最終話~告白~
世界が、止まった気がした。
「……え?」
もうい一度言ってよ。だれが、誰のことを好きだって?……いや、きっとそうじゃない。馬鹿な僕は勘違いしているだけなんだ。そうだ、そうに違いない……
「あの、それは」
「私は、異性として、あなたが好きです」
もう一度、今度はどう勘違いもしようもない言い方で、サラは言った。どう聞きなおしてもきっとサラは言いなおさない。それどころかもっと語気を強めて、主張してくるだろう。
なんで?なんで僕?なんで僕なんかを?好き?好き?
嘘だ。
とっさにそう言いそうになった。
でも、よく考えろルウ・ペンタグラム。
もし、今日サラがこの言葉を言うためにここにきたとして、それを僕が否定してしまったら。
彼女の気持ちを踏みにじることになるんじゃないか?
振るなら、振る。受け入れるなら、受け入れる。中途半端な気持ちで、とっさに思いついた言葉で、サラの気持ちに応えてはいけない。答えることは許されない。
「……それは、もう僕とは仲間でなくて恋人としていたい、ということ、だよね?」
できるだけ冷静に、でもいつもの微笑みはできずに、僕は訊いた。
「うん。……もう、仲間じゃなく、友達じゃなく、恋人として。そしてゆくゆくは、あなたの名前がほしい。本当のクレアのお母さんに、あなたの本当の意味でのパートナーになりたい」
そんな冷静を保つのが精いっぱいの僕とは対照的に、サラは訊けば訊くほど冷静に、どんどん僕への想いを強めていく。なぜ?
言いだすまではあんなに動揺していたのに、なんで一言想いを伝えただけでこんなにも冷静になれるんだ?
「……僕は、僕は……」
言ってしまおうか。言うべきなのだろうか。言わなければならないことなのだろうか。僕の正体を。僕が何者かを、サラが何に恋をしたのかを、教えるべきなのだろうか。
……なにを、バカなことを。
サラは身を削る思いで僕に気持を、本当に深い気持ちを話して、打ち明けて、告白してくれた。僕はそれに真剣に考え、報いねばならない。
……なら、話さないわけにはいかないだろう。それを話したら、もしかしたら僕を嫌うのかもしれない。嫌うとまではいかないまでも、恋人の話はなしになる可能性は十分以上にある。
……さあ、話そうか。長めに詳しく話そうか、短く要点だけ話すか。
…………早く答えてあげるべきだ。僕は短めに話すことにした。
「……サラ、今から言うことをよく聞いて」
「うん」
なんの疑問も持たずにうなずくサラ。ああ、なんでこうも無抵抗なんだ。まるでトレースみたいじゃないか。僕になら何をされてもいい。……そんな、自己犠牲の愛や恋心、僕はいらないぞ。必要ない。もう間に合ってる。頼むから、そんな君じゃないようなこと、しないでくれ。
「……まず、言わなきゃいけないことがある。……僕は、……僕は……」
さすがに、言い淀む。……トレースにしかしたことのない話を、人間にするのは初めてだ。……正直言って、怖い。
……でも、サラはもっと怖かったに違いないんだ。僕だけが臆病風に吹かれるわけにはいかないんだ!
「サラ、悪いけど僕は、……人間じゃ、ないんだ……」
ああ、言ってしまった。ついに口に、言葉にしてしまった……
予想通り、サラは目を丸くして驚いている。口に手を当て、信じられないとでも言いたげに。
「え、え?ルウ、人間じゃ、ないって……どうゆうこと?」
「簡単さ。僕は人間じゃない。……化け物さ」
正確に何かはわからないけど、人間でないのは確かだ。
「湖でおそわれた時のこと、覚えてる?」
僕は3年前のことを引き合いに出して説明することにした。
「……うん。たしか、世界そのものが罠になってた、あの世界だよね?」
「うん。……その時さ、僕腕切り落としたけど、すぐに治ったよね?」
「……うん」
「あれは、僕が人間じゃないっていう、確かな証拠……」
あの時サラに魔法をかけてもらったが、あの魔法はただ回復速度を速めるというだけで、すぐに腕が生えてくるというものではなかった。……それなのに僕の腕はあっさりと生えてきた。
「僕は、人間じゃ、ないんだ。……君に恋をしてもらって、想いに答えていいのかどうか、わからないんだ」
「……ねえ、ルウは私のこと、どう思ってるの?」
急に、サラは訊いてきた。なぜ、今になってそんなことを?
「僕は人間じゃない、だから、君の想いには……」
「ルウは、ルウよね?今まで黙ってたのはなんか腹立つけど、でも、ルウよね?私はルウは私のことどう思ってる、って訊いたの。『人間』に訊いたんじゃないわ」
僕は言いわけしようとした口を閉ざした。……僕は、サラのことを、どう思ってるか?
「……どう、何だろう……?僕は、君のことが好き、なのかな……?」
好き、って気持ちがどんなのかはわからない。
サラの前では優しくあろうとしたのは、仲間だったから?
サラの前では明るく微笑んでいようと思ったのは、友達だったから?
サラの前では人間であろうとしたのは、家族だったから?
サラの前では胸があったかくなるのは、……それは……
僕が、サラのことが、好きだから?
「……僕は、君のことが……」
好き?嫌い?どちらかで訊かれれば間違いなく好きと言える。
でも、恋人として?と訊かれればわからない。
わからない?僕はほとんどの感情を自覚できるのに?なぜ、サラに対する気持ちだけ、こんなにもあいまいで、こんなにも大切で、こんなにも口にしにくいのだろう。
もしかして、いや、もしかしなくても、僕は、目の前の少女、サラに……サラが、東空沙羅だった時から……僕は。
「……僕は、君のことが、好きだ。……異性として」
サラのことが、好き、なのかもしれない。
かも?違う、好きなんだ。
だって、あんなにももやもやした、つかみどころのない感情だったのに、言葉にしたとたん、『恋』っていう名前を与えられたとたん、感情が爆発するようにあふれたんだ、かも、じゃなくて、好き、なんだ。
好き、好き。僕は、サラのことが好き。好き。好き。
化け物の僕は、人間のサラに恋をした。
いや、恋をしてる。
「僕は君のことが好きだ」
もう一度、言う。
サラは目に涙をためて喜んでいる。
好きと言われて、好きと言って。
僕らは、相思相愛、というやつなのだろうか。
……きっと、そうさ。
通じ合った、想い。確信した、想い。僕はずっと、君のことが好きだった。
「……サラ」
「……ルウ」
いつものように、名前を呼ぶ。でも、意味はさっきまでと全然違う。
サラが顔を近づけてきた。
なぜか、僕も顔を近づける。
……何をしようとしているのだろう。僕は、サラは。
その答えの出ない問いは、数秒後に答えが出た。
唇の、暖かい感触とともに。
「……やれやれ、だよ」
ルウとサラが口づけ合うその様子を、誰かが見ていた。
白い髪のルウの道具、トレースである。
彼女はルウの部屋から二人の顔が近付くまで二人の様子をずっと観察していたのだ。
「まったく、いったい何年かかるんだろうね、ここまで来るのに」
彼女はルウが好きだ。そしてその彼が自分ではない誰かと結ばれたというのに、不満げな表情はどこにもなかった。
どころか、幸せそうであった。
「やっとボクにも本当の幸せが……」
彼女はルウの道具である。だから、ルウの幸せこそがトレースの幸せであり、そのために日々奮闘するのであって、ルウの彼女になるというのはトレースの望むところではなかった。
なぜなら、ルウが本当に好きなのはサラ一人だと気付いていたから。
……そう、ルウが琴乃若に帰ってきた瞬間に、トレースは気付いた。ルウがサラに対する気持ちに。
しかし、ルウはそれに気付いていなかった。気づこうともしなかった。だから彼女は事あるごとにルウを誘惑するような言葉を吐き、サラに危機感を抱かせていたのである。
それが効いたのか、効いていないのかはともかくこうして二人は抱き合い、口づけあっている。
「うん、実に喜ばしいことだ」
ここから先を覗くのは主人に対して失礼、というものだろう。
「……さて、幸せも手に入ったことだし、そろそろ仕事にもどるか」
そうつぶやくとトレースは生徒会室に戻るためルウの部屋を出る。
その顔はとても穏やかで、まるでルウの心情を表しているかのようだった。
今回で『異世界を渡る旅人達~クレア編~』はおしまいです。タイトルと違って最終話はルウとサラの話しになりましたが、まあ、幸せならいいじゃないですか。
さて、次の話ですが、おそらく別の物語になると思います。
舞台、登場人物は変わりませんが、きっと旅人の物語にはならないのではないのでしょうか。……まあ、そんな不確定な予告は話半分で聞いておいて、重要なのは読者の皆様を楽しませることのできる物を僕が書けるかどうか、というところですから。
今までこんな稚拙な文章をご愛読、ありがとうございました!
これからも一層精進して、よりよい作品を書けるように頑張っていきます!
感想、ご意見お待ちしております!
もう一度、言わせていただきます、ありがとうございました!
またお会いしましょう!