第80話~終宴~
あれから、数時間。
即座に造り上げた考えなどそう持続するはずもなく、沙耶は首の枷が外れると涙をこぼして、よかった、よかったよう……と泣いていた。
爆弾はもう解除してしまって意味をなさないが、念のためということで宇宙にあげられた。誰も乗っていない無人の宇宙船は、今も広大な死の海を漂っているはずである。
私と沙耶は私の家に帰り、生還を心から喜んだ。お父さんや家族のみんなが歓迎してくれたので、沙耶はとても楽しそうだった。
でも、いったんほとぼりが冷めて冷静になったとき、沙耶はこう切り出してきた。
それは私の部屋で眠るときのことだった。布団に二人で入り、電気を消した時のこと。
「……ねえ、クレア。あなた、どうして爆弾のことがわかったの?」
この質問に、私は正直に答えることにした。もうどう隠してところでなにも意味はないし、下手隠して誤解されたら嫌だ。
どうせ嫌われるなら、ちゃんとした理由で嫌われたい。
「私ね、特殊な力があるんだ」
前置きなしで、私は言った。
「冗談じゃなんでもなく、私には力がある。全ての重火器、兵器を自由自在に扱える『ユージュアクション』って能力が、私にはある」
それから先は一呼吸おいて、一気に言った。
「そして、私は今までなんども、この力を使ったことがある」
ああ、これで沙耶との友達関係もおしまいだな、と私は覚悟した。
武器を使う出来事なんてひとつに限られている。殺人の時だ。人殺しと進んで付き合おうなんて人間、いるはずがない。
「……クレア、一つだけ、嘘なしで答えてね」
うなずく。
「あなたは、自分の都合で、自分の欲望を満たすためだけに、人を殺したことがある?」
自分の都合で、ならある。でも、自分の欲望で、はない。
「ない。人を殺してまでしたいことなんて、生きること以外にはなかった」
「……そう……」
悲しそうにした沙耶の顔が、暗闇でもよくわかる。
さあ、次にはなんて言われる?
もう二度と話しかけないで、かな?近づかないで、かな?
「……クレアには、私のしらない過去がある」
うなずく。
「それは、私が想像してるよりも、今日私が感じた恐怖よりももっと恐ろしい目に遭ったのかもしれない。……だから、クレアのしたことは間違っているのかも、しれない、けど、それは仕方のないことで、じゃなくて、確かに人を殺すのは悪いことだよ、でも……私が言いたいのは……私は、自分を守るためには人殺しも仕方ない、って思ってる悪い子なの」
……つまりそれは、私と……
「……沙耶は、まだ私と友達で、いてくれるの……?」
「当たり前だよ」
涙腺が緩んだ気がした。
私と同じと言ってくれる。私は罪を犯した。でも、沙耶もその罪を許容すると言ってくれた。
私は初めて家族以外の人に私の過去を語った。今までは嫌われるんじゃないか、怖がられるんじゃないか、って思ってずっと言えなかった。
……でも、沙耶に知ってもらえて、よかったと思う。
もう、私は沙耶に引け目を感じる必要はないんだ。
もう、そんな必要はないんだ。
「……お休み、沙耶」
「お休み、クレア」
目を閉じると、すぐに沙耶の寝息が聞こえた。きっと、疲れていたのだろう。
私も同じように疲れていたので、意識を失うように眠りに就いた。
僕はベランダでお酒を飲みながら景色を眺めていた。
ここのベランダはそんなに上等なものじゃないのでそんなに広くなく、二人入れるかどうかの広さだった。ここは外にあるので空間操作が効かないのだ。後ろには広大な自分の部屋があるのに、ベランダだけこうも狭いと自分がいかにズルをしてここに住んでいるか、ということをさまざまと実感させられる。
ちびりちびりとビールをあおりながら、ホタル族の灯りを眺める。ベランダにともるかすかな火の光は、名前の通りまるでホタルのようだった。それにしては人工的過ぎる光なのは文句を言ってもしかたない。
「……る、ルウ……」
「ん、なんだい?」
後ろから声をかけられて、僕は振り返る。
声の主は僕の友人にして仲間、赤髪のサラだった。
赤の瞳に、かすかに赤らんだ頬は、上気しているようにも見える。
……こんな時間に何だろう?
今の時刻は午前一時。そろそろリンク達が活動を始める時間帯で、サラはもちろん僕も普段なら眠っている時間帯だ。
僕は娘の友達救出祝いにこうして一人で飲んでいたのだが、サラはなぜここにいるのだろう?
「と、となり、いいかしら……?」
普段の威勢はどこへやら、サラはおどおどと頼りなさげに僕に訊いてきた。
「いいよ。……飲む?」
サラにも景色が見えるように端へ移動すると、そばに置いていたクーラーボックスから缶ビールを取り出し、サラに差し出す。
「いいわよ。……今、酒の力を借りるわけにはいかないの」
サラは不思議なことを言って断った。まあ、彼女は酒にはてんで弱いし、僕も無理には進めないけどさ。
彼女は僕の隣に来るとかなりそばまで、それも腕と腕が触れ合うぐらいまで近寄ってきた。
「……どうしたの?」
さびしいことでもあったのだろうか。だからひと肌が恋しくて、こんなことをしているのかな?
「……ルウってさ、どうしてそんなにいつも微笑んでるわけ?」
……へえ。
「微笑んでる?そうかな、僕はそんなつもりないのだけれど?」
僕ははぐらかすように言った。きっとサラは何か用事があって来たんだ。それも、僕らの未来につながるぐらい重要な話。もしかしたら、僕の正体がばれたのかもしれない。
「微笑んでる。いっつもルウは笑って、誰かを励ましてる。誰かのために笑ってる」
過大評価だよ。僕は自分のためにしか微笑んだことはないよ。
そう言いそうになって、ぎりぎりでとどめた。
「ねえ、私の前ではいっつも笑ってるよね、ルウって。……そう、クレアやほかの子たちの前では怒ったり、悲しんだりするんだけど、私がいるときはいっつも笑ってる。……私、ルウの怒った顔見たことないよ?」
「そんなことないよ。ミリアの時、僕は怒ってたじゃないか」
「違う。あれは本当に怒ったときの顔じゃない。……まだ、微笑みの表情を残してた」
「……君は僕に怒ってほしいのかな?」
まさか、サラは怒ってくれないことにいらだちを覚えてる……って、そんなわけないか。子供じゃないんだし。
「そんなわけないでしょ。私Mじゃないんだし。……でも、悲しい、というかさびしいのよ。……あんたが、私にだけは感情をあらわにしないって、なんか、他人みたいでさ……」
「……そんなことないよ。僕はちゃんと、君にも感情を見せて……」
「違う!あんたが見せる私への感情ってのは、あんたが敵に見せるものと、なんの違いもないの!昨日今日での宇剣への対応見て気付いたの!あんた、私を敵だと思ってない!?」
……まさか、気付かれるとは思わなかったな。
僕はたしかにサラとほかの子供たちと感情の差をつけていた。……それに気付いたサラはすごいと思う。
でも。
「違うよ。……僕は君を敵だなんて思ってない。……君は大切な、
友達さ」
微笑みと一緒に、僕は言った。
サラは友達。仲間。敵には決して成りえない。
「……私は、それじゃ満足しないの」
サラは、僕の方に向き直った。サラの赤く染まったきれいな顔が僕の目の前にある。
「と、言うと?」
僕はいつもどおりに微笑んで続きを促した。
「私はね、……私は……」
僕はサラの言葉をじっと待つ。
どんなことを言われるか、察しがついたわけじゃない。どころかサラが何が言いたいのかさっぱり分からない。今日サラがなんのためにここに来たのかいまだにわからない。
……でも、ここは待った方がいい。待たなきゃだめだって、どこかで誰かが言っていた。
「……私は…………………………………………」
口を動かし、覚悟し、決意し、言いかけて、また口を動かし、覚悟しなおして、決意する。
それを三回ほど繰り返したのち、サラは僕に、言った。
そして僕は聞いた。
「私は、サラ・イーストスカイは、あなた、ルウ・ペンタグラムのことが、…………
好きです」
世界が、止まった気がした。