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ナンヤロナ……〜第三話〜「腹痛」

 大阪で会社員として働いている麗奈は、およそ一週間前から腹痛に悩まされている。それも、さほど気にならない時もあるが、ふと痛烈な痛みが走る事もあった。

「何やろな〜この痛み……厄介やわ〜」

 会社帰りの電車内は小さな空間であるため、無意識に出た大きな独り言は他者に聞こえる。前に座る五、六人の男女が一斉に麗奈の方に眼を向ける。『変な女』だという固定概念から放たれる異様な空気に羽交い締めされた。


 ある日、会社の休憩時間に同期のあゆみに相談した所、

「病院行きなさいよ〜」

 と、気怠く指示された。

「胃痛の時もあれば下腹が痛む時もあるんやって〜胃カメラ飲む事になったらどうする?私、死ぬで?」

 眼球を剥き出しにして強く言う。

「あんたな〜激痛たまにするだけやろ!?胃カメラなんて絶対ないて〜」

 あゆみは、麗奈をゆるく睨みつけた。

「何やろな〜一体〜」

「そんなん言うとる間に、さっさと病院行けや!!」

 だらんとした姿勢を正し、叱りつける。

「分かった!分かりました!病院行きますよ〜」

 麗奈は、気の強いあゆみに観念した。


「病院行く言うてもたがな〜」

 電車を降りて帰路の途中、また大きな独り言を放つ

「ただいま~」

「おかえり〜……どないしたん?顔色悪いで?」

 麗奈の母、君代が心配する。

「明日、病院行って来るわ~」

「どないしてん……」

「ちょっとな、腹痛いからな~診てもらおうかなっておもて……」

「あんまり無理せんとな……ストレスちゃうの?」

 麗奈の行く方に、そろそろと付いてくる君代。

「ストレスちゃうと思う。それは断言出来る」

 自信満々に応えた。

「ただ、痛みが気になるだけや。心配せんでええよ〜」

 我が身を案ずる母に、ニコリと微笑む。


 家族行きつけの内科に足を運ぶ。それもだいぶ久しぶりに予約したので、少し緊張した。

 

 受付をしようとすると後ろから、

「麗奈ちゃん?」

と声をかけて来る女性に対して、驚きながら振り向いた。

「米谷さん!?びっくりした〜お久しぶりです~」

「麗奈ちゃん、綺麗になって〜女優さんみたいやな!」

 つまらないお世辞だと思う麗奈は、渡された問診表を書き米谷に渡した。

「腹痛ねぇ〜麗奈ちゃんいくつだっけ?」

「29になりました〜もう三十路ですよ……」

 最近、自分の年齢を人に告げる事に対して恥じらいを感じるのであった。

「胃カメラ飲んだ方が良いかも!健康でいるためにはね〜」

「ひぃぃぃ!!」

 麗奈は、両手で両耳辺りを塞ぐと、つんざく様な悲鳴を上げた。

「麗奈ちゃん!!?どうしたの!!?」

 米谷は驚愕して、麗奈の肩を揺らす。

「あああ、あの、胃カメラは……むむむ、無理です!!」

 麗奈の顔色が段々と青白くなっていく。病院に来てしまった事で後には引けないという崖っぷちに追い込まれてしまい、『発作』を引き起こす。

「ドスン」

 麗奈はその場で倒れた。米谷や他の看護師が一生懸命に名前を読んでも返事はない。



「ここ……どこ……」

「病院ですよ」

 麗奈は、声の主に目を遣る。

「え……先生……ですか?」

「そうですよ。胃カメラ飲まなくて良いですよ」

 優しい眼差しの小林医師に対して、心の底から溢れ出てくる涙を止める事が出来なかった。

「ご……ごめんなさい……」

「辛い事があったら相談に乗りますよ。臨床心理士でもありますから……」

「ありがとうございます……」

 

 夕方診察が終わった後、小林医師は麗奈の所へ顔を出した。

「落ち着きましたか?」

「はい……だいぶ良くなりました……」

「お家に帰れそうですか?私が送りますよ」

「よろしくお願いします」

 微笑む小林医師に、麗奈は深々と頭を下げる。

 胃腸薬を貰って、自宅に着いた。


「ただいま~」

「麗奈!!どないしたん!?携帯、連絡つかんかったし……どうしたんやろなって思ってた……」

「ごめん……いつもの発作が起きて、病院で休ましてもろてん……」

 君代は、泣きそうな顔で麗奈を見つめる。

「もう、大丈夫やて〜」

「そうか……お風呂入ってゆっくりするんやで〜おかゆでも作ろうか?」

 満面の笑みで対応する母に対し、また涙が溢れそうになるのであった。



「そうか〜結婚を前提に付き合うっちゅう事なんや~おめでとう!」

 麗奈とあゆみは、あべのハルカスが綺麗に見える最上階の社員食堂で昼食を取っていた。

「ありがとう〜こんな私に釣り合う相手ではないけど、初めてやな〜誰かをこんなに好きになったの……30手前にして遅咲きやんな~ウフフ」

「病院行って正解やったな~腹痛も胃腸薬で治ったしな~」

 先に食べ終えたあゆみは、頬杖を付き、遠くに目をやりながら言った。

 そこに、先輩である藤井と高橋がやってきた。

「はや飯食うてもたんか〜」

「男性みたいにガッツリ食べませんもん」

 あゆみは、気怠そうに言う。

「石川、まだ食ってるやんけ~お前が早いだけやろ〜アハハ」

 高橋が笑いながら応えた。

「あれ?石川、どうしたん?その指輪!」

「お医者様と結婚前提に付き合ってるんや〜」

 麗奈の代わりにあゆみが高橋に説明する。

 その会話を聞いた途端藤井は、真向かいに座る麗奈の手を引っ張った。

「え!!?ちょっと、藤井さん!痛いって」

 抵抗虚しく屋上まで連れていかれた。 



 ガツン!ガツン!ガツン!

 藤井は、拳を何度も塀に打ち付ける。

「なななな、何してはるんですか!!?藤井さん!!やめて下さい」

 藤井は血まみれになった拳を麗奈に見せつけた。

「俺は許さん!!お前が医者と付き合うなんて!!」

 そういいながら、舌舐めずりをした。

「キャー」

 麗奈は悲鳴を上げ、その場を立ち去る。


「藤井さん……麗奈につとまると務まると思う?医者の妻……嘔吐恐怖症からくるパニック障害のあの子に」

 あゆみは、麗奈が逃げた方向を睨みつけそう言い放った。



終わり

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