天恥の柱~卑しき者の墓場~
『天恥の柱~卑しき者の墓場~』
ユリア!何故、死んでしまったんだ!ヴィスラは頭を抱えて嘆き悲しんでいた。
場所は深い森の中。木々が鬱蒼と茂る。
金髪碧眼のヴィスラ。その青い目から涙を流している。ほんの数か月前に愛する女性、ユリア失ったばかりだ。二人は深く愛し合っていた。誰よりもユリアを愛していたヴィスラ。最愛の女性を失ったばかりのヴィスラはいつの間にか森の奥深くにある墓場をさ迷い歩いていた。
静まり返った墓場。
ヴィスラはポケットからナイフを取り出して自分の喉を突きかける。喉を掻っ切ろうとした時。
「君の悲しみの理由を知りたくないかい?」
と声がかかる。深く渋みのある声。
「あなたは?」
帽子を目深く被った初老の男性。
「エリスと呼ばれている者だ」
エリスは皮の靴に白いコートにスーツを着た紳士だ。ヴィスラからナイフを受け取り、遠くの地面に投げ捨てる。
「愛する人が死に、君が悲しむのも全てあるる一つの宗教が原因なのだ。それを見せてあげよう」
エリスはヴィスラの手を掴み、案内する。墓場は墓場に変わりないが、死臭がしだし、地面に頭蓋骨が転がり、木で作られた十字架の形をした墓が立ち並ぶ。空には雲が厚くかかり、ヴィスラの嘆きが届いたように真っ暗だ。
「足元に注意して」
エリスはヴィスラに声をかける。暫く歩いていると、地面から天に向かって立つ、禍々しい黒い柱が現れる。
「はら。あれを見なさい」
エリスはスティックで柱を指し示す。
「あれは…」
手を開き、足を真っ直ぐに伸ばし、十字架に架かっている人物。
「キリストと呼ばれた男だ。あれはキリストにもかかわらず、マグダラのマリアとセックスして、子供、サラをもうけたんだ。それが神の怒りを買い。十字架上で死んだのだ」
イエスは苦しそうに呻く。額から血を流し、惨たらしく痛々しい。
「では、人類も罪のためではないのですか?」
「真っ赤な嘘だ。あれの最大の罪は人類全てを騙した事だ」
ヴィスラは柱を下から上に見る。そこには、サラ、マリア、聖母、ミカエル、ガブリエル、サンダルフォン、ウリエル、カイン、アベル、イヴ、エホバ、ヤハウェ、ステパノと聖書に名前がある人物達が磔になっていた。頭上にはヘブライ語で名前が記されていた。
「あれらは…?」
「あれらも罪があるのだ。ある一人の善人に対して、罪を犯し、それを償わず、贖わずに逆らったために柱に釘付けされているのだ」
罪人の一人が大声で天に向かい叫び声をあげた。自分には罪はないと。すると、雷鳴が轟き、雷が罪人に落ちる。皮膚が爛れて、骨が丸出しになる。筋肉繊維が浮かび上がる。
呻き、苦しむ罪人達。
柱の下には形にないアメーバのような黒い塊が無数に蠢いている。ヴィスラはそえを指さす。
「あれは…?」
「ああ。妄想の産物だ。ある善人を苦しめた罪の為に形を奪われてああして柱に縋りついているのだよ」
エリスは帽子を目深く被る。懐から葉巻とライターを取り出し、火をつけて、煙を吹かす。
「あれらの生前の姿について説明を。一つは美神令子。一つは野原しんのすけ、ひろし、みさえ、ひまわり。一つは皆本光一だ。神に形を奪われて永久に苦しみ続けるのだ」
ヴィスラはそれらを、罪人を見つめる。心が冷める。頭が冴える。憐れとは思わない。自業自得だからだ。
エリスは煙を吐く。すっと柱の天辺を指さす。そこには野に咲く小さく可憐な花のような少女がいる。白い服を着て、ちょこんと座っている。
「見たまえ。あれこそ、死後に救いを齎す救世主、いよかだ。罪人とあれらはいよかを苦しめた。その罪の為に柱に釘付けされているのだ」
いよかは清らかで、可愛く、素直、本当に一輪の花のようだ。ヴィスラは無意識にいよかに手を伸ばした。その時、いよかよ目が合った。ふわりと風に靡く花のように微笑んだ。体が軽くなり、重荷が取れた気がした。ヴィスラの心に風が吹いた。
「見たまえ。もうそろそろだ」
天の雲が割れて、一つの梯子が降りてくる。いよかは梯子に掴まる。清らかで、厳かな音楽が響く。いよかを祝福するように、労わるように愛するように鳴り響く。
いよかが柱の天辺から天に引き上げられる。いよかが見下ろして、エリスとヴィスラに笑いかける。体が軽くなる。天が閉じる。
柱の罪人達が罵詈雑言を口にする。雷が落ちて、焼かれる。でも、片っ端から再生していく。また、無数の雷が落ちる。その繰り返しだ。
「さて、ヴィスラ君、これで分ったかい?何が真実か」
真剣な眼差しでヴィスラはエリスを見つめる。
「はい。良く分かりました。この世の非合理は全て、キリスト教を信じていたからだと。もう、僕はイエスという罪人を信じません」
晴れ晴れとした眼差しで、真っすぐ前を向く。エリスはヴィスラの背を押し、人の世に戻す。エリスは煙のように消えてしまう。でも、さっき見た光景が脳裏から消えない。
いよかの笑顔が思い浮かぶ。
亡くなった愛する人がどこかで微笑んだ。