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第8話〜説明〜

 「……トレース・トレスクリスタル?」

 変な名前だ。私は真っ先にそう思った。

 「なぜそこで疑問形になるのか訊きたいね?」

 彼のような彼女のような……ああ、もう!

 「あの、つかぬことを訊きますが……性別は?」

 できるだけはっきりと訊く。恥ずかしさが残らないようにするには、こう訊くのが一番だ。

 「ボクの性別かい?ボクは『女』だよ。生物学的にも、精神的にも完全に女性だ」

 その恥ずかしさを理解してか、あっさりと答えてくれた。

 ……女の人だったんだ。

 手の拳銃を離し、コートから手を出す。

 「さて、その『おまじない』には一体どんな意味が込められていたのか……ボクに教えてくれるかい?」

 彼女は意地の悪い笑みをたたえながら言った。

 「……別に。男から身を守るためのおまじないよ」

 私はそっけなく答える。女の人、と分かったからよかったものの、この人が男だったらどうしようと思っていつでも行動できるようにしていたのだ。

 それ以上の意味はない。

 「そうか。では、本題に入ろうか、クレア・ペンタグラム。ボクがキミを呼んだのは他でもない。キミに本当のことを知ってもらいたくてね」

 「本当のこと?」

 私はいぶかしげに訊く。トレースは私の質問に、まるでどこかの悪役のような笑顔をもって答えた。

 「そうさ。本当のこと。……つまり、キミが父と呼んでいる人物、ルウ・ペンタグラムについて、だ」

 「お父さんについて?」

 トレースの話しに、私は引き寄せられた。お父さんはまったく底の見えない、ある意味では不気味な人だ。お父さんは人間ではないということまでは分かっているのだが、『何か』までは分かっていないし、お父さんも分からせるつもりはないようだ。

 だから、知りたい。

 「キミのお父さんはね、実は……」

 と、そこで。



 「トレース、一体何を、僕の娘に吹き込むつもりなんだい?」

 


 重苦しい扉が開く音がして、お父さんが生徒会室に入ってきた。

 「おとう……さん?」

 私は呟くように言った。

 なぜ、お父さんがここに?家にいるんじゃなかったのか?学校にはいかない、ってお父さん言っていたのに……なぜ?

 お父さんが登場すると、トレースのさっきまでの傍若無人な雰囲気はどこにもなくて、弱々しい感じになってしまっている。

 「……なんでもないさ。ただキミの素晴らしさを今一度クレアに理解してもらおうと……」

 「トレース。君は(・・)一体誰(・・・)にものを(・・・・)言っているんだい(・・・・・・・・)?」

 言い訳のように取り繕いはじめたトレースに、お父さん(・・・・)がそう言った。

 常に笑顔を人にふりまき、文字通り聖人君子のような、お父さんが、そう言ったんだ。

 私はすぐには、信じられなかった。

 「ねえ、トレース。君は僕に嘘(・・・・・)を吐くのかい(・・・・・・)?」

 お父さんにしては本当に珍しい怒りの感情。それに、高圧的な言い草も珍しい。

 「う……す、すまない。ほんの出来心で、からかいたかっただけなんだ。嘘をついたわけでは決してない。信じてくれ」

 両手を祈るように組み、上目づかいに涙目で懇願する彼女を見ていると、本当に女の人なんだな、と思う。

 「……わかったよ。じゃあ、答えてもらうよ。クレアに何を言おうとしたの?」

 少し優しげな口調に戻って、お父さんが訊いた。

 「その、ボクとキミの関係を、あの、キミの娘さんにも知ってもらおうと……」

 しどろもどろになりながら、トレースは答えた。彼女には怯えの色さえ見えるが、なぜか幸せそうだった。

 「……そう。ならいいんだ。いいかい、トレース。その言葉、僕は信じてるからね。……この意味、分かるよね?」

 何かの念を押すように、お父さんが言った。

 トレースは少し嬉しそうな顔になって、

 「ああ、わかっているさ。キミに言ったことだけは、真実だ」

 「ならいいんだ。じゃあね」

 そう言って、お父さんはこの部屋を出ていった。

 ついに、私に話しかけることすらしなかったな。

 何か話されてはまずいことでもあるんだろうか?

 ……まあいいや。今は少しでも情報が欲しいところだ。この人の話を聞いて、損はないはずだ。

 「……さて、話を戻そうか」

 さっきまでのしおらしさはどこへやら、一転して尊大な態度になってトレースは言った。

 「まず、ボクのことから話そうか。ボク自身のことはいくらでも話していいってことになってるからな。ルウの信用を裏切ることにはならないだろう」

 尊大だが、それでもお父さんの言いつけを守ろうとする彼女に、私はますます疑念が増える。

 ここまでしてお父さんに従おうとするのはなぜ?

 私たち娘は、家族だから上下関係なんかない。お父さんも命令しようとしたりしない。でも、この人は違った。お父さんは確実に命令してた。直接じゃないけど、間接的に逆らえないような雰囲気を作り出していた。

 ……あんな風に命令されたら、逆らえそうにないなあ……

 私は男が怖いし、男に逆らえない。逆らおうとしても最後の最後で竦み上がってしまうのだ。

 警戒をとくのは、もう少しあとね。

 私はお父さんに対しては警戒しなくてもいいんじゃないかと最近思い始めていた。でも、あんなことができる人間に気を許すわけにはいかない。

 「ボクは、この世界のものではない」

 ……まあ、それぐらいは予想してたけど。改めて聞かされるとやっぱり驚くものね。

 そうやって冷静にトレースの話を聞いていたのだが、次の言葉で私は平常心を失った。







 「ボクは人間じゃない。万能無限の秘宝、トレスクリスタルの人形だよ」

 






 は?なに、それ。

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