ステージ2
1
2023/09/1X
ⅯⅯORPG(Massively Multiplayer Online RolePlaying Game の略。
大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲームのこと)の流行りが廃れつつある
中、日本のとあるメーカーが新たなⅯMORPGを創り出した。
period.≪ピリオド≫。それが新たなゲームの名前だった。
このご時世にⅯMORPGであり、しかも事前情報が一切ない。それだけが話題となっただ
けで、誰からも期待されずにひっそりとクローズドベータテスト(限られた人だけで行うテス
トプレイ)を迎えることとなった、当日。
その日を密かに心待ちにしているプレイヤーがいた。
そのプレイヤーは、スタークロニクルオンラインというⅯMORPGを完全に引退し、オン
ラインゲームから距離を置いていたのだが、ピリオドの存在を知ってからは、密かにオンライ
ンゲームに復帰しようと心待ちにしていた。
事前告知で見た、あの真っ黒なホームページ。
普通に考えれば怪しさ満点だが、彼女には自分の心の穴のように感じた。
彼女はあれ以来、真剣に取り組めるような、熱中できるようなゲームに出会えてはいなかっ
た。その、心にぽっかりと開けられた穴には、負の感情しか残っていない。いくら埋め立てよ
うとしても、何を詰めようとしても、底知れぬ穴は埋まらなかった。
その穴を埋めてくれるかもしれない。不思議と、彼女は予感していた。全く新しい、全く謎
のゲームだからという点に、自分の新たなスタートを重ねているだけかもしれない。
それでも、密かに期待を膨らませた彼女の行動は早かった。
こまめにホームページやSNSをチェックし、クローズドベータテストがあるという情報を
仕入れては、すぐに応募した。当落結果が来るまでは受験勉強に集中し、当選してからはキャ
ラクターの名前や、どういうプレイスタイルで遊ぶか考えた。
そして、今日≪こんにち≫に至る。
時刻は23時55分。「ピリオド・クローズドワールド」日本サーバーのプレイ開始時間ま
で、あと五分を切った。
アプリもダウンロードして、ログインも済ませてある。彼女は準備万端でパソコンモニター
の前に座り、待機していた。
時計の秒針が6の数字を回る。彼女の心の中でカウントダウンが始まった。そして、時計の
針全てが12の数字に重なった。
真っ暗なディスプレイに「Welcome to the」と金色の文字が筆記体で綴られ、画面の
明度を上げるかのように、徐々にピリオドのログイン画面が見えてくる。
一昔前の様なグラフィックで描かれた島。それを船の上から見ているようなアングルを背景
に、ログインや設定などのメニュー項目が並んでいる。
彼女は真っ先にログインを選び、ピリオドの閉ざされた世界へと入っていく。
名前を「みたらし」と入力し、用意されたアバターの中から青年を選択した。仮の職業選択
では「戦士」を選ぶと、ざっと行動コマンド一覧やキーコンフィグが出てきたので、設定を行
う。丁寧な文言での説明は、ここまでだった。
設定を終えると、突如画面が暗転する。そして、画面中央にログインの時と同様の文字で
「Good luck」という言葉が浮かび上がった。
次の瞬間には、みたらしは森の集落跡地の様な広場に立っていた。
視界に映るのは、大きな広場と野営用のテントが三張り。後は周辺に森が広がっているだけ
だ。グラフィックはログイン画面で見た島と同じで、今のゲームにしては荒い。だが、木々や
他のプレイヤーを見ると、細部までの作り込みとフレームレートの高さが相まって、滑らかに
動いているように見える。
プレイヤーは同じ様な恰好をした人ばかりだった。職業によって、持っている武器や防具に
違いはあれど、どの人もキャラクター設定画面で見た姿だ。
だからこそ、皆が気づいていた。明らかに自分たちと違う姿をしたキャラクターが四人居る
ことを。
テントの前に一人ずつ。そして、みたらしの近くに一人居る。
みたらしは恐らくNPC(Non Player Character の略。人が操作していない、
コンピューターのプレイヤーのこと)である彼女を、じっと見つめた。
毛皮をあしらった革鎧に弓という、いかにも狩人の様な恰好だが、他のプレイヤーたちより
装備が豪華だ。更に、顔も違う。凛とした顔つきに黒髪ポニーテールなど、キャラクター設定
画面にはいなかった。
NPCたちに話しかけて何かしらの情報を得て、ゲームを進めていくのだろう。そう考えた
みたらしと数人のプレイヤーは、ポニーテールのNPCに近づいていく。すると、まるで目が
合ったかのようにNPCもみたらしに近づいてきた。
「あなたたち、見かけない人ね。新しくこの地に来た人?」
まるで映画や動画の字幕の様に、NPCの言葉が画面に映し出される。
それに合わせ、周囲から「え?」や「お?」といった呟きが微かに聞こえてくる。みたらし
はミュート設定にしていなかったので、周囲のプレイヤーのボイスチャットが聞こえるように
なっていた。
男の声を聞いたみたらしは、すぐさまミュートしようと設定を開いた。だが、少し考えてか
ら、それをぐっと堪えた。嫌な感じだったら、すぐにミュートすればいい。そう思って。
NPCは周囲のボイスチャットにも視線を動かして反応しているものの、みたらしの答えを
待っているようだった。なので、みたらしはチャットメニューを開いて返事をする。
「はい、そうです。今日来ました」
ここで、みたらしは違和感に気づく。ボイスチャットに気を取られていたが、そもそもNP
Cから話しかけてくることなんてない。イベントシーンやムービーシーンでもない限り。まし
てや、こちらが返事を打つことなど。
「そうなのね。じゃあ、この辺りのことについて軽く教えてあげるわ」
その返事を聞いて、みたらしはますます驚いた。きちんと会話が成立している。
周りのプレイヤーたちも驚いているのか、二人の会話をじっと聞いている。気づけば十数人
のプレイヤーが周囲を取り囲んでいた。
(は……恥ずかしいよ……)
自分とNPC――アスカのやり取りを、大勢の人に見られている。シークレットウィンドウ
などではないため、恐らくログか何かで周囲の人に流れているのだろう、とみたらしは予想し
ていた。
「――という訳だから、実力がつくまで北の洞窟には近寄らないほうがいいわ」
アスカは周辺の説明をし終えてから、みたらしをじっと見ている。
(あっ、えっと……はい、解りました。説明してくれて、ありがとう――)
みたらしが返事を打ちこんでいる、その時だった。
「北の洞窟は、大体何レベルあれば攻略できると思う?」
不意に、最初から聞いていた男性プレイヤーがアスカに質問した。しかも、内容は少しだけ
メタ要素を含んでいる。
「10レベルもあれば攻略できるわ。あとは、状態異常系の攻撃が増えるから、備えを怠らな
いことね」
「あ、ありがとうございます……」
男性プレイヤーは驚きのあまり、ボイスチャットで返事してしまった。だが、まだアスカは
ボイスチャットに反応できない。
そこで、みたらしは先程の文をアスカに送った。
「説明してくれて、ありがとうございます」
すると、アスカは再び顔をみたらしの方に向けた。
「構わないわ。互いにこの地で生きていく身なのだから、協力し合いましょ」
アスカの一連の反応に、みたらしを含めたプレイヤーたちは驚愕していた。AI技術が完全
に取り入れられ、元来会話できるはずもなかったNPCと会話できている。しかも多人数対応
だ。会話の選択肢を選んで、というレベルではない。諸々が、本当に中に人≪プレイヤー≫が
入っているかのように感じられる。
それを面白がって、アスカに質問をする人、それを聞く人、他のNPCに話しを聞きにいく
人など、プレイヤーが広場に散らばり始めた。
みたらしもアスカから少し離れ、遠巻きに各人の行動を見たり、説明を受けた地理関係を確
認しようとした。
その直後、事件は起きた。
ザシュッという、いかにも剣で斬った時の効果音が聞こえたと思ったら、次いで誰かの笑い
声が遠くから聞こえてくる。
みたらしがその方向を見ると、広場中央付近のテントの前に人だかりができている。
「えっ?」「うわっ! マジかよ」「おぉー……」
みたらしが人だかりに近づくにつれ、ボイスチャットが鮮明に聞こえ、チャットの文字が大
きく見えてくる。それと同時に、ビュンッ! という矢を放った音と、それが何かに刺さった
鈍い音も。
「盗賊が紛れ込んでいたようね……!」
一回名前を聞いたからか、字幕の上に小さく「アスカ」と名前表記が出ている。その声と共
に、人だかりの円が広くなった。
みたらしが円の中心を覗くと、そこには緑色の大きな籠を背負っていたNPCと、一人のプ
レイヤーが倒れていた。
「ミスミ、オノマ、集まって! この連中、危険かもしれない!」
アスカの呼びかけに応じ、他のNPC二人がアスカの近くに寄ってくる。何が起こったか分
からないプレイヤーたちは、立ち尽くして様子を見ていることしかできない。
そんな中、人だかりの中にいたプレイヤーがアスカたちに近寄ろうとした。その瞬間、アス
カが弓を引き絞る。
「それ以上近づけば攻撃する!」
アスカの宣言に合わせ、初老の男性NPCは金槌を振り上げ、フードを目深に被ったNPC
は右手を突き出している。
「俺たちはそいつみたいに、いきなり攻撃なんてしない」
「信用できない!」
誰かがチャットを打ったが、アスカは聞く耳を持たない。
(そこで倒れてる人が、籠を持ってるNPCの人を攻撃しちゃったんだ……)
みたらしは状況を把握した。確かに、この広場で制限されているアクションは何もない。普
通のゲームだったら、プレイヤーが集まる場所などでは攻撃アクションはできないし、できた
としても攻撃対象にならず、ダメージを受けることもない。つまり、ここではNPCどころか
プレイヤー同士でも戦闘が容易にできてしまう状況だった。
(こういう感じのゲームなんだ……。ちょっと……やだなぁ……)
みたらしには、アスカの気持ちが分かった。信用しようと、協力しようとしていた相手に突
如背後から襲われたら、誰だって今のアスカのようになる。
それに、そう思うのはアスカたちだけではない。攻撃する意味はあまりないが、プレイヤー
に危害を加えることを楽しみとする人間もいる。今、この瞬間にも混乱に乗じて背後から攻撃
してくるかもしれない。
そう考えると、どこでだって気の抜けないピリピリしたゲームだと、みたらしは感じた。
「みたらしさん、あなたなら説得できるんじゃないですか?」
みたらしがこっそり人だかりから離れようとしていると、名指しでチャットが飛んできた。
(だっ、誰っ!? ……あ、そうか……さっきの会話聞いてた人かな……)
突然のご指名に、みたらしの心臓は跳ね上がったが、よく考えればアスカとの自己紹介のや
り取りなどを、ほぼ全員に聞かれている。だから、名前を知られているのは仕方なかった。
このゲームは人にカーソルを合わせても名前やステータスは出ず、コミュニケーションコマ
ンドしか表示されない。NPCなら本人から名前を聞く、もしくはNPC伝≪ひとづて≫に聞
かなければ名前は表示されない。プレイヤーならば、フレンドにならなければ名前やステータ
スなどは見れない。
(……って、なんで私が説得するの!? また、みんなの前でなんて……!)
「無理です。たまたま最初に話しただけなので」
そう返事したにも関わらず、プレイヤーの皆がこっちを見ている。更に、アスカもこっちを
見ていた。発言したことにより、みたらしがどの方角に居るのかバレてしまったからだ。
みたらしとアスカの目が合う。その視線に、みたらしは通じるものがあるように感じた。人
を……男性を信じれないような、その目。アスカの表情は変わっていないはずなのに、みたら
しは自分の中まで見透かされている気がした。
その視線に吸い込まれるように、みたらしは一歩踏み出す。そして、自分の装備している剣
を装備欄から外す。
「私は攻撃しませんし、盗賊なんかじゃありません」
そう言って、みたらしはもう一歩踏み出した。だが、アスカは攻撃しない。
「そこで倒れてる人は、アスカさんのお友達ですか?」
「そうよ。錬金術師とまではいかないけれど、様々な道具や薬を調合できる、器用で優しい人
だった」
「お墓作るの、手伝わせてください」
少し迷って、みたらしはそう言った。いろいろ考えたが、彼女の「優しい人」という言葉を
聞き、この人たちをただのデータ扱いしたくない、と思ったからだ。
「……判ったわ。こっちに来て」
アスカの許しを得て、みたらしは三人に近づいていく。
それを見たプレイヤーたちは、誰も何も言わず少しずつ動きはじめた。アスカの周辺の地理
についての説明を聞いていた者がほとんどだったので、大半は初心者が活動できる草原や丘の
方へと向かっていく。残りはログアウトしたり、遠巻きにアスカたちの動向を窺っている。
そうして、人だかりの位置に残ったのは二人だった。
「私も手伝っていいかしら?」
冒険者の職業を選んでいる女性キャラのプレイヤーは、そう申し出た。
「私もいいでしょうか?」
軽戦士の職業を選んでいる男性キャラのプレイヤーも、冒険者と同じ申し出をした。
アスカは二人を見て、武器を装備していないことを確認すると、肯定の返事をする。
「じゃあ、こちらに来て。案内するわ」
そう言われて、みたらしを含めた三人はNPCたちについていく。道具屋の死体は初老のN
PC――ミスミが担いでいた。道具屋のカゴはオノマが持っている。
彼らの名前は移動中に自己紹介をされて判明した。そのついでに、プレイヤー間でも挨拶を
済ませた。冒険者の女性がエメス、軽戦士の男性がシリウスと名乗った。
「ここよ」
広場に続く坂道を下った先に、木漏れ日に照らされた彼らの墓があった。四基ある墓石には
全て文字が刻まれているが、この世界の文字なので何と書いてあるかは解らない。
「これを使って」
アスカにそう言われて、三人はアスカにカーソルを合わせ、コミュニケーションコマンドを
開き、アイテムの受け渡しを選んだ。
みたらしは木のスコップを手に入れた。その後、三人はアスカに指定された場所――墓石た
ちの並ぶ右端に穴を掘っていく。
「墓石は後でミスミに彫ってもらうわ」
一瞬で掘られた穴に道具屋が埋葬された後、アスカはそう言った。そして、道具籠をオノマ
から受け取ると、みたらしの方を向く。
「この籠は、みたらしが継いでくれないかしら」
「籠の中にあるアイテムを、自由に使っていいんですか?」
みたらしは困惑しながら答えた。
「いいえ、違うわ。あなたに調合師になってほしいの」
(ええっ! クラスチェンジ!?)
予想の斜め上の選択肢に、みたらしは声を上げそうになる。
「調合師になったら、どんなことをすればいいんですか?」
「あの広場でアイテムを売ったり、作ったりしてくれればいいわ。もちろん、あなたの気が向
いた時で構わないから」
(えぇ……それって責任重大なんじゃ……)
調合師を継いだら、みたらしが居ないとアイテムを買ったり、調合ができなくなるかもしれ
ない、ということだ。とはいえ、このままでは常にその状態かもしれない。
「ここにまた誰か調合師さんが来ることはないんですか?」
「判らないわ。明日来るかもしれないし、二度と来ないかもしれない。それは誰にでも言える
ことよ」
確かに。みたらしはそう思った。
みたらしがそのまま考え込んでいると、静かに話しを聞いていたエメスが名乗りを上げた。
「もし、みたらしさんが悩んでいるのなら、私にやらせていただけないかしら?」
「私はいいですけど、大変そうですよ?」
「大丈夫。私、ほぼ毎日インできると思うし、何か困ったことがあったらアスカさんたちに助
けてもらうわ。それに……なれるものなら、錬金術師になりたいの」
「そうなんですね。分かりました」「じゃあ、アスカさん。調合師を継ぐのはエメスさんでも
いいですか?」
「ええ。あなたがそう言うなら構わないわ。よろしくね、エメス」
アスカは話しの流れを理解し、エメスに調合師の籠を受け渡した。
そうして、みたらしたちは広場に戻り、アスカたちからアイテムの売買や調合方法、武器の
作成・強化、魔法の習得などの説明を受けた。
「ログアウトしないと職業が変えられないみたいだから、私は一旦ログアウトするわね」
アスカたちが所定の位置に戻った後、エメスはみたらしたちにそう話しかけた。
「ありがとうございました。手伝ってもらって」
「とんでもない。私の方こそ、礼を言うわ。ありがとう、二人とも」
「私こそ、本当に何もしてないので……」
シリウスは申し訳なさそうにチャットを打った。
「そんなことないわ。私、あなたたちがいなければ、このゲームをやめようと思ってたの。だ
から、ありがとう。残ってくれて」
「私も、お二人が手伝ってくれてよかったです。同じようなこと、思ったので」
「プレイヤーやNPCを殺していくだけのゲームなんて、やりたくないですもんね」
「まさにその通りね」「よかったら、またお話しできないかしら」
エメスはチャットと同時に、みたらしたちにフレンド申請を送った。みたらしたちは画面左
上のステータスゲージの下に握手のアイコンが点くことによって、それを確認できた。
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
「私も、よろしくお願いします!」
「ありがとう。それじゃ、またね」
そう言って、エメスの姿は一瞬で消えた――ログアウトした。
エメスを見送ったみたらしは、メニュー画面を開いてコミュニケーションコマンドを選択す
る。フレンド一覧にいるのはエメスだけだ。
(……シリウスさんにも……フレンド申請してもいいよね? この流れなら……。……エメス
さん、戻ってきてくれないかな……)
何故エメスがそのまま今日のゲームをやめたのか。それはすぐに判った。
(もう2時過ぎてるっ!)
なんだかんだあって、ゲームを始めてから二時間以上経過していた。
「初日なのにいろんなことがあって、大変でしたね」
固まったままのみたらしに、シリウスは声をかけた。
「そうですね。思ってた以上に自由で、びっくりしました」
「本当に。でも、そのお陰で楽しめそうです」
「そうですね。これからどうなるのか、ちょっと怖いですけど」
みたらしがチャットを打った後、暫しの沈黙が流れる。
(……どうしよう、この流れで申請してもいいかな……。……いい、よね? 独り……エメス
さんもいるけど……この人なら頼れそうだし……男じゃなさそうだし……。……信用させとい
て、とかのパターンなのかな……?)
「よければ、一緒に冒険しませんか? みたらしさんの言う通り、一人での行動は怖そうです
ので」
シリウスも同じことを思っていたらしく、先に沈黙を破ってフレンド申請してくれた。なの
で、みたらしはそれにすぐに応える。
「はい、よろしくお願いします!」
こうして、みたらしは新たな一歩を踏み出した。
2
2024/02/2X
ピリオドが正式に発売されてから、数日が経過した。
クローズドワールドの評価は賛否両論、真っ二つに分かれての発売を迎えている。主な争点
は、自由過ぎるゲーム性と運営の態度、ゲームの出来のバランスの悪さ、サーバーの脆弱性、
以上の三点がSNSで話題になっていた。
それらをチェックしながら、薫はいくつかのグループに分かれている中学生たちの輪の中に
いた。彼らは学校の下駄箱先で、駅周辺の繁華街へ遊びに繰り出す話しをしている。
「あ、呼ばれてる。ちょっと行ってくるね」
女子グループの近くにいる男子――原田が薫を呼んでいる。美容室でカットされた後の様な
整った短髪に、スラッとした長身の、いかにも運動部に所属していそうな男子だ。
「ちょ、ちょっと待って……。本当に北原君抜きで大丈夫かな……」
薫が女子グループに近づこうとすると、待ったの声がかかる。今まで一緒にいたグループの
うちの、黒縁眼鏡をかけた猫背の男子――久崎からだ。
「大丈夫だよ。それに、もし本当に嫌だったら途中で帰ったりできるからさ。部屋分けも皆が
固まるようにお願いしとくから」
「う……うん、分かった」
久崎がそう返事をすると、原田が近寄ってくる。
「なぁー、北原ー、ほんとに帰っちゃうのかよ」
「うん、ごめんね。家のことしなくちゃいけないからさ」
薫が原田に近づいていくと、原田は声のトーンを落とした。
「北原が居ないと、篠宮に声かけらんねーよ」
「大丈夫だよ。普段はどんな曲聞いてるの? とか、いろいろ聞いてみたら上手くいくと思う
よ。あと……篠宮さんは稲津≪いねづ≫が好きらしいから、もし歌うなら注意してね」
「言われた通り、その辺りはちゃんと抑えてきた。あとは他の人が歌っても大丈夫かどうか、
だよな? ……よしっ、センキュー!」
「ねー、そろそろ移動しようよー。北原君、ホントに行けないのー?」
薫たちに近づいてきたのは、女子グループのうちの一人、佐々木だ。ショートボブの髪型が
良く似合う、活発そうな女子だ。
「ごめんね。家のことしなくちゃいけないからさ」
「えー、誰か他の人に頼めばいいじゃん」
「うち、誰も居ないんだ。お姉ちゃんもバイトに行っちゃってるし」
「へぇー、そーなんだぁ……」
佐々木は何か思いついたような顔をして、女子グループの方へと戻っていった。
「じゃあ、原田君、久崎君たちのこと、よろしくね。皆が同じ部屋になるようにしてあげて」
「オッケー、任せとけって。じゃあ、行こーぜー!」
原田は久崎たちを手招いて、女子グループたちと合流していく。
女子グループの方は、佐々木が女子たちに「北原君の家、今誰も居ないんだって! 誰か家
事手伝いに行ってあげれば?」と、はしゃいでいる。それを尻目に、薫は久崎たちに別れを告
げた。
「またね、北原君」
「……じゃあね、また来週……」
久崎たち男子グループは、誰もかれもが不安そうに薫を見送っていた。
薫も少し名残惜し気に手を振っていると、女子グループとそこに合流した他の男子グループ
からも声が飛んでくる。
それに応え、大きく手を振り返した薫は、校門を出てから繁華街方面とは逆の、住宅地方面
へと足早に歩いていった。
そうして薫が家に帰り、作り置きされた昼食を食べ、洗濯物を取り込んだ後。
薫――シリウスはピリオドにログインした。
ログインパスワードを全て打ち込み、スマートフォン用の連動アプリ「ピリオドボイス」を
起動する。そうすることにより、ボイスチャットやボイスチェンジ機能他、チャットの全自動
翻訳などの便利なコミュニケーションツールが簡単に使えるようになる。ピリオドは月額課金
制(約100円)なのだが、このアプリはその金額に含まれている。
準備が整ったシリウスの画面が暗転する。次の瞬間には、様々な姿をした人間たちが行き交
う広場に着いていた。
数々の野営用テントで形成されたゲーム開始地点「拠点」と呼ばれる集落だ。
クローズドワールドの評価を受けて、ひっそりとしたスタートとなったピリオドには、まだ
それほどプレイヤーがいない。現状、この拠点を賑わせているのもNPCばかりだ。
(ベータテストからそれほど変わってないから、エメスさんもどこかでお店開こうとしてるの
かな……。あ、もうみたらしさんインしてる。……やっぱり、僕と同じか、ちょっと上か下く
らいの歳なんだろうな。……下っぽい気がするけど)
フレンド欄をチェックしたシリウスは、そこに唯一載っているみたらしの文字が点灯してい
ることに気づいた。
クローズドワールドからの引継ぎは一切なかった。なので、登録していたエメスの名前は消
えてしまっている。
「出会いとは縁、巡り合わせ。またこの世界で出会えることを祈って、旅立ちましょう」
エメスはクローズドワールド最終日、そう言っていた。
そして、シリウスもそれでいいと思っている。固定パーティーを組んだり、チームに所属す
るよりも、流れに身を任せた一期一会を楽しむ。シリウスはそういうプレイスタイルでいこう
と決めていた。
(だから、あんまり一緒にいるのもなぁ……。でも……初日に会えた時は凄い嬉しそうだった
し……。……うん、僕から誘おう)
みたらしは誘われるのを待っている。そんな気がしたシリウスは、一応声をかけてみること
にした。
「お時間あったら、パーティー組みませんか?」
シリウスは簡単な文章と共に、パーティー申請をみたらしに送った。
「はい! よろしくお願いします」
返事はすぐに帰ってきて、自分のステータスゲージの下にみたらしの簡易ステータスゲージ
が表示される。みたらしがパーティーメンバーとなった証だ。
それから、しばらくの間。二人は冒険を楽しんだ。
クローズドワールドの時と多少は変わっているものの、戦闘方法などの基本的なシステムは
変わっていないので、冒険はサクサクと進む。
そうして、初心者用のフィールドである「はじまりの」という名を冠する、草原、丘陵、森
林、これらを全てクリアした時、時刻は18時を過ぎていた。
今、シリウスたちは「はじまりの洞窟」という、最後の初心者用ダンジョンを攻略を進めて
いた。
「状態異常は私が治すので、どんどん攻撃しちゃってください」
ボイスチャットでみたらしに声をかけながら、シリウスはみたらしに<ジャノム・イア>と
いう、「バッドステータス・毒」状態から回復する魔法を唱える。
「はい! わかりました!」
前方の栗色の髪の少年剣士から、少し声の高い男の子の返事が聞こえる。
アプリのボイスチェンジャー機能が優秀で、本当に地声なのか女の子が声を低くしたのか、
シリウスには判らない。それは自分にも言えることなので、シリウスはみたらしの性別を気に
しないことにしていた。
現在シリウスたちが戦っているモンスターは、はじまりの洞窟のボス「狭間の獣」といい、
ダンゴムシとアルマジロが融合した様な、その名の通り昆虫と動物の中間のようなモンスター
だった。
みたらしは狭間の獣が繰り出す多彩な物理攻撃を剣で防ぎ、走って回避し、上手に間合いを
測って当たらないよう立ち回っている。
避けられない<毒噴霧>や<麻痺体液発射>などの攻撃が来たら、後方で待機しているシリ
ウスの出番だ。
先程の声掛け通り、シリウスはみたらしに攻撃が当たった直後に状態異常回復魔法を唱え、
みたらしを回復させる。みたらしはその間に肉質の柔らかい部分を狙って、長剣でスキル攻撃
を行う。
前衛のみたらしに、後衛に徹したシリウス。パーティーバランスも良く、一度戦ったという
こともあるので、二人は難なく狭間の獣を倒した。
「あっ、倒せましたねっ」
みたらしは狭間の獣が仰向けに倒れると共に、嬉しそうな声を出した。
「はい。お疲れ様です」
シリウスはみたらしを労いつつ、彼に体力回復魔法<イア>を唱える。
「この辺りから気をつけた方がいいんでしょうか……?」
「いや、まだ大丈夫だと思いますが、念のためです」
フィールドやダンジョン内では、常に注意しなければならない。モンスター、トラップ、N
PC、環境、プレイヤーなど、あらゆるもの全てに。プレイヤーに至っては、パーティーを組
んでいたって信用できない。パーティーなど、いつでも抜けられるのだから。
フィールドやダンジョンで死亡すると、拠点に戻ることになる。その際、装備している物以
外の全てのアイテムが失われて、その場に落とすことになる。
そういった仕様のため、中級者以降のフィールドやダンジョンでは、ボス戦直後を狙った
PK(Player killing の略。アイテム、または行為そのものを目的としてプレイヤーを
殺すこと。または、その行為を行う者を指す)が多発している。だからシリウスは念のため体
力回復魔法を使用し、みたらしの体力を全回復させていた。
「分かりました、ありがとうございます。じゃあ、急いで戻りましょう!」
そう言って、みたらしはちょこまかと動き回り、ボスが落としたアイテムや置いてある宝箱
を開けていく。
シリウスも周囲を警戒しつつ、アイテムの取りこぼしがないか確認していく。
そうして、二人ははじまりの洞窟から帰還し、拠点でアイテム整理を始めた。
アイテムドロップはフィールド、ダンジョン共に共有だ。なので、互いに使えるアイテムや
装備の交換、ドロップアイテムを売った時に値段が同じになるように分配が必要だった。
「それにしても、拠点でゆっくりアイテム整理できるのは良いですね」
アイテムの仕分けをしながら、シリウスは話しを振った。
「はい。また誰かがNPCを殺すところからスタートしなくてよかったです」
クローズドワールド初日の一件後、全プレイヤーに運営から次のようなメッセージが届いて
いた。
「この度は(中略)拠点でのアクションコマンドの使用を可能にするか否か。下記のチェック
ボックスにあなた様のご意見を投じて下さい。全プレイヤー様の投票が済み次第、または投票
が過半数を超え、投票期日以降になり次第、システムを実装させていただきます。あなた様の
清き一票を――(略)」
投票結果は、379対621で否決。即ち、拠点でのアクションコマンドは全面的に使用不
可となった。
こうしたプレイヤー任せのルール作りや、選ばれなかった方のプレイをしたプレイヤーに対
し、厳しすぎる処置を取る(NPCを殺害したプレイヤーは、ゲーム開始時や死亡時に毎回拠
点の遥か彼方のフィールドにランダムで飛ばされ、まともにプレイできなくなる、など)こと
が問題として挙げられ、SNSで炎上していた経緯もある。
「今のところ、あれ以外で投票とかはないですけど、このままゲームが進んだら出てきそうで
すよね」
「そうですね。僕はもう少しPKしにくい環境になってほしいって思いますけど……」
みたらしは少し不安そうに頷いた。
「まだ大きな問題は起きてないから、運営も対応しなさそうですもんね」
「せめて、拠点外でのパーティー編成は参加だけにしてほしいです。……でも、どっちみち僕
は知らない人とパーティー組めなさそうですけど……」
「そんなことないですよ。私やエメスさんとパーティー組めたじゃないですか」
「それはそうですけど……最初のイベントの流れがあったから、と言いますか……」
「大丈夫ですよ。みたらしさんはゲーム上手いんですから、もっと自信を持ってください」
「そんなことないですよ……。シリウスさんが上手くサポートしてくれてるから、クリアでき
てるだけで……。……、……シリウスさん?」
「……あっ! すいません。家族が帰ってきてしまったので、一旦ログアウトしますね」
「あ……そういえば、もうそんな時間ですね。じゃあ、また今度……」
「……夜もやると思うんで、お時間が合えば、また一緒に組みましょう」
「は……はいっ、よろしくお願いします!」
みたらしの元気になった声を聞いて、シリウスは苦笑いしながらログアウトした。
3
2024/03/1X PⅯ10:00
薫は時間丁度に席に着いた。
やるべきことは全て終わらせた。だが、準備万端とは言えない。
幾つか会話のシミュレーションをして、オフ会に行かない方向に話しを持っていこうと準備
はしてきた。でも、それでいいのか。答えはまだ出ていなかった。
シリウスは心が定まらないまま、ピリオドにログインした。
この一ヵ月、なんだかんだとシリウスはみたらしと頻繁にパーティーを組んでしまった。
NPCからの重要な依頼も一緒にこなし、強大なイベントボスも一緒に倒してしまった。
深く関わらないと決めていたのに、雑談をしながら過去話しもしてしまい、スタークロニク
ルオンラインをプレイしていたことも聞いてしまった。そして、そこでとても嫌な思いをした
ことも。
薫も同じだった。それを聞いてしまったことで生まれた親近感や情が、みたらしとの距離を
縮めているとシリウスは思っていた。
(……ちゃんと話そう。僕はみたらしさんが思ってるような良い人なんかじゃないし……オン
ラインで出会った人とは深く繋がらない方がいいってことも)
ようやく固まった自分の考えを持って、シリウスは女神の広場に向かう。
「遅くなってすいません。今、向かってますので」
シリウスは移動している最中に、みたらしにパーティー申請を送り、ボイスチャットで話し
かけた。
「いや、僕もインしたばかりですので、大丈夫ですよ」
ということはシリウスの予想通り、みたらしは先に広場で待っている。シリウスは少し罪悪
感を覚えつつ、話しを振っていく。
「そういえば、オフラインイベントの出店に関わるゲーム内イベントが始まるそうですね」
「そうなんです。また不思議なイベントをやるらしくて。詳細は発表しないで、隠されたイベ
ントのクリア、もしくは選考基準を満たしたプレイヤーかホームにメッセージが来る、みたい
です」
「それは、また不平不満が出そうなイベントですね……」
シリウスは少し笑いながら拠点大通りを抜け、女神の広場に到着した。
「そうですよね。でも、開拓システムのおかげで人がどんどん増えてますよね。あっ、右に居
ますー」
みたらしは広場に入ってきた空色の髪の魔法使いに、すぐに気づいた。
シリウスは鍔の広い朱色のトンガリ帽子、いわゆる魔女帽子を被り、濃紺のマントを羽織っ
ている。その姿から充分に魔法使いを連想させるが、実際は魔術師と剣士の二つの職業を修め
た魔法剣士だ。
それはともかく、目立った恰好なので簡単に発見できる。
「すいません、お待たせしました」
そう謝りながら、シリウスはベンチに座るみたらしの隣に腰かけた。
「いえ、気にしないでください」
「……ここも、随分変わりましたね」
シリウスは懐かしむように話しを切り出す。
「そーですね……。昔はここが拠点の中心だったのに、開拓が進んでからは端っこの方ですも
んね」
「運営がポスワに#思った以上に開拓が早くて開発が大変です。ってレターしてて、笑っちゃ
いましたよ」
「あっ、それ僕も見ました。正直な運営さんですよね」
「はい。……変わってるけど面白そうな人たちが創ってる、面白いゲームですよね」
「うん、本当にそう思います」
みたらしは穏やかな声で相槌を打っていた。
「……ですから、このままでいいんじゃないでしょうか……?」
「え? ……それは……オフ会……の……」
「……そうです。誤解しないで聞いてほしいんですが、みたらしさんと一緒に行きたくない訳
じゃないんです。きっと、一緒に行ったら楽しい。そう思います……。でも、わざわざ嫌な思
いをするかもしれないオフ会を……直接会うことを……する必要なんて、ないと思うんです」
みたらしは沈黙したまま聞いているので、シリウスはゆっくりと諭すように話しを続ける。
「……私は男です……。みたらしさんは……オフ会で男のチームメンバーに嫌なことをされた
んですよね……? だったら、やっぱりオンラインで仲良くなった人と、簡単に会っちゃいけ
ないんです。……オンラインとオフライン≪現実≫は違う……。オンラインで良い人の振舞い
をしてても、オフラインではそうじゃない人なんて沢山います。実際、私もそうかもしれませ
んよ? だから――」
「シリウスさんは……! ……、……いつから……僕が……私が女だって……気づいてたんで
すか?」
シリウスの話しを遮ったみたらしは、少し震えた声で訊いた。
みたらしはシリウスが男性かどうか、この時まで判別できていなかった。いや、自分と同じ
境遇の女性であってほしいと願っていた。
男性キャラを使っているが、中身は女性というプレイヤーも少なくはない。逆も然りだが、
自分もシリウスも「そう」だと思っていた。だが、本人の口から否定されてしまって、動揺を
隠せなくなってしまった。しかも、自身の兄と似たようなことを言っているので、嘘ではない
のだろうと思っている。
「……気づいたのは、スタクロの話しをしている時です。きっと女の子で、信じてたチムメン
の男に裏切られちゃったんだろう……って。それに……その……ベータの時は一人称、私、で
したし……仲良くなってからは、少しずつ女の子の口調が出てて……」
シリウスはぽつぽつと少し言いにくそうに、みたらしが性別バレした理由を挙げていく。
みたらしはそれを聞いて、パソコンのモニターの枠にくっついている「僕!」という付箋を
見ながら、自分の顔が赤くなるのを感じた。と同時に、血の巡りが良くなった脳内で、思考も
急速に回転しはじめる。
この男≪ひと≫は私が女だと判っても、態度一つ変えたりしなかった。しかも、オフ会まで
断っている。更に、似たような嫌な思いをしたことがあるということは、逆に女から何かされ
たということだ。多分、容姿。カッコよくて付きまとわれちゃったか、カッコ悪くてバカにさ
れたか、どちらかだ。
(いや……でも、男同士で何かトラブルに巻き込まれちゃったのかも……。ううん、今は考え
ないでいい! 今は……!)
みたらしは思いついた名案を実行に移す。マイクをミュートにし、ボイスチェンジャー機能
を切る。そして、咳払いして声を作る準備をする。
「……その……気づいてても……触れない方がいいのかなって思って……」
「じゃあ、やめます。オフ会」
シリウスが申し訳なさそうにしているところに、みたらしはキッパリと言い切った。Ⅴライ
バーの光乃澪に寄せた、男が好きそうなアニメのヒロインのような声で。
「……ちょっと待ってください」
シリウスはそう言った。
(ちょっと待ってください……!? やっぱり、シリウスさんも他の男と同じなんだ……!
良かった、試してみて……! ……もう、今日限りでパーティー組むのは……)
みたらしはカッとなって、目頭が熱くなっていくのを感じた。
「……お待たせしました。そうですね、その方が良いと思います。……自分の素の声で喋って
ると思うと、少し恥ずかしいですね。みたらしさんみたいに良い声じゃないので……」
シリウスの声――ボイスチェンジャー機能でキーを上げた、声の低い女性のような声音では
なく、そこから少し低い、声の高い爽やかな青年の声が聞こえてきて、みたらしの目頭は急速
に冷えていく。更には、発した言葉の意味を頭が理解し、心に熱が灯る。
「……行きたく……ないんですか……?」
みたらしの震えた声を聞いて、シリウスは少し困惑しつつも、はっきり答えた。
「……はい。もし行ったとしても、私はみたらしさんに嫌なことをしないし、嫌な思いもさせ
ません。ですが、このままで……今まで通り、いつも通り、ゲーム内だけで楽しんだ方がいい
と思います」
「……それでも……やっぱり……行きたいです……!」
「……どうして、そこまで……?」
みたらしの意見が二転三転し、すっかり困惑したシリウスは理由を訊いた。
「……私……四月から高校に通うんですけど……このままじゃ……男の人が怖いままじゃ……
ダメだと思うんです……。このままじゃ……新しいとこ……どこにも行けなくなっちゃいそう
で……。友達にも……迷惑かけちゃうし……」
実咲は心境を吐露した。この人なら……この人しか自分の男性恐怖症を克服するのに、頼れ
る人はいない。そう感じて。
「……実は、僕も四月から高校生です。一緒ですね」
薫は穏やかな声で笑いかけた。
実咲の話しを聞いているうちに、薫も一歩踏み出そうと決意したからだ。親近感や情などよ
りも相応しい、「友達」という言葉を自分の中に見つけて。友達ならば、助けてあげたい。当
たり前の感情だ。
この問題≪クエスト≫を、友達と一緒にクリアする。もう、失敗はしない。薫の心には火が
点っていた。
「直接会うから、言っておいたほうがいいですもんね」
「……ッ! そ、それじゃあ……」
「はい。……友達の……みたらしさんの力になりたいです。しましょう、オフ会!」
薫はあまり出したことのない、少し力強い声で約束した。