第46話 大陸一の錬金術師
「あとはもう、単純に人的資源が不足していますわ」
「それな!」
思わず大きく頷いちゃったよ。
人手が足りないのです。
それをなんとかするため、王都の冒険者ギルドにいったんだよね。盛大に空振りっていうか、藪をつっついて蛇を出しちゃったわけだけど。
「ニンゴリ川温泉に湯治施設を作るのにだって人が必要ですし」
きついぜ。
きつすぎるぜ。
兵士だけでなく、シーズンが終わったサクラメント水車からも人を出してるけど、圧倒的に足りない。
また村長連中に血走った目で睨まれる未来が見えるよ。
「いっそ義父上に、人を融通してもらえないか頼んでみるか」
「無理ですわ」
さらっと断言されちゃった。
「無理かな? けっこう親睦は深まったと思うんだけど」
「どんなに親しくなっても、父は人を貸してくれたりしませんわ。お金や物資ならたぶんいくらでも融通してくれるでしょうけれど」
ばさりと羽を動かす。
一番大切にしている財産は訊かれて、迷いもなく人材と答えるような御仁なんだそうだ。
「お金は稼げば良い。物なら買うなり生産するなりすれば良い。けど人はそういうわけにいかないというのが父の口癖ですもの」
人間は機械の部品じゃないから、壊れたらから取り替えるってわけにはいかない。
Aという職責にふさわしい人材を探し、その職を担えるまで育て、一人前になったら次は一流になるように磨いていく。
膨大な金と時間がかかるのだ。
おいそれと他人に貸すことはできない。無理使いして壊されでもしたら、悔いても及ばないから。
「なんというか、義父上の人材収集欲はすごいな」
「国の礎は人なんだそうですわ」
学ぶべき点は多いね。
けど、ちょっとは貸して欲しいよぅ。
「今シーズンの鮭漁は終わりましたし農閑期にも入りました。農民たちを動員して施設を作る手でしょうね」
「判った。サイサリスと協力して湯治場を作ってくれ」
サイサリス技術長は建築の専門家でもある。
彼に委ねておけば、ひとまずは大丈夫だろう。
「っと、次は……」
「アッシマですね。国外での活動の許可を求めています」
「判った。通してくれ」
アッシマをトップとする諜報部の主な活動は、動物にされてしされてしまった人間を元に戻す手段を探ること。
アリエッタの兄たちのうち、誰かがいずこかの魔女に依頼したというのが一応の予測ではあるが確証はない。
ただ、魔女が自らの利益や打算によってアリエッタを呪う理由はないため、依頼した者の正体はある程度は限られるってのはたしかだ。
そしてそういう不自然な取引って、けっこう痕跡が残るからね。
アッシマたちはサラソータ侯爵領に潜入し、手がかりを探していたのである。
とはいうものの、アッシマ以外は普通の盗賊だからね。すぐすぐ結果が出るとは思っていなかった。
「クュリクルルという人物を、お館様は知っておいででしょうか」
入室してきたアッシマが口にしたのは、どうやって発音したんだよそれっていうような奇妙な名前である。
そして俺は、その人物を知っている。
というか知らない人なんかいるのかってレベルの有名人だ。
「大陸一の錬金術師だな」
名声は世界に轟いてるのに、どこの国にも仕えず、風の吹くまま気の向くままに旅をしているのだという。
エイシェントドラゴンたちとも親交があるとか、北のエルフ族とも親友だとか、なかには眉唾臭い噂もあるけどね。
「その大陸一の錬金術師がグラナーダを訪れているとの情報をつかみました」
「グラナーダ? あんな都市国家になんで?」
思わす首をかしげちゃったよ。
アータルニア王国の西にある小さな都市国家だ。
農業以外にこれといった産業もなく、交通の要衝でもないから栄えているわけでもなく、地理的にどうでもいいポジションなのでどこからも攻められないという、たいへんに哀しい国である。
国外のサクラメントだね!
自分で例えて泣きたくなったよ!
「せっかくなので接触を試みようかと」
「大丈夫か?」
大変に気むずかしい人物だときいている。機嫌を損ねて動物に変えられてしまった人もいるとか。
と、そこまで考えてはっとした。
「アリエッタ。どう思う?」
「私に呪いをかけたのがクュリクルルだとは言いません。兄たちが接触チャンネルを持っているとも思えませんし。ただ」
一度言葉を切る。
「変えることができるなら、戻すこともできると考えるのが自然ですわ」
「だな」
大きく俺は頷いた。
不可逆のものは世の中にたくさんある。時間とかがまずそうだね。返せ戻せと喚いたところで過去に戻ることは絶対にできない。
だけど錬金術は違う。
石を金に変えることができるなら、金を石に戻すことだってできる。
だからクュリクルルと会うのはかなり有益なんだ。
「でもなぁ」
気むずかしいって判っている人と接触を持たせるのは危険度が高い気がする。
ただの盗賊団の頭だと思っていたアッシマは得がたい人材だった。
暗殺はともかく、諜報と防諜の専門家として後進を導いてもらわないといけない。
こんなところで失うわけにはいかないのだ。
「旦那様、どこかで危険は冒さなくてはいけませんわ。どのみち」
「我が身を案じてくださるのは光栄ですが」
アリエッタとアッシマが口々に言う。
そうなんだよなあ、まったくなんのリスクも背負わないってわけにはいかないんだよなぁ。
「無理だけはするな。少しでも危険を感じたら深入りせずに退け」
念押ししてからアッシマの提案を是とする。
なんか、アリエッタとアッシマが顔を見合わせて苦笑していた。
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