第36話 おぼえてろよ! 卑怯者!
「そうか。貴重な意見をありがとうな、ユーリ」
俺はひらひらと手を振った。
話は終わりだ、とね。
「ふざけてるのか!」
そしてユーリが激昂する。
沸点低そうだったしね、やっぱりこの程度の煽りで充分だったか。
「ふざけてない。問答無用で追い払ってもいいところを話を聞いてやったんだ。もう充分だろう。お引き願おうか」
「馬鹿にしやがって!」
音程の狂った叫びともに腰間の剣を抜く。
その瞬間、食堂の雰囲気ががらりと変わった。
ざわざわとざわつきながら遠巻きに見ていた人々が、一斉にユーリに敵意を向けたのである。
あっという間に用心棒に囲まれるユーリ。
貴族が利用するランクの宿の食堂で剣を抜くってのはそういうこと。
刃傷沙汰なんか起きちゃったら看板に傷がついちゃうからね。
まして平民が貴族に対して抜刀だよ。
やばいなんてレベルじゃない。
「主人、ここは俺に預けてもらっていいか?」
「恐縮です」
飛んできた宿の主人に声をかければ深く頭を下げられる。
これはサクラメント男爵家の問題で、宿はまったく関係ないという明言だからね。
「ユーリ、表に出ろ。宿に迷惑がかかる」
そういって、すたすたと通りに出た。
ルイスと、アリエッタを抱いたクインも続く。
さらにその後ろから、用心棒の腕を払ったユーリと取り巻きたちがついてきた。
あと、野次馬たちもね!
見世物じゃねーんだからよー。
「先に抜いたのはお前だぞ、ユーリ。貴族に剣を向けることの意味、理解しているな?」
一応、確認ね。
いまならごめんなさいって謝ったら、許してやれないこともないから。
「貴族貴族! お前らそんなに偉いのかよ!!」
完全に頭に血が上ってるなぁ。
えらいとかえらくないの話ではなく、身分が違うって話なんだけどね。
これを変えたいなら身分制度そのものを破壊しないといけない。
可能かどうかはともかくね。
街角で叫んでたってなんにも変わらないし、俺に食ってかかったって意味もない。
「主人。証人になってくれるか?」
「お心のままに」
ちらっと宿の主人に視線を投げる。
本当はここまでしなくても、ずばっと無礼打ちしちゃってもいいんだけどねー。
「では改めて言うぞ。貴族に対する口の利き方を勉強して出直せ。あと、証拠もなく犯人扱いす」
「ぶっ殺してやる!」
話の途中で飛びかかってきた。
気が短すぎだよ。
俺は腰の剣に手をかけ、抜く!
キン、と、甲高い音。
俺とユーリはすれ違い、十歩ほどの距離を置いてふたたび対峙する。
音は、俺の一撃をユーリが弾いた音だ。
「たいしたもんだ。よく受けたな」
「…………」
褒め称えてやったのに、ユーリは信じられないものを見るような目で俺を見ている。
もしかして弱いと思われていたとか?
傷つくなあ。
「でもまあ、いまので実力差は判っただろう? 降参しないか?」
できるだけ優しげに声をかけてやる。
ユーリの腕は悪くない。木剣で打ち合ったなら、三回に一回くらいは俺に勝てるだろう。
けど実戦ってのは一回しかないからね。
負けたら死ぬ。
そしていまはその実戦である。
ユーリの太刀筋は見えた。
つぎは一撃で首をはねる。
腰だめに剣を構え、ぐぐっと足に力を込めていく。
瞬発力を最大まで高めるためにね。
「ぅ……うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
そのときである。
いきなりユーリは俺に背を向けて逃げ出した。
えー? なにそれー?
飛び出そうとしてた俺は、出鼻をくじかれて二の足を踏んでしまった。
衆人環視の決闘で、まさか背中を斬りつけるわけにはいかないからね。
分析すればそういう理由なんだけど、意外すぎるユーリの行動に面食らってしまったってのが本当のところだ。
決闘の最中に悲鳴を上げて逃げ出すとか、諸兄だって理解の外側だろ?
しかも向こうから絡んできたんだぜ。
「ひどいことをして!」
「この卑怯者!」
捨て台詞を残して、魔法使いっぽい娘とプリーストっぽい娘がユーリの後を追いかけていく。
「卑怯者て……新しい辞書がいるな……」
「いきなり男爵様に喧嘩を売って勝てないと判ると逃げ出しただけじゃん……」
ルイスとクインが疲れたような表情で首を振った。
俺もかなりの線で同意見だよ。
何がしたかったんだ? あいつら。
それとも、これも冒険者ギルドの策動なのか?
ちょっとわけが判らなすぎる。
俺はクインに歩み寄り、彼女が抱いているアリエッタの頭を撫でる。
周囲からはペットを可愛がってるだけにしか見えないだろう。
「どうおもう?」
そしてこの問いかけも、クインに対してのものに見えるはず。
「冒険者ギルドが私たちと同じ次元で戦略を練っていると思っていました。だから私にも意味が判らなかったんです」
クインが答える。
もちろん彼女に耳打ちしているのはアリエッタである。
「でも、ユーリとやらの行動で確信が持てました。彼らは、ただのバカです」
「おおう。たしかにな」
すとんと胸に落ちたわ。
整合性をもって考えるから判らなくなる。おこってる事態だけを繋いでいけば、結論は一個しかない。
やつらはバカだ、とね。
「どうりで、いくら話してもわかり合えないわけだよ」
「バカにも判るように説明を工夫しても無駄。そもそもバカは話をきいていない、などという名言を残した御仁もおりますから」
クインの腕の中、アリエッタが器用に肩をすくめてみせる。
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