第37話 急いで帰るぞ
急いでサクラメントに戻ることにした。
もとより朝食を食べたら出発するつもりだっのだが、より急ぐ必要がでてきたのである。
「バカというのは、なにをするか行動が読めません。ですので、一刻も早く領内に入ってしまうのが肝要だと思いますわ」
というアリエッタの言葉に、俺も大賛成だった。
政治に関しては妻に及ばないものの、軍事には多少の知識がある。バカを相手にするのは、頭の良い敵を相手にするよりしんどいんだよ。
なんといっても行動に整合性がないから。
普通はね、こうすればこうなる、ああやればああなるって予測を立てて兵を動かすのよ。
てきとーにやってるわけじゃない。
何にも考えないで動かしちゃうと、糧食が足りなくなるとか兵士が疲労で動けなくなるとか、いろいろ問題が出てくるんだ。
そしてそれはもちろん、損害が大きくなりすぎるとか、戦線を維持できなくなるとか、もっと大きな問題に繋がっていく。
だから指揮官ってのは、お互いに敵の手を読み合うんだ。
で、補給差とか戦力差とかをちょっと横に置いて考えれば、読み負けた方が負ける。
軍師、なんて呼ばれる連中が怖ろしいのは、何十通り何百通りの読みが頭の中にあって、相手がどう動いても対応できるように策を立てているからなんだ。
あるいは、予想の範囲内でのみ敵に行動を選択させたりね。
「ところがバカってのは、予想の斜め下をいくからなー」
「フォレスト村防衛戦を思い出すよな。ビリー」
苦笑のルイスに頷く。
七、八年くらい前だったかな。フォレストって名前の村を盗賊団から守るって仕事があったんだ。
俺もルイスも、クロウやジョンも参加していた。
数としては盗賊団の方が少ないくらいで、戦わないで退くかなーとか思ってたんだけどね。
実際は攻めてきた。
謎の奇策を使って。
夜陰に紛れて奇襲するとか、工作員を送り込んで内部崩壊させるとか、そういう奇策なら俺もクロウも予想していたし備えてもいた。
ところが、盗賊団がやったのは正面決戦を挑むことだったのである。
数で劣るのに。
ここだけでも驚きなのに、なぜかやつらは俺たちとぶつかる寸前、大きく右に曲がって側面を突こうとしたんだ。
わざわざ隊列の横っ腹を晒してだよ?
そりゃあ上手くいったら、側面を突ける最高のポジションを占められるけどさ、上手くいくわけないじゃん。
一瞬だけ驚いた俺たちだったけど、わざわざ弱点を晒してくれた盗賊団を散々に打ち負かしたわけだ。
こっちはほぼ損害ゼロで、タコ殴り状態だったよ。
百人くらいいた盗賊団は、三人くらいしか生きのこらなかった。
で、生き残りから聞いた話だと、意表を突いた行動で唖然とさせて、その隙にサイドに回り込んでボコるつもりだったんだそうだ。
本当に唖然としたよね。
その体勢を作るまで、俺たちはどのくらいの時間、唖然としてれば良いんだよって話さ。
驚いたとしても一瞬だって。それが過ぎたら攻撃するでしょ、普通に。
「あのときの、「え? なんで攻撃してくんの?」っていう盗賊どもの顔は、反応に困ったよな」
「ああ」
ルイスの述懐に深く頷いた。
これほどかように、バカというのはわけのわからんことをするのである。
命がかかっている局面なのに、一か八か、伸るか反るかの大ばくちを打つんだもの。
謎の勇者ユーリくんだって、なにしてくるか判ったもんじゃないよ。
帰りは二頭立ての馬車を使う。
これで行程は半分になるんだ。一頭立てだと基本的に徒歩と同じスピードだからね。
で、馬の方は宿の主人が用立ててくれた。なかなか力強そうな牡馬が二頭で、なんとなく軍馬上がりっぽい気風を感じる。
かわりに俺たちの馬を進呈したわけだけど、あきらかに向こうが損をしている取引だ。
バカを引き受けてもらった迷惑料って意味らしいけどね。
「ていうか、これを出すってことは道中の襲撃なんても想定してるだろうな。あの主人」
「なかなかの御仁でしたわね。一国一城の主でなければ、サクラメントにスカウトしたいくらいでしたわ」
とは、アリエッタのセリフだ。
用心棒たちの動きもしっかり訓練されていたし、冒険者ギルドの後ろにいるという侯爵より、俺たちに味方すると一瞬で判断した胆力もある。
街角の宿屋の主人にしておくには惜しい人材だろう。
とはいえ、さすがに廃業してサクラメントにこい、とは言えないからな。
「縁が繋がった、というラインで満足すべきさ」
「ですわねぇ」
残念そうなアヒル姫だ。
人材収集欲に関しては俺よりもはるかに強い。
たぶん父親譲りなんだろうね。
「出発してくれ」
御者台に声をかけると、了解の声とともにゆっくりと馬車が動き出す。
そこからどんどん加速して、車窓を景色が流れるようになっていった。
この速度になると、徒歩で追いつくのは難しい。
街道を歩く人々をはねとばさないよう、御者が素晴らしい腕前を披露する。
俺的には、この人もスカウトしたいところだね。
「ルイスの十倍上手いよな」
「つーかちゃんと御者を雇えよ。俺らはあくまでもできるってだけで、専門でもなんでもねえんだからよ」
行きの御者だったルイスが、ふんと鼻息を荒くした。
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