第35話 勇者様登場
「仕方がない。アッシマたちの出発はこの件が落ち着いてからということにしてくれ」
ふうと俺はため息を吐く。
この状況でウインドエッジをサクラメントに向かわせてしまったら、都合の悪い人間を王都から逃がしたって言われてしまうからね。
「いえ、むしろ早めに出発させた方が吉だと思いますわ。旦那様」
アリエッタが反対意見を述べる。
「そのこころは?」
「動揺していないぞ、というアピールになります。もちろん敵に対して」
どのみちウインドエッジが王都にいてもできることは何一つない。
まさか本当に冒険者ギルドの幹部連中を暗殺するというわけにもいかないし、情報を探ったところで噂話以上のものは集められないだろう。
王都はむしろ冒険者ギルドにとってホームグラウンドだ。情報操作くらいはお手のものだろうから、下手に動いたら都合の良い偽情報をつかまされる可能性もある。
「だったら徹頭徹尾、当初の予定通りに動くのがいいと思いますわ」
「動揺しない。あるいは工作に気づいてないと思った冒険者ギルドは焦って次の手を仕掛けてくるか」
「もし仕掛けてきたら、その手を引っ掴んでやればいいです。なにもしてこなかったら、それはそれでなんの問題もありませんわ」
「たしかにな」
うむと頷く。
相手の行動に付和雷同する必要はない。
冒険者ギルドのフィッシャーを俺たちは殺していない。それを証明する方法がない以上、なにを言っても水掛け論になるだけ。
であれば、なにも言わないのが一番だ。
本来であれば俺はあいつを無礼打ちにすることができたわけで、暗殺なんて方法をとる必要はない。
なんか言われたらこれで押し通そう。
「さすがだな。アリエッタ」
「相手の盤面で勝負する必要はありませんから」
小細工をしてくる相手には、真正面から正攻法で対応した方が効果的らしい。
結局、小細工をするってのは正面から戦えないって自分で宣言しているみたいなもんなんだってさ。
「さあ、夜も遅いですわ。やすみましょう。アッシマたちも寝不足にならないようにね」
「は! 奥方様の仰せのままに!」
低頭する元頭目だけど、なんだろうね。俺に対して以上に畏れ敬ってる感じですよ。
相手はアヒルなのに。
ちょっとシュールすぎる。
そして夜が明けた。
アッシマたちは早朝のうちに出発したらしい。
俺たちも、朝食をとったら出発しようと準備をしていていたところに、冒険者ギルドから使いがやってきた。
見た目も爽やかな金髪の青年だね。
いかにも剣士って感じ。
後ろにはいかにも魔法使いって感じの美女と、いかにもプリーストって感じの美女が控えている。
ち、朝から不快なものを見てしまったぜ。
美女を二人も従えた美青年だよ。
誰かブタ箱にでもぶち込んでくれないかな。
「サクラメント男爵には、フィッシャー副ギルド長殺害の容疑がかかっています。我々に同行していただけますか?」
「え?」
爽やかボイスに、間抜け声で答えちゃった。
こいつなにいってんの?
「慮外者め。この方をウィリアム・サクラメント男爵と知っての狼藉か」
声を荒げてルイスが立ちはだかった。
ここは怒っていい場面だからね。
仮に、百歩譲って、俺がフィッシャーを殺したとして、何の罪になるって話なんだよね。
相手は平民、こっちは貴族。
殺したって罪にならない。まして無礼打ちだったら、王国政府からは賞賛されるくらいだよ。
「もちろん知っている。最初にそう言っただろう?」
すごくかっこいいポーズで唇をゆがめる美形くんだ。
ちょっとルイスも鼻白んじゃったよ。
理解の外側すぎてね。
「お前……貴族だって知っていて、平民ごときを殺した容疑者に仕立てあげてるのか? 頭大丈夫か?」
心の底から心配そうに訊ねてる。
貴族ってのは基本的に雲の上の存在で、本来なら平民が簡単に口をきいていいような相手じゃないの。
もちろん、領民にはフランクに接している貴族もいるよ。俺だってそうだし。でもそれは自分の領地の民たちだから。
一緒に領地を盛り立てていこうっていう仲間だからだ。
だけど、それでも身分の差ってのは厳然と存在している。
殺人犯扱いなんて、ちょっと想像の斜め下すぎてびっくりですよ。
「貴族だろうと平民だろうと人間であることには変わりはない! 人を殺せば罪に問われる! 当たり前のことだ!」
「ア、ハイ」
朗々たる冒険者の宣言に、ルイスが助けを求めるように俺を見た。
どうしよう。
朝からこんなバカの相手をしないといけないのか。
「ええと、名前を聞いていいかね?」
「ユーリ。S級冒険者だ」
ふむむ? 冒険者ってのには等級があるのかしら。
Sってのは、たぶん上の方なんだろうな。
偉そうに名乗ってるくらいだし。
「ではユーリ。ひとつ訊ねるが、平民が貴族を裁く王国法は存在しないということを知っているかね?」
「法じゃない。正義を畏れないのか」
えー?
法じゃないとしたら、なにをもって正義だというんだろう。
ちなみにアータルニアは王国なので、王様の意思はすべての法の上に佇立してるけどね。
その例でいえば、貴族領では貴族の意思がすべての法の上に立っている。
「ずいぶんと変わった考えの持ち主だな。きみは」
「むしろお前たちの考えが古すぎるんだ」
鼻息を荒くしている。
いまさらどうでもいいんだけど、貴族をお前呼ばわりだよ。
横を見れば、ルイスのこめかみに青筋が立ってる。
これはかなり怒ってますね。
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