第77話~終わりまで後少し~
僕はどうなったのだろう。
それだけがずっと頭の中を渦巻いていた。
僕はクレアを行かせるつもりは全くなかった。力づくでも止めるつもりだった。その方が確実に世界を守れるからだ。
それなのに、僕は行かせた。世界よりも、子供のわがままを通させてしまった。
なぜ、僕はそんなことをしたのだろう。
「やっぱ考えてたんじゃん、ルウ」
倒れた僕を起こしてくれたのは、赤髪の少女、サラだった。
僕が助けて、それからずっと仲間として旅をしている女の子。
……そう、なぜかサラがいる、と思った瞬間、僕はクレアを通す気でいたのだ。
なぜだろうか。仲間に嫌われたくない、とでも思ったのだろうか。
まるで思春期のようじゃないか。
くだらない。
「……ねえ、サラ」
僕はたとえ声が小さくても確実に答えてくれるだろうというある種の確信を持ってサラに言った。
「なに、ルウ」
予想通り、彼女は答えてくれた。でも、何か物足りない気がする。
「僕は行かせてよかったのだろうか」
短く訊く。これはかなり難しくて意地の悪い質問だと自分でも思う。どっちを選んでもだれかが不幸になる可能性は必ずあるので、どっちが不幸になるべきかと聞いているようなものだ。
「いいに決まってるわよ」
根拠があるのだろうか思わず問いたくなるほどあっさりとサラは答えた。
「クレアは今まで私たちに要求するということがなかったわ。……問い詰めはしたことあったろうけど」
うなずく。そう言えば、クレアの我がままなんて初めて聞いた気がする。いつも喧嘩しているが、それは口論であって、何がほしい、これがほしい、こうしてほしい、という要求は一切なかった。彼女はなぜか異常なまでに生活力があるので自分のことは自分でするし、自分が好きなことも自分でする、親である僕らには頼らない。
「私たちは初めてクレアにこうしてほしい、と要求されたのよ。……やっぱり、親としては最初のわがままぐらい聞いてあげたいじゃない?」
「……そのせいで世界が滅んだとしても?」
「滅んだとしても、よ」
まったく、臆面もなくサラは宣言した。世界と、家族と。僕がどちらかを選べと言われたらまず間違いなく家族を取る。……クレアも同じ心境だったのだろうか。
「……じゃあ、親としてやることは、一つだね」
この事件は本当に不思議なことばかりが起きる。……でも、悪くはない。
……悪くはない、本当に?
……本当さ。本当に悪くない。ないはずだ。ないから、君は答えるんだろう?
「そうね」
親としてできることを、果たすために。
娘の決断に親ができることなんて、たった一つしかないじゃないか。
無力な親ができることなんて――
全力で、娘をサポートするぐらいしか、できることなどない。
いつからか、何も感じなくなっていた。
沙耶が死んでしまうことを避けたかった。今でも避けたい。だから私は闘おうと決意したのに、何も感じない。
なぜ、なんて無駄な疑問は持たない。感情がなくなればためらいがなくなる。殺すことを躊躇している場合じゃないのだ、今は。
早く、早く。早く!
その思いだけが私の行動を決める。早く沙耶を助けたい!
「まて!このガキ!!」
男が一人、立ちはだかる。ここを通れば沙耶のロケットたどりつく!
なら、こいつは殺す。邪魔だ!
拳銃で狙いをつけ、そして、引き金を――
「クレア!」
ゴウッ!
引き金を引こうとした時、私の目の前で、男と分断するように炎の幕が上がった。
後ろを振り向く。
「……お母さん?」
「なに簡単に人殺ししようとしてんのよ!ここは私が引き受けるから、あんたはさっさと沙耶ちゃん助けなさい!」
ボゴウ!
さらに火力が強くなったかと思えば、私一人が通れるだけ、炎がよけた。これで通れる!
「ありがとう、お母さん!」
お礼を言って、私は炎を潜り抜ける。熱いかと思えばまったくそうではない。むしろどこか暖かくて、心地いい。
さあ、あとちょっと!沙耶、待ってて!
私は足をさらに早く動かした。