が喋ったり、リアクションを取ると、薫が嬉しそうに微笑むからだ。それが見たくて、

実咲は懸命に会話しようと試みた。


 それに合わせ、薫もピリオドのことや、マンガ、アニメ、映画などの共通の趣味の話題に徹

底して話しをした。


 そうして、二人が楽しくお喋りをはじめて、小一時間程経った頃。


「あっ……そろそろお昼時になっちゃいますけど、ご飯……どうしましょうか? どこかお店

に行きますか? それとも、あまりお腹空いてないなら、ここで何か食べるか、帰るか……」


「ここで……ケーキ食べたいです」


 実咲が恥ずかしそうに言うので、薫は微笑んで答えた。


「じゃあ、選びにいきましょう」


「はい……!」


 気恥ずかしさは残っているものの、普通に話せるようになってきた実咲は、少しだけ微笑ん

で薫についていく。


 この後、ゲーム内のように気軽に話せるようになった二人は、昼過ぎまで雑談を楽しんだ。





 2024/04/0X


 実咲は上機嫌で帰宅した。


「ただいまー。お兄ちゃん、今日のバイト夜からなの?」


 玄関で兄の靴を見た実咲は、先にリビングに入って兄の弘樹に声をかけた。


「おぅ、夕方からになったんだ」


「そっか。ご飯食べた?」


「いや、待ってた。一緒に食おーぜ」


「はーい」


 そう返事した実咲は、手を洗いに洗面所へと向かった。その後、二階にある自分の部屋で着

替えを済ませる。


 実咲がリビングに戻ると、弘樹は母親が作り置きしていた昼食を用意していた。


「そーいえば、お兄ちゃんは何食べるの?」


「俺はコンビニで買ったパンとか食うよ」


「新作のメロンクッキー、買った?」


 実咲はキッチンカウンターに並べられた野菜炒めやご飯茶碗を運びながら、目を輝かせた。


「もちろん。一口やるよ」


「ありがとー」


 実咲は機嫌の良さそうな声を出して、自分の席に座った。


 食事の用意を終え、弘樹も座って昼食を食べ始めた頃。弘樹は感慨深げに話しだした。


「実咲がメロンパン食えるようになってよかったよ……」


「……メロンパンは頑張ればなんとか食べれたよ……。でも……これもシリウスさんのお陰な

んだ……。そうだっ! お兄ちゃん! 今日同じクラスの男子と普通に喋れたよっ!」


「おぉ! やったな! 俺的には複雑な気分だけど」


「どーして?」


「調子に乗った男子共が実咲に声かけまくってきたら、と思うと……それはそれで不安だ」


「えぇ? そんなことないよ。それに、そーいう雰囲気の人には近づかないようにするし」


 そう。今の実咲にとって、クラスメイトの男子などコミュニケーションが取れるだけでいい

存在なのだから。


「そっか。それならいーんだけどよ……。その……シリウスさんにも礼を言いたい、ってわけ

じゃねーんだけど……実咲がやってるのって、ピリオドだよな?」


「そーだけど……シリウスさんには会わせないよ?」


「いや、そーいうんじゃなくて……俺も大学行くようになったし、久々に面白いゲームやりた

いんだよ」


 なんとなく歯切れの悪い弘樹を、実咲は少し訝しげに見つめる。


「なら、クラスの人誘えばいいじゃん。私じゃなくて」


「いや、実咲と一緒にやりたいっていうのもあるし……かなり自由なゲームなんだろ? 最初

だけでも経験者と行動させてほしいなぁーって……」


 確かに、その気持ちは分かる。だが、新しい友達と新しいことをするのも、楽しいものだと

思う。


 シリウスの受け売りだが、それを弘樹に伝えようと思った、その時。実咲の脳裡に乙女の電

流が走った。


「お兄ちゃん……もしかして、誰か誘いたい人がクラスにいるの……!?」


 実咲にじっと見つめられて、弘樹は目を見開き、視線を泳がせた。


「そ、その……大学だと、クラスっていうか、講義……授業で分かれてて……まぁ、同じクラ

スの……女子に? ピリオドやりたいって言ってる子がいて……」


 やはり、そうだ。実咲は自分の女の勘が当たったと確信した。


 一緒にやろう、と誘いたいものの、何をするのか判らないというカッコ悪い姿は見せたくな

い。弘樹はそういう性格だ。言うなれば、下見がしたいのだろう。


「いいよ、分かった。いろいろ教えてあげる」


「ホントかっ? 助かるよ、実咲!」


 弘樹は思わず両手を顔の前で合わせ、頭を下げた。


 弘樹はほとんど男子高校出身なので、女子との面識が少ない。ほとんど、というのは弘樹が

入学した年に男女共学になったからであり、女生徒がほとんどいなかったからだ。


 弘樹がそこを選んだのはスポーツ推薦が取れたこともあるが、実咲は自分が原因でそこを選

ばせてしまったと思っている。

 実咲は幼い頃、難病を患っていて身体が弱かった。そのせいで、小学生時代の半分以上を病

院で過ごしている。


 子供ながら、治療や入院にはお金が掛かるということを、実咲も弘樹も理解していた。だか

ら弘樹はワンランク上の私立高校を選ばず、大幅に学費が免除された推薦校の方を選んだ。


 そのことを弘樹も両親も実咲の前では一切口に出さないが、実咲は気づいていた。だから、

その負い目と感謝から、弘樹のお願い≪クエスト≫を引き受けてしまった。


 そうして、その夜。

 みたらしはいろいろと重たい感情を抱えて、シリウスに逢っていた。


 場所はいつもの女神の広場で、二人並んでベンチに座っている。


「本当によかった……。……それで、悪いニュースとは何でしょうか?」


 シリウスはみたらしに良いニュースと悪いニュースがあると言われ、前者から話しを聞いて

いた。


 高校の男子同級生や先生となるべく普通に話せたことを喜んで報告してくれて、薫も自分の

ことのように嬉しく感じた。頑張った甲斐もあったが、少し頑張り過ぎた気もしていた。


「その……わた……僕のお兄ちゃんのことなんですけど……」


 みたらしは、悪いニュース――弘樹が女子を誘ってピリオドをやりたいから、序盤の進め方

を教えてほしい、とお願いされたことを話した。


「それを……その……シリウスさんにも手伝ってもらいたくて……」


「ええ、もちろんいいですよ」


 相槌をしながら話しを聞いていたシリウスは、二つ返事でみたらしのお願いを受けた。


「あ、あの……実は、それだけじゃなくて……! シリウスさんと実際に会ったことを、お兄

ちゃんには話してて……。そ、それで……男の人に会いに行くのは……許してもらえないだろ

うと思って……シリウスさんのことを……女性ってことにしちゃったんです……! ごめんな

さいっ!」


 頭を下げている実咲の姿が容易に想像できたので、事情を理解したシリウスは宥めるように

確認する。


「いえ、いいんですよ。そんなこと気にしませんから。……つまり、みたらしさんのお兄さん

とパーティーを組む時は、女性として振舞えばいいんですよね?」


「そ、その通りです……。お願いできますか……?」


 薫にとって、それは容易いことだ。だが、抵抗感は物凄い。


「……お兄さんとは、今後も組む予定とかはありますか?」


「い、いえっ、ないです! 組むとしても、シリウスさんがいない時か、新しいキャラ……は

作れないので、組まないようにします!」


 みたらしにしては珍しく、言い切っている。何かを感じ取ってくれたのか、それとも……。


「……分かりました。でしたら、大丈夫です。ここで敬語設定が生きますね。あとは……キー

を一つ上げて、ちょっとおしとやかにします」


 シリウスは不安を隠すように、少し茶目っ気のある言い方をした。


「ありがとうございます! お兄ちゃん、女友達とか彼女とかいたことないんで、絶対バレな

いと思います! ……あと……」


「はい、なんでしょう?」


「……その……敬語……なんですけど……」


「……女性の言葉遣いにした方がいいですか……?」


「いやっ、シリウスさんじゃなくて……僕なんですけど……。クラスの人たちにも敬語で話し

ちゃってて……それを直したくて……その……シリウスさんにも……」


「もちろん、私には敬語を使わなくていいですよ。気軽に話してください。私の方はキャラ設

定もありますので、とりあえずお兄さんとのことが終わるまでは敬語でいますね」


 実咲の想いを汲み取った薫は、優し気にしっかりと言い切った。


「は、はい! ……う、うん、ありがとう……!」


「その調子ですよ。じゃあ、続きはまた明日ということで。明日は昼過ぎにはインできると思

うので」


「わか……った。じゃあ……また明日っ。……おやすみ!」


「おやすみなさい」


 そうして、シリウスはみたらしを見送り、自身もログアウトした。


(……困ったな……)


 薫はスマホのアプリを閉じた後、深く息を吐いてイスに寄りかかった。ギシィという背もた

れの軽い音が、自分の心の声に相槌を打っているかのように聞こえる。


 友達として問題を一緒に解決するまではよかった。だが、実咲はそれ以上の感情を薫に抱い

ている。厄介な問題だ。


 薫は人の感情を察知する能力に長けている。幼い頃から人の顔色ばかり気にしていたという

こともあるが、人の感情の機微に敏感、ともすれば相手のことを考えすぎてしまうきらいがあ

る。なので、人の好意も悪意も敏感に感じ取ってしまう。


 現実でも、度々こういった問題は起きた。それに気づいた時から、薫はその子と意図的に距

離を置くことで回避してきたのだが、今回ばかりはそうもいかない。


 仲良くなり過ぎてしまった。このままでは告白されかねない。もっと仲良くなりそうなイベ

ントも沢山控えている。かといって、今更距離を置くこともできない。


(いっそのこと……告白されたら付き合ってみれば、何か変わるかも……。いや、そんな不誠

実なことできない……。じゃあ、断る……? いや……その後、パーティー組めなくなりそう

だし……)


 薫は再び積み上がった問題に頭を悩ませ、永い夜を過ごした。





 2024/04/0X


 シリウスとみたらしは、拠点のスタート地点「はじまりの広場」で弘樹を待っていた。


「やっぱり、すぐには慣れないので今日は敬語のままでいきます……」


「分かりました。ところで、お兄さんが入られたら判りますか?」


 シリウスは普段より一つ上のキーに設定した声で話す。そのため、より落ち着いた大人の女

性のような声色へと変化している。


「アプリもダウンロードしてるって言ってたので、ピリオドに入ったらボイチャしてくると思

います。コードも教えてあるので。あっ、来ました!」


 シリウスも手元のアプリを確認すると、みたらしのボイスチャットルームに「ダンゴ」とい

うプレイヤーが入ってきている。


「もしもし、お兄ちゃん? 聞こえる?」


 みたらしがパーティーへの参加を許可したため、三人で会話できるようになった。なので、

弘樹――ダンゴの声もシリウスに聞こえてくる。


「おぅ、聞こえてるよ」


 イヤホンからダンディな声が響いてきて、薫はドキッとした。


「は、初めまして。シリウスと申します。お話しは、みたらしさんから伺ってます。どうぞよ

ろしくお願いします」


「……ああ、こちらこそよろしく。みたらしの兄のダンゴだ。妹が世話になった」


「お兄ちゃん、ホントに名前ダンゴにしたんだ……」


「ああ。今日明日だけのキャラだからな。次にやる時は新しく作るし。それにな、実咲。団子

じゃなくて、ダンゴだ。珊瑚のイントネーションな」


「んー……わかった。じゃあ、さっそく始めるよ!」


 少し納得のいかない様子で、みたらしはダンゴに説明を始めた。


 前日に決めた通り、みたらしが主に説明し、シリウスが補足を入れたり解りやすく説明する

形で、ピリオド初心者案内は進んでいく。


「グラは荒いけど、結構細かく作り込んでるし、思った以上に何でもできるんだな」


「ベータの時なんか拠点でも武器振れたし、NPCにもプレイヤーにも攻撃できて大変だった

んだよ」


 兄妹で仲良く会話している姿を、シリウスは後ろから見ていた。必要な時以外は、なるべく

気配を消していようと思っているからだ。


(そういえば、姉さんと同じくらいで大学生なんだっけ。……もしかしたら、同じ大学だった

りして。……そんなわけないか)


 シリウスがそんなことを思っていると、はじまりの広場から一直線に続く拠点大通りに立ち

並ぶ、チームのショップやホームの説明に移っていた。


 拠点内でのアイテムや装備にまつわる店は、基本NPCが経営している。現時点で例外があ

るのは、プレイヤーのチームが運営するホームショップだ。


 ホームショップとは、ホームを持つチームが一定以上のホームポイントを使用することで運

営可能となる、ショップシステムのことだ。

 ホームショップの経営はチームマスターに一任され、外観から内装、開くショップの種類ま

で、全てが自由だ。

 なので、名のあるチームは例外なく拠点にホームショップを構えている。とはいえ、乱立は

していない。その理由は、経営するにあたり大量のホームポイントが掛かるからだ。


 ホームショップを作るのもホームポイントを使う。開く場所は自由に選べるが、その土地に

応じての土地代が毎月掛かり、それを支払うのもホームポイントを使う。ショップの種類も外

装も、何から何までホームポイントが必要だった。

 従って、そこそこ人数が居たり、精力的に活動するメンバーがいない限り、ホームショップ

は維持どころか開店すらできない。


 みたらしは拠点大通りを案内しながら、説明を続けた。


「へぇー、面白そうだけど大変そうだな。マジで実際の店経営みたいじゃねーか」


「そうなの! 売上とかでもホームポイントが貰えるから、それでどんどんお店を大きくした

りできるんだよ! ……私もやってみたいんだけど、チームに入らなきゃいけないから……」


「そっか……。そーいえば、NPCとプレイヤーの店の区別はどうするんだ? 地味な店がN

PCってくらいしか判んないけど」


「……私も普通のお店かどうか、でしか見分けてなかった」


「お店の上に看板が付いているかどうか、ですね。この世界の文字と一緒に、お店の種類を示

すマークが付いていたらNPCショップです」


「えっ、そーなんですね! ありがとうございます」


「……店の外見に興味ねー奴が作ったら、NPCショップと同じにならねーのか?」


「あの看板だけは真似れないんですよ。……こっちに来てもらってもいいですか?」


 そう言ってシリウスは二人の前に出て、店の前面に黒釜の鍋が置いてあるショップの前を通

り、NPCショップにとても良く似た作りのホームショップ近くに移動した。そこの看板には

「AI愛」と書かれている。


「ホームショップの看板には、ホーム名かショップ名しか入れられないんです。AI愛≪あい

あい≫さんはピリオドのNPCが大好きな人たちが集まったチームで、NPCと一緒にピリオ

ドで生活するという目標を掲げたチームなんですよ」


「へぇ、詳しいんだな」


「少しだけですが……。皆さんのピリオド内の活動を見るのが好きで、自然と詳しくなっちゃ

うんです」


「なるほどな……」


「じゃあ、このまま初心者セールやってるショップで武器買おっか」


「おっ! 待ってましたぁ!」


(兄妹揃って近接好きなんだな……珍しい)


 そう思いながら、シリウスは二人が武器を選んでいるのを眺めていた。流石に本職なので、

近接武器に関してはみたらしの方が詳しい。


「やっぱり重めの武器だったら、バスタードソードかハンマーかなぁ……。グレートソードと

かウォーハンマーは筋力足りないと移動スピード落ちちゃうから」


「試し振りとかできないよな?」


「うん。実際にフィールドに出ないと振れない」


「この中から一つか……。実咲は初期武器取っといたりはしてねーよな?」


「クエスト記念とかのものじゃないと、全部売っちゃう……」


 そんな会話を重ねて、数十分後。

 三人はフィールド――はじまりの草原へと冒険に出ていた。


「やっぱバスタードソードは使い易いな!」


 ダンゴはみたらしに買ってもらったバスタードソードを両手で振るい、オオカミの様な四足

獣のモンスターや、巨大なミミズの様な昆虫型のモンスターを楽々と倒していく。


「ジャンプ攻撃とか、両手・片手、両手とかのコンボもあるから、いろいろ試してみてね」


 みたらしは後方でダンゴの戦いぶりを見ながら、アドバイスを送る。


「いい感じに武器をドロップしてくれればいいんですけど……」


「そーですねぇ……。でも、ここのクリア報酬で武器が確定で手に入るので、使わなかったら

それを売ってもらって、使いそうな武器を買えばいいので」


「そーですねっ!」


 シリウスの助言を聞き、みたらしは明るい顔で返事をした。


「おーい、実咲ー。もう大体使い方解ったから、参加してくれていいぞー。ちゃっちゃか行こ

うぜ」


「はーい。じゃあ、行きましょっか」


 そうして三人は、なだらかな緑が広がる丘陵地帯をモンスター伝いに歩いていき、草原の端

までやってきた。


 草原の端――ボスエリアは一見どこまでも広がる平坦な草っぱらになっており、そこで待ち

構える「ジャイアントゴート」という巨大な山羊のボスモンスターと戦う空間になっている。


「おい、ボスじゃなくて誰かいるぞ?」


「あの人は……!」


 草原の中央に立っていたのは、厳つい体格にスキンヘッドの大男だった。


 右手だけで巨大な斧を肩に背負い、左腕には太いチェーンを巻いている。上半身の防具は棘

付き肩当てのみで、下半身はレザーズボン(軽装)――ハーフパンツとなったレザーズボンを

履いていた。


「あの恰好って……でも、勇さんが初心者狩り撲滅月間って言ってたのに……!」


「もしかして、PKか?」


 二人の会話から状況を察したダンゴは、一歩前に出る。


「待ってください。私が話してみます」


「おいおいおい、ここは初心者フィールドだぜ?」


 シリウスがチャットを打とうとした瞬間、相手のチャットが見えた。


「そうですね。ここのボスはあなたが倒したんですか?」


 シリウスもチャットで返すと、ダンゴは「チャット同士の会話だと、字幕付き動画みたいに

見えんのか」と感心している。


「違うな。ここのボスは俺になったんだ。初心者以外はお引き取り願おーか」


「では、私たちは帰りますので。あとはアイハブ勇さんにお任せします」


 シリウスはチャットを打った後、すぐさま二人に話しかける。


「ここは引きましょう。来た道を戻ってフィールドから抜ければ、PKできなくなるので」


「わかりました。お兄ちゃん、行くよ!」


「いや、三対一だし、やっちまった方が――うぉっ!?」


 突然、ダンゴが驚いて声を上げた。


 それに驚いたシリウスも、ダンゴの方を振り向いた。すると、ダンゴの身体にナイフが突き

刺さっているのが見て取れる。


(しまった! もう一人居たんだ! でも、どこからっ!? ボス部屋手前には居なかったの

に……!)


「一人いぃただきまぁーっす!」


「ボイチャでお話し中に悪いね、兄ちゃんたち。それにな……アイハブ勇が怖くてPKできる

かってんだよ!」


「ちっ、毒か!」


 前後からゲーム内ボイスチャットが飛んできて、パーティー用ボイスチャットと混線する。

ダンゴ以外に聞こえてきた声の主は、ボスを騙る男と、隠れて毒ナイフを投げてきた男だ。


 シリウスは振り返ったまま、みたらしを視界に入れながらダンゴに近寄る。


「すいません、気づかずに! 回復をかけた後は、そのまま出口に向かって下さい! みたら

しさん――」


「いや、俺は足手まといになるからいい! 二人で戦って殺しちまえ!」


 ダンゴはそう言った後、隠れていたPKに突っ込んでいくみたらしの後ろに続いていった。


(勇ましい兄妹ですね、ホントにっ!)


 そう思いながら、シリウスの口角は少しだけ上がっていた。


 みたらしは軽戦士の特殊能力≪スキル≫、<加速>を使ってPKとの距離を詰めている。

 そのPKは、シリウスとみたらしの見立て通り盗賊の職に就いているので、戦士職のプレイ

ヤーとの接近戦を避けるために距離を取ろうとしている。


 しかも、その後ろからダンゴまで迫ってくる。盗賊PKは標的を絞り切れずにいた。


 それとは逆に、狂戦士の職を持つ自称ボスは、迷うことなくシリウスに突っ込んでくる。


(レベル差が判らない以上、全員に掛けた方がいいけど……)


 シリウスはダンゴに従い、一人一殺の構えを取ることにした。


「みたらしさん、そちらを頼みます!」


 シリウスは声をかけた後、自分に防御魔法<アゾント・イマージ>を唱える。この防御魔法

は、対象に対するあらゆる単体攻撃を一定確率で無効にする、という効果を発揮する。


「初心者を守らなくていーのかぁ? 嘘つきにーちゃんよぉ!」


 狂戦士PKは巨大な斧――バトルアックスをシリウスに向かって振り下ろす。だが、蜃気楼

の様に揺らめくヴェールを纏ったシリウスには攻撃が命中せず、ダメージ表示が出てこない。


「ああ!? しゃらくせぇ!」


 狂戦士PKによる、左腕の鎖を振りほどいたコンボ攻撃が迫る。

 攻撃後の隙が大きいバトルアックスの短所を潰すように、素早い鞭の様な攻撃がシリウスを

強かに叩く。今度はダメージ表示も「13」と、しっかりシリウスの頭上に出ている。


 それを見た狂戦士PKは、ニヤリと笑った。


(一撃無効の防御魔法くらいじゃ、俺は止められねーっつーの! どーせ戦士系だから魔法に

弱くて、一発でも魔法を通せば勝ち! とでも思ってるんだろう? 甘ちゃんだよなぁ!)


 鎖を振るった後のコンボ攻撃は、両手持ちに切り替えた二連撃が入る。いかな防御魔法、ス

キルを使おうとも耐えきれるものではない。


 作り込まれた造形の良いキャラクターを壊す快感。無垢な初心者を狩る次に気持ち良い行為

だ。そう感じながら、狂戦士PKはバトルアックスを振りかぶった。


 それよりも速く、薫の指は流れるように動き、シリウスはスキルと魔法を唱えていた。


 スキル<血の祝杯>。範囲攻撃魔法<ディクーザン・マ・フォーラ>。


 これらの発動により、シリウスの身体は血の様に赤く輝き、右手に持つ短杖からは青白い魔

力が波紋状に放たれた。

 丁度シリウスを中心に、静かな水面に小石を落としたかの如く広がってゆく魔力の波は、狂

戦士PKを複数回打ちつけた後、周囲へと拡散していく。


「53」「53」「53」ダメージの波動に襲われ、狂戦士PKの視界は赤く染まった。


「バカなぁぁぁぁ!?」


 狂戦士PKの割れた断末魔が、シリウスたちの鼓膜を叩く。


 初心者狩りばかりしているせいで、PKたちは知らなった。中・上級魔法使い職の中で密か

に流行っているコンボ「波紋カッター」を。


 スキル<血の祝杯>は、自身の体力を強制的に1残るよう消費し、次の攻撃アクションのダ

メージに消費した体力分の数値を加算する。そして、普段は火力が低くて使い物にならない範

囲攻撃魔法<ディクーザン・マ・フォーラ>を発動する。これにより、ボスキャラクターのよ

うな体力の多い相手以外は、接近戦で当てれば瞬殺できる。その素敵なコンボのことを、波紋

カッターと呼ぶ。


 無論、防御ではなく体力にレベルアップポイントを割り振っていた狂戦士PKの自慢の体力

値121も、例外なくこのコンボの前に削り切られた。


「嘘だろっ!? ちっ……!」


 毒ナイフを投げて、みたらしを牽制していた盗賊PKに動揺が走る。


 その時、毒で体力を削り切られたダンゴがその場に倒れた。それを見た盗賊PKは、こう叫

んだ。


「おぉい! 味方の攻撃に巻き込まれて死んでんぞぉ、初心者!」


 その嘘にみたらしは怯まない。両手のナイトソードで黙々と斬りかかってくるだけだ。


(くそっ! マイクオフかよ! どーなってんだ、こいつらぁ!)


 目の前の白い剣士は毒にならない。相方は魔法剣士にあっさり殺られてしまった。


 結局、予定通り気持ちよく倒せたのは初心者の剣士だけだった。こんなことならプランBの

スリ作戦を実行しておけばよかったと、盗賊PKは後悔していた。


 そんな時、盗賊PKの放った毒ナイフがみたらしに命中し、「6」というダメージ表示と同

時に緑色の泡がみたらしの頭上から出てきた。


(よぉし、キター! スキル発動ぉ!)


 盗賊PKはスキル<傷口に塩>の発動条件を満たしたことを確認し、両手の武器を毒ナイフ

からダガーに切り替えた。


 <傷口に塩>は、状態異常の対象に与えるダメージを増加させる効果を持つ。それにより、

相手の攻撃を捌くことに特化したダガーでも充分な威力が発揮されるという寸法だ。


(魔法剣士の回復魔法は射程外。とゆーことは、こいつの攻撃を弾いて叩いてトンズラってわ

けだ!)


 盗賊PKは頭の中で練ったプランを実行に移す。まずは、みたらしの連撃をタイミング良く

弾き、捌いていく。


(お前の好きなコンボはこれだろぉ……!? 左ぃぃ!!)


「ッ!?」


 みたらしは自分のコンボが見切られたことに驚きを隠せなかった。右手、左手、右手からの

回転斬り。その回転に差し掛かる左手の攻撃を弾き≪パリィ≫された。


(俺も二刀流だから分かんのよぉ! 回転斬りは強くて隙が無い、ってことをさぁー! お疲

れぃっ!)


 視界の端で緑色の輝きが見えたが、盗賊PKはそれに構わず必殺コンボを叩き込む。


 右手「9」返しの右手「8」左手「9」回転斬り「6。6。6」


「はぁっ!?」


 盗賊PKはキレた。このゲームはバグっている。何故二桁ダメージが出ないのか。


「ありがとうございますっ!」


 みたらしはシリウスに礼を言って態勢を低くし、<溜め>の動作を行っていた。


 そう、ゲームの欠陥などではない。みたらしの毒状態が、シリウスの治癒魔法によって回復

しただけなのだから。


 シリウスは瀕死状態限定のスキル<火事場の馬鹿力>を使用して、治癒魔法を唱えていた。

このスキルは職種、スタイルによって効果が選べるのだが、シリウスが選んだ効果は魔法使い

の遠距離スタイル「射程・効果範囲拡大」だった。


 それにより、本来届かないはずの<ジャノム・イア>がみたらしに届くようになり、毒状態

を回復させた。

 そして、シリウスが次に唱える魔法も射程が延長している。


 <イア>。その治癒魔法により、盗賊PKが与えたダメージは見る間に回復してしまう。


(今度こそっ!)


 みたらしは<溜め>を解放し、渾身の一撃を持って盗賊PKをX字に切り裂く。


「ちきしょぉぉぉぉ!! ッッざけんなよ!! クソ――」


「89」のダメージを叩き出された盗賊PKは、斬り伏せられた。


 そのまま甲高い断末魔が続きそうだったので、シリウスはゲーム設定からボイスチャットを

オフにした。


「……なんとかなりましたね……」


 周辺を警戒してくれているみたらしに、シリウスは声をかけた。


「……はい。他にも……いなさそうですし、こっちに来てる人もいません」


 みたらしは徐々に緊張感が解けていく声で返事した。


「……良かった。勝ったんだな!」


 黙って成り行きを見守っていたダンゴも、安心したように口を開いた。


「すいません、ダンゴさんを死なせることになってしまって……」


「……気にするな。早く戻って来いよ」


「うん。じゃあアイテム拾っちゃうから、ちょっと待ってて」


 二人が気まずそうにしているので、みたらしはすぐに返事をしてPKたちが落としたアイテ

ムを回収しはじめた。


 こうして、三人の初冒険は刺激的な形で幕を閉じた。


「ありがとな、今日は付き合ってもらって」


 拠点に帰った後、一通り感想戦を終えてからダンゴは礼を言った。


「もういいの? まだ時間あるし、初心者用ダンジョンも回れるよ?」


「ダンジョンっつっても、進み方とか一緒だろ? なら、お楽しみでとっとくよ。それに大学

で課題が出てるから、それ終わらせねーと」


「そっか。大変だね」


「まぁ、難しいやつじゃねーから大丈夫だ。じゃあ、先に落ちるぜ」


「今日は楽しかったです。ありがとうございました」


「……ああ、じゃあな」


 ダンゴはぶっきらぼうにそう言うと、二人の前から消えていった。


「……なに、あの態度。感じ悪い」


 みたらしの苛ついた声を初めて聞いたシリウスは、なんだか新鮮だと思ってクスッと笑って

しまう。


「え? どうしたんですか? 何かありました?」


「いえ、すいません。何でもないです。……無事、バレずに乗り切れましたね」


「そう……ですね。……すいません。多分、女の子だと思ってたから、慣れてなくてああいう

態度になっちゃったと思うんです」


「いえ、気にしてないので大丈夫ですよ。それよりも、ちゃんと女の子だと思ってもらえて良

かったです」


「それなら……その……よかったです。今回も変なお願い聞いてもらっちゃって、ありがとう

ございました」


「いえいえ、楽しかったですよ。ただ、PKの時は緊張しましたが……。みたらしさんがお兄

さんを守ろうと勇敢に戦ってくれたおかげで、テンション上がりました」


「その……実はそうじゃないんです。僕、シリウスさんに言われたことを必死に守ろうと思っ

ただけで……」


 恥ずかしそうに白状するみたらしの声を聞いて、確かにそんな様な後ろ姿だったな、とシリ

ウスは思い出し、また少し笑ってしまう。


「軽く話しただけだったのに、覚えててくれたので嬉しかったですよ」


 基本PKと遭遇しても、逃げるか関わらないか、という選択をしてきた二人だったが、もし

逃げられない状況だったら、先程の一人一殺作戦をしようと話していた。


「僕は……シリウスさんと話したこと、全部覚えてます……」


 恥ずかしそうな声にしっかりと乗せられた好意に、シリウスは苦笑いを浮かべてしまう。も

ちろん、その感情が声に乗らないように注意を払いながら返事をする。


「……ありがとうございます。私も……できる限り、みたらしさんとの会話は覚えてますよ」


「あ、ありがとうございます……。嬉しいです……」


 少しだけ、二人の間に顔が赤くなるような沈黙が流れる。と、その時。薫のスマホが静かに

震えた。


「あ……すいません、そろそろお昼ご飯作らないといけないので、一旦私も落ちますね」


「あ、もうそんな時間ですね。じゃあ、僕も落ちます」


「では、また後で。13≪いち≫時頃にインしますので」


「わかりました。では、また後で……」


 そうして、薫はログアウトした後、ゆっくりとイスから立ち上がった。


(……困ったな……。また多分、好感度上がっちゃったぞ……。このままだと、悪い方向に流

れる予感がする……。でも……いっそのこと、告白されちゃったら正直に話してもいいかもし

れない……僕のことを……。みたらしさんなら、受け入れてくれる気が……、……いや……)


 薫は尽きることのない問題を抱えながら、重そうな足取りで階下に降りていった。

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