第78話~叫びと決意~
目が覚めると、そこはあの世だった。
……そんな展開を期待していたのに。
私はまだ、生きていた。
どうやらここは宇宙船の中みたい。無機質な壁に、円筒形の天井。狭くて何もないところをみると、中にいる人間が長くないということを想定されて造られているようだ。
中にいる人間――つまり私。
私は今日、ここで死ぬのだろう。
そして、その最後の瞬間はそう先ではない。すぐに来る。ならば早く来てほしい。
怖い。期待しちゃう。怖い。
死にたいわけじゃない。でも死ななきゃいけないんだ。
私がイケニエになれば、みんな救われる。そう宇剣さんも言ってた。そしてクレアのお父さんも言ってた。
なら、私はイケニエになる。クレアやみんなを守るために、私は死ぬ。
「……死ぬ、かあ……」
そう言えば私、今まで何にもしてこなかったなあ。何かできることがあったはずなのに、できなかった。ああ、もったいない。ああ、もったいない。
こうやって死ねば、みんな本当に救われるのかな、死ぬ時って痛くないのかな、苦しくないのかな
……それだけが疑問だ。
「いやだなあ……」
嫌だ。嫌だ。
世界が救われる。いいことだ。
みんなが助かる。いいことだ。
でも、どうしようもなく嫌だ。嫌だ。思っちゃいけないことなんだろうけど、私一人で死にたくない。一人で、宇宙で死ぬなんて嫌だ。
じゃあ、叫んでみようか。どうせ声は外に漏れないようになっているのだろう。きっと、私がいくら助けを求めても意味がないように。
じゃあ、叫んでみよう。もう、我慢しなくていいんだ。みっともなく叫んだところで、誰も責めたりしないだろう。
「……嫌だよ、助けてよ!誰か助けて!死にたくない!生きていたい!誰か!助けてよ!クレア!助けて!死にたくないよお!……誰か……助けて……」
叫んで、叫んで、意味がないことを知る。……わかっていたけど、つらい。
私は本気で叫んだ。でも、誰も来ない。わかっていた。知っていた。でも、それでも改めて自分は死ぬべき人間なんだと知らされて、もっとつらくなった。
死にたくない、でも我慢しなきゃいけないんだ。
嫌だけど、死ななきゃ地球が壊れちゃうんだ。
『もっと、我がままになっていいと思うのよ』
クレアの優しい声が頭をよぎる。
……だめだよ、クレア。私が我がままになったら、みんな死んじゃうんだよ。だめだよ、嫌だよ。私が死ぬよりも、もっと嫌だよ。……ごめんね、クレア。
誰も助けに来ない空間。もっと叫んでいいだろう。もっと泣いていいだろう。
「……うっく……ぐす……助けて……死にたくない……」
私の声だけが反響して、なんだか馬鹿らしく聞こえた。
はあ、はあ、はあ、はあ……
あと、少し……あと、少し。あと少しあと少しなんだ私の体たとえちぎれても動け動け動け動け動け動け!
ここは無機質なロケット発射場の最上部。沙耶のいるロケット上部に辿りつく道はこの橋しかない。
だから。
「いい?私はいま本当に本気なの。邪魔する人間を殺すことをためらわないし、たとえ人質を使ったとしても私を止めることはできない。怖い人間は今すぐ道を開けなさい。殺されたい人間だけ、私の前に立ちはだかれ!」
だからこんなにも、大人数で橋の前をまるでバリケードのようにふさいでいるのだろう。
正直私の体はもう動くかどうかわからない。
沙耶と捕まるまでずっと走っていて、そして大して休まずに何百メートルとあるこの施設を走り、そしてここまで来るために螺旋階段をずっと走って登ってきたのだ。武器を片手にでも、私は限界に近かった。
でも、沙耶のためなら限界なんてこえてやる。守ると誓ったのだ。目の前にいる男ども全員を殺してでも、沙耶は助け出す。
その意思を伝えるために、私は無骨で長大な50口径拳銃を男どもに向ける。
「うっ……」
さすがにうろたえて男どもは後ろに数歩下がる。
「死にたいのは誰?来なさい。その自殺願望かなえてあげる」
私は挑発するように言う。けれど誰も乗ってこない。……くだらない。
「……悪いわね」
心は決まった。誰か一人を見せしめに、私への恐怖を植えつける。反抗できない、と思い込ませてここを突破する。
「私の名前はクレーシア・ペンタグラム。よく覚えておきなさい。あなたたちを殺す、愚か者の名前よ」
引き金を、引――
「待つんだ、クレア」
ぴたりと、私の動きが止まった。
「……なに?」
止められたのではない。私が止めたのだ。
お父さんの声に、私は耳を貸したのだ。
「やめときなよ。人殺しはきっと後悔するよ。……それに、沙耶になんて言いわけするんだい?」
それは、助けたあとにここが血まみれだったら沙耶が戸惑う、と言っているのだろうか。
「大丈夫よ、ちゃんと私が殺した、っていうつもりだから」
どうせ、ここまでやって何も知られないわけにはいかないだろう。だったらもはや沙耶と友達ではいられない。助けて、そのあとはもう別人だ。なんの友情もない、他人になるんだ。
「……そんな悲しいこと言わないで。僕は君には幸せになってもらいたいんだよ。……だからね」
そう言って、お父さんは懐から何かを取り出した。
……紙切れ?
お父さんはそれを男どもの一人に渡した。男どもはそれを受け取ってしばらく不審げに見ていたが、とたんにみるみる青ざめて、ついには、
「お、お、お勤めご苦労様です!!」
なんて最敬礼された。
「……え?」
男どもは私に敬礼したまま、そそくさとどこかへ行ってしまった。その様子はまるで私がなにか重要な人間で、もし粗相をしたら首にされるのではと恐れているようでもあった。
「……何したの?」
「ただ紙切れを渡しただけだよ」
お父さんはあんなことをしたにも関わらず、そんなことを言ってのける。
「……嘘」
「嘘じゃないさ。僕とってはただの紙切れさ。それが彼らには違った、ただそれだけのことだよ。……子供が難しいこと考えなくていいんだよ。君たち子供はもっとわがままで、もっと自分に素直になっていいんだ」
まるで見透かしたように、お父さんは言った。
まさかずっと見ていたのではあるまいな。
否定できる材料があまりにも少なすぎるため不安だったがこれ以上質問してなにかとてつもないことにいきあたったら大変なので流しておく。
とにかく、沙耶だ。
私は駆けて、沙耶のいるロケットの扉までいく。私からみてとても大きい扉に、子供一人がぎりぎり通れるような窓が一つあった。そこから中を覗き込み、叫ぶ。
「沙耶!沙耶!」
中の沙耶は横になって、なにやら細かく震えて……いや、泣いている?
口も動いて……『助けて、死にたくない』……そう叫んでいるのか?
「沙耶!……くそっ!こんな扉、いったいどうやったら……」
撃ち抜くか?
いや、中にいる沙耶にも当たるかもしれない。この方法は使えない。……じゃあ、どうやって……
「……僕、宇剣と話してくるよ。扉を開けるように、って」
「え?」
「じゃあね」
悩んでいて、返す暇もないうちに、お父さんはタタタと軽快な足取りで走ってどこかへ行ってしまった。おそらく局長室だろう。
……まつしか、ないの?
沙耶を救いたいのに、待つしかできない自分を殺してやりたくなった。