第41話 謀略の糸
サクラメントの街に到着した俺たちを凶報が待っていた。
「フィリップ侯爵より宣戦の布告状が届いております」
「ま、そんなこったろうと思ってはいましたわ」
報告してくれたサイサリスに、アリエッタがくえっと鼻を鳴らした。
擬音がおかしいけど、まあそこは無視してくれ。
冒険者たちを使った暗殺は失敗した。それで不貞寝しちゃうほどフィリップ侯爵は甘い相手じゃない。
すぐに次の手を打ってくるってのは予想の範囲内である。
「冒険者ギルドの幹部を殺したし、捕縛に動いた冒険者たちを返り討ちにして所領に逃げ帰った。あまりにも平民たちの命を軽んじた行い、断じて許されるものではない。フィリップ侯爵は義によってサクラメント男爵に宣戦を布告する。こんなところかしら」
悪意の抑揚を込めて、歌うようにアリエッタがいう。
「読んでもいないのによく書いていることが判りましたね。奥方様」
サイサリスほどの男が驚いた顔だ。
渡された書簡に目を通し、俺もさすがに驚いたよ。
一字一句間違いなくその通りとはいわないけど、大筋でアリエッタの言葉とおんなじようなことが書いてるんだもん。
「アリエッタは千里眼なのか?」
「そんなたいそうなものじゃありませんわ。責任転嫁は貴族外交のイロハですもの」
やってもいないことをやったことにする。
降りかかる火の粉をはらっただけなのに、一方的な加害者っぽくいう。
相手を悪者に仕立てることで自分の主張を押し通す。
こんなのは序の口なんだそうだ。
「うち、外交の相手なんてサラソータ侯爵しかいなかったけど、そんな無茶な話されたことないなぁ」
「父の旦那様への肩入れの仕方は異常なのですわ。なにか弱みでも握っているのか、それとも愛人かなにかだったのか」
ちょっと、やめてよ変なこと言うの。
男色趣味は持ち合わせていない。
そもそも俺の好みは男の価値が判る成熟した女だ。金のあるなしや顔の善し悪しで判断するような女性は、ちょっと苦手なのです。
「男の価値が判る成熟した女性なんて、かぎりなく希少価値ですわ。そんなこと言っているとモテませんよ」
「そういう女の心当たりは一人だけいてな。そしてそいつはもう俺の嫁だから、これ以上モテる必要はないかな」
真剣な顔で答えたら、くえーっと鳴いて俺の頭に蹴りを入れ、ばっさばっさと執務室から飛び出していってしまった。
えー? なにその謎行動。
痛くはないけどさ。
ばっさばっさと飛んでいく妻を見送る。
ていうか、アヒルなのにけっこう上手に飛ぶなぁ。
とか思っていると、サイサリスがため息をついた。
「……そういうところですぞ。お館さま」
なにさ?
基本的に、宣戦を布告してから攻め込んでくるってケースは少ない。
アータルニアの国法では、貴族間の私闘は禁じられている。禁じられてはいるけど罰則はない。
これはまあ、罰則なんかで縛ったりすると、国に噛みつく貴族もいるからだね。公爵や侯爵の軍勢が連合したりすると王国正規軍より数が多いからね。国としてもあんまり強気には出られないんだ。
だから、禁止されているはずなのに開戦規定ってのがあったりする。
矛盾してるよね。
で、それによれば開戦は宣戦を布告してからおこなうか、または攻撃開始をもって宣戦布告とすべしってことになっている。
ようするに、これから戦争だぞって宣言して始めても良いし、殴りつけてから戦争だって叫んでも良いってこと。
ひとそれを、オールオッケーっていう。
そしたらわざわざ宣言するバカがいるかって話さ。
まずはパンチを一発入れて、相手がひるんだところから戦争を始めた方が絶対に勝算が高い。
じゃあ宣戦布告に意味がないかっていうとちゃんとあって、主に脅しに使われるんだ。
宣戦布告したぞ。さあ謝るか戦うか選べってね。
後者を選択できるわけがないから、まあ普通は謝るよね。
ぶっちゃけ、俺らだってそうだ。
サクラメント男爵軍は五十六人、対するフィリップ侯爵軍は公称で一万六千。これで勝負になると思ってる人はぜひ挑んでみてくれ。止めないから。
「ま、国王陛下に調停をお願いするしかないよな。常識的に考えて」
「ですね。相手の思惑通りに」
俺の言葉にサイサリスがため息をついた。
平民の死に憤って本気で貴族間戦争を勃発させる馬鹿はいない。こっちを交渉の場に引きずり出すことが目的と考えてまず間違いないだろう。
ユーリたちが俺を始末できなかったから、別案に移行したというわけだ。
なんだか蜘蛛の巣みたいに謀略の糸が張り巡らされているな。
冒険者ギルドのフィッシャー副ギルド長を無礼打ちしていれば、そのことについて話があるみたいな感じで呼び出したのだろう。
そう仕向けるためにフィッシャーに鼻薬を嗅がせていたんじゃないかな。ケツは自分が持ってやるから、男爵なんかいくら軽く扱っても良いよってね。
でも俺は寛大さをアピールするために殺さなかった。
侯爵側はプランを変更して、ユーリたち実戦派をぶつけることにする。
そのためにフィッシャーは犠牲の羊になったわけだ。
まったく、どう転んでも俺はフィリップ侯爵の前に引きずり出されるらしい。
やってらんないよね。
俺はやれやれと肩をすくめた。
その日のうちにオリバーとサイサリスが出発する。
前者は国王の調停をお願いするためタイタニアへ。事務的な手続きだからオリバーに任せておけば、万事うまく運んでくれるだろう。
後者はフィリップ侯爵の元へ。
腰を低くして開戦を待ってもらうよう頼み込むのだ。これには海千山千の商売人であるサイサリスが適任だ。
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