第40話 中年ニンジャ
背中にナイフを生やして倒れる女の後ろに、森に溶け込むまだら茶色の装束をまとった男が現れる。
ゆうらりと。
いつからいたのか、最初からいたのか今現れたのかも判らない。
なんだあれ。
俺も驚いたけど、近くにいたプリーストはもっと驚いただろう。
目と口で大きな丸を三つ作る。
そしてその一瞬で、彼女の個人史は幕を閉じた。
倒れた魔法使いには目もくれず、すっと接近したまだら装束がプリーストの腹部にナイフを刺す。
刃を上にして、突き上げるように。
「か……は……」
女の口から苦しげな息と、少量の血が漏れた。
えぐいな。
肝臓を一撃か。しかも刺した瞬間に刃をねじってる。なんつーか、確実に仕留める刺し方だ。
「ニナ!? カテジナ!? きさまあ! 何をした!!」
俺との戦いを一方的に中断し、殺された仲間へと駆け寄ろうとするユーリ。
まあ、友達思いで立派なことだよ。
いまが戦闘中でなければね。
背を向けた瞬間、ばっさりと俺はユーリを袈裟懸けに切り裂いた。
もちろん致命傷である。
倒れこみつつ身体をひねり、ユーリが死相の浮かんだ顔で俺を見た。
「ひきょうもの……め……」
それが冒険者ユーリの最後の言葉である。
卑怯なのはお前らだろうに、と、ものすごく不本意だけど、ラストワードはラストワードだ。
胸に刻んでおく。
そしてそれで戦闘は終わりであった。ユーリとスペルユーザーたちが倒れたのを見て、生きのこった三人は戦意喪失して逃げ出したからである。
「すごいな、アッシマ。近くにいたなんて魔法使いが死ぬまで気づかなかったよ」
「拙い芸をおみせしました」
頭巾をとった元ウィンドエッジの頭目が一礼した。
拙いなんてとんでもない。
気配読みに多少の自信がある俺でもアッシマが忍んでいたなんてまったく判らなかった。
つまり、宿でのことは気づかせるように振る舞っていたってことなんだろうね。
もちろん俺をびっくりさせないために。
「よくきてくれたな。本当に助かった」
「いえ。お申し付けに背き、冒険者どもの動向を探っておりましたこと、深くお詫びします」
もう一度頭を下げるアッシマだった。
初めて会ったときとはだいぶ印象が違う。こんなにちゃんとした言葉遣いをできる人だったのが、まず驚きだよ。
さっきの暗殺術も含めて、じつはちゃんとした教育を受けたんじゃないかな。
問い詰めるような、失礼なことはしないけどね。
「拙はヒーズル王国の出身でして、本当は秋津島というんですが呼びづらいんでアッシマと名乗ってました」
自分から話し始めちゃった。
たぶん忠誠の証として、かな。
俺は鷹揚に頷く。話したいというのを止める必要はない。
すべて受け止めるよっていう意思表示だ。
その間にも、部下の元盗賊たちがあらわれ、冒険者どもの死体を処理していく。
服を剥いだりしているのは身元を判らなくするため。
もちろん装備品なんかは売れば金になるってのもあるけどね。剥ぎ取りは戦場のならいだから。
「最初にあったとき、不意打ちされたら五回に一回くらいはアッシマに負けるだろうって思ったんだ。思い上がりだったよ。お前に不意を打たれたら勝てる気がしない」
「そもそもお館様……閃光ビリーの不意を打つのが至難だと思いますが」
くすりと笑う。
やだこの中年、かっこいい。
ヒーズル王国には暗殺組織の『シノビ』ってのがあるんだってさ。その構成員たちの戦闘力は、端的にいうと「油断している相手に気づかれずに忍び寄り一撃で息の根を止める」程度の能力だそうだ。
つまり正面からまともにやり合うようことはしないしできない。何合も打ち合うこともしないしできない。
まさに暗殺術である。
「さっき姿が見えなかったのは魔法的なものなのか?」
「隠形といいまして、人に意識されなくなる技です。見えていないわけではありません」
路傍の石を気にする人間がいないようなもので、誰も気にしない。いるのにいないって感じなんだそうだ。
ただ、さすがに武器をかまえた石は存在しないので、攻撃態勢に入ったら隠形は解けてしまう。
使いどころが難しそうな技だね。
正直、俺みたいな剣士にはあんまり意味がない。
ともあれ、さっさと王都から逃げてしまえっていう命令を無視して、アッシマたちは冒険者ギルドを探っていた。
どうにもきな臭いものを感じていたから。
そしてユーリたちが貴族の使いっぽい人と接触し、なにやら指示を受けている様子だったため、尾行することにしたのである。
その結果、なんと俺たちの馬車を追い越して先回りすることになってしまった。
「すぐに加勢しようと思っていたのですが」
アッシマの苦笑である。
戦闘が始まったら俺もルイスも強い強い。
加勢どころが、変に手を出してしまったらかえって邪魔になりそうだった。
「ゆーて、スペルキャスターのせいで負けるかもしれなかったけどな」
あいつらが邪魔で仕方なかったもの。
アッシマが現れなかったら、勝算はそんなに高くなかったと思うよ。
「お役に立てたなら光栄です」
本当に良いところで現れてくれたよ。
まさに痒いところに手が届くっていう活躍だった。
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