第49話 シクラの森の戦い 後編 (※三人称視点)
※三人称視点で進行します。ご注意ください。
斥候から最前線の兵士に損害が出たとの報告を受け、フィリップ侯爵は策が破れたことを知った。
読まれていたのだ。
サクラメントの青二才は、どういう手段によってかこの抜け道の存在を知っていたらしい。
「おのれ……」
無念の臍をかみつつ善後策を練る。
こんな細い道では大軍を展開させることはできない。先頭部隊同士の削りあいになってしまう。
「そうなることを見越して小僧は強壮な戦士を揃えてるだろうな……」
最前列が一瞬で六人もやられたのがその証拠だ。
つまり兵の質では敵に軍配があがる、ということである。
最初の損害だけでそこまで読めるのはフィリップ侯爵が無能からはほど遠い男だという証拠ではあるが、現状では選択肢の数自体が少ない。
「それでも、ひたすらに力押しすれば勝てるだろうがな」
こちらは千人の大軍だ。
損害など無視して突き進めば最終的には勝てるだろう。あくまで数の上では。
人間は機械の部品ではないから、捨て駒にされると判っていて、それでも積極的に突っ込むほど素直ではない。
あっという間に厭戦気分が伝播するだろう。
下手をすれば矛を逆しまにして背いてくるかもしれない。
「となれば撤退だな。輜重隊から順に反転させ……」
「大変です! 輜重隊が狼の大群に襲われています!!」
命令を最後まで言うことができず、凶報が飛び込んできた。
輜重隊に戦闘能力はない。
輸送任務の上に、とにかく量が膨大なため武装する余地がないのだ。
荷車とそれを牽く牛、さらに人間は背に荷物を負っている。
どうしてそんなに必要なのかといえば、一番の理由は宿場に泊まらないから。街道を使えば宿場で購入できる物資すら運ばないといけない。
一千名の兵士たちの生活物資だ。
とんでもない量になるから、結果として輜重隊はますまず鈍重になる。
しかも隊列が長く伸びきっているため、最前線でなにが起きているかなど知る由もない。
そこに道の左右の森から狼たちが襲いかかった。
訓練された動きで輸送兵の喉笛を咬み裂いていく。
地面に引き倒してとどめを刺したりしない。ひたすらヒットアンドアウェイだ。
あっという間に恐慌状態になる輜重隊。
その混乱に乗じてサクラメント諜報部の面々が忍び寄りって荷車のくびきを切り、ついでに牛の尻に蹴りを入れていく。
驚いた牛たちが暴走し、兵士の隊列に突っ込んでいった。
ますます混乱に拍車がかかり、指示を出す下士官の声も届いていない有様である。
「なんだ!? なにがどうなっている!?」
突如として恐慌状態になってしまった軍勢に、さすがのフィリップ侯爵も困惑した。
前線は正確無比な射撃で足止めされ死体が量産されている。
味方の死体が足下を埋め尽くすせいでまともに動けないような状態だ。
そして後方では輜重隊が襲われており、前にも後ろにも進めない。
「青二才め!」
ぎり、奥歯をかみしめ、愛馬に拍車をくれる。
この状況を打開する方法はひとつしかない。フィリップ侯爵自身の手で血路を開くのだ。
自ら最前線に躍り出れば兵士たちの士気も上がる。
後に続く者もいるだろう。
「フィリップ侯オスカー! 推して参る!!」
馬上で姿勢を低くし、槍を突き出して突き進む。
味方たちは驚いて左右に退き、主君のために道を空けた。
やがて、フィリップ侯爵の前に漆黒の馬に跨がった黒ずくめの戦士が立ちはだかる。
「サクラメントの従士、グレイスだ。わたしがお相手いたそう」
「雑魚は引っ込んでおれ!」
さらに加速して突っ込む。
唸りを上げて繰り出される馬上槍。
すでに初老の域に入っている男のものとは思えない鋭さだった。
グレイスの長剣が音高く弾く。
まるで機械のような正確な動きで。
痛いほどの痺れが手に残るはずなのに顔色ひとつ変えない。
「やるな。青二才」
「ご老体こそ、なかなか達者なものだ」
幾度も幾度も槍と剣が衝突し、火花が散る。
くるくると互いの位置が変わるため、フィリップ侯爵軍もサクラメント男爵軍も援護できない。
舞踊を眺める観客のように、見ているしかできなかった。
五合十合と打ち合い。
永遠に続くかと思われた戦いだが、ついに横殴りの一撃がグレイスの頭を捕らえる。
もんどり打って落馬した黒の戦士を、息を弾ませながらフィリップ侯爵が見下ろした。
「悲鳴ひとつあげぬとは見事なものよ。だが、ここまでだったな」
穂先を向ける。
「……しかし、あなたではない」
返ってきたのは意味不明な言葉。
「なんだと?」
「歴史に名を残すのは、あなたではないと言ったのだ」
酷薄な微笑すら浮かべて。
不意にフィリップ侯爵はかっとした。
「世迷い言を!」
突き出された槍。だがそれはグレイスを貫くことなく、半ばほどで切り飛ばされる。
「待たせたな」
飛燕の動きで戦域に躍り込んだ青年の剣によって。
狂風になびく焦げ茶の髪、細いがまるで鍛えられた鋼のような体躯。
「遅いぞビリー。もうちょっとで死ぬところだった」
「その身体刺されたって、お前死なないじゃんかよ。クロウ」
軽口を叩き合い、ウィリアムがフィリップ侯爵を見た。
「ダチが世話になったな」
「チンピラが……っ! 死ねえ!!」
馬から飛び降りざまに腰間の剣を抜いて斬りかかる。
落下の勢いまで利用して。
猛烈な一撃だったが、ウィリアムは眉ひとつ動かさなかった。
「飛べば死角だぜ。ていうか、クロウと俺の連戦って舐めすぎだろう」
空中では体勢を変えることすら容易ではない。
すっと落下点に入り、ひゅんと長剣を一閃させるウィリアム。
どさり、と、重い音がひとつ。
侯爵の身体が地面に落ちた音である。
首は、ウィリアムの左手が受け止めていたため音を立てなかった。
「オスカー・フィリップ侯爵! 討ち取ったり!!」
宣言とともに高く高く掲げる。
その瞬間、勝敗は決した。
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