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第75話〜捕縛〜

 ルウが縁の上に立っていた。

 いつ、どうやってかは二人には全く分からなかったし、そんな些事二人にはもうどうでもよかった。

 ただ、ルウに怯えるだけだった。

 クレアも、沙耶も、もうすでに疲労は困憊、逃げる体力なんてありはしないのだ、一体怯える以外に何をすればいいのだろう。

 「さあクレア、沙耶を渡すんだ。大丈夫、僕たちは沙耶に何もしない。指一本触れないことを約束するよ」

 まるで宇宙局の人間のようにルウは言った。

 今までと違い、今のルウには計算や筋書きは一切なかった。沙耶に爆弾がはめられたということが予想外なら、こんなに早くクレアが逃げ出すなんてことも予想外だったからだ。

 クレアはもっと自分の命を大事にする人間だと、ルウは思っていたのだ。しかし、実際世界の危機になってもクレアは沙耶の命を優先した。それも予想外だった。

 「……約束?そんなのに一体どんな意味があるのよ。お父さんたちが沙耶に触らなくても、宇宙に放り込まれたら死んじゃうでしょ!」

 座ったまま沙耶をかばうように抱いて、クレアは叫ぶ。もう立つことも難しいんだな、とルウは見当をつけた。

 「もう疲れただろう?休みなよ。沙耶はかわいそうだけど、仕方ないんだよ。……ね、クレア、わかってくれるよね?」

 説得しようと、ルウは試みる。

 一番予想外だったのは、ルウ自身だった。今こうして説得しようとしているが、本来なら力づくで沙耶を奪い、宇宙局に引き渡す算段だったのだ。なぜこんな風にしているか、ルウ自身が訊きたかった。

 「わかるもんか!沙耶は渡さない!」

 クレアは必死に、絶対離すものかと沙耶を抱きしめる。

 「……」

 その様子に、ルウは一番したくない方法で沙耶を奪うしかない、と確信した。

 琴乃若にはいくつかの不条理ともいえる法則があり、その一つに『ルウには逆らえない』というものがある。世界の創造者たるトレースが主人に気に入られようとして勝手に作ったものであった。

 そしてルウはその法則を利用して、沙耶を自らこちらに呼び寄せようとしているのだ。

 「……ごめんね、クレア。




 ……沙耶、こっちへ来るんだ」

 



 その言葉を聞いたとたん、沙耶から眼の色が消える。

 まるで人形になったみたいになって、クレアの手を振り払った。

 「……え?」

 クレアは茫然としている。

 沙耶は立ち上がって、引き寄せられるようにルウの方に手を伸ばす。子供の身長だから、ルウには少し届かない。 あと少し。あと少しで逃げれたのに。あと少し頑張ったら、逃げ切れたかもしれないのに。

 ルウがかがんだら、もう沙耶はつかまってしまう――





 「沙耶!!」

 



 そう思ったクレアはあらん限りの声で叫んだ。

















 



 ――どこがで、誰かに呼ばれた気がした。

 『沙耶、こっちへ来るんだ』

 私の中では、その言葉だけが絶対の支配権を持っていた。ぼんやりとした視界と思考で私はその言葉に従おうとする。

 あっちへ行かなければ。

 ――なぜ?

 あそこへ行かなければ。

 ――どうして?

 ルウが呼んでる。

 ――だから?

 従わなきゃ。

 ――どうして?

 そうしないと、世界が滅びる。

 ――どうして?

 私の爆弾が、爆発するかも知れない。だからルウは私を殺そうとしている。

 ――なら、なんで従うの?

 そう決められているから

 ――何に?

 心の奥の、もっと奥。人間としての、根幹の部分に。

 ――それなら、仕方ない、かな?

 仕方ない。私には、逆らえない。

 ――そうだね。あと、一歩。











 「――沙耶!」

   







 『もっと、わがままになってもいいと思うのよ』

 ……その言葉が、私の心を揺さぶった。 

 わがまま?それって、もっと望んでいいってこと?

 もっと思っていいってこと?

 じゃあ、私は……

 










 ――私は、生きたいな。もっとクレアと一緒に笑っていたい。

 狭かった視界が晴れたような気がした。









 「………い、嫌です!」

 急に正気に戻った沙耶は、開口一番そう叫んだ。

 それに気付いたクレアは一瞬の動作で沙耶を自らの腕に引き戻した。

 しっかりと沙耶をかき抱くと彼女は、氷よりも冷たい蔑むような眼でルウをにらみつける。

 「何したの」

 その眼には一切の容赦がなかった。たとえ父親でも、命の恩人だとしても、殺す覚悟があるように見える。

 「何もしてないよ。僕は沙耶を呼んだだけ。君だって見てただろう?僕に怪しい動きはなかったはずだよ」

 ルウはそれにクレアの怒りなどまるで脅威にならない、とでも言いたげに淡々と答える。

 態度こそ気に入らなかったが、言葉の内容からこの現象の原因をクレアは推理できた。

 「あの木偶道具かっ……!!」

 トレースしかこの世界を自由に変えてルウの思い通りにさせようなんて思いついても実行できないのだ。彼女以外にだれが思い浮かぼう。

 「……ねえ、沙耶を渡して。クレア、君だってどっちを取ればいいかわかるはずだよ?」

 「うるさい!とにかく私は沙耶を守る……っ!?」

 いつの間にか。

 本当にいつの間にか。

 クレアは宇宙局の人間に囲まれていた。

 ここで、ルウの本当の目的をクレアは悟る。

 ――時間稼ぎ!

 宇剣が来るまでの、ほんの数分をルウは稼いでいたのだ。そして、こうやってどうにもならないようにして捕まえるために、必要以上大人数をひきつれて。

 「……最低!!」

 クレアは動きにくい体を無理やり動かして、立ち上がる。沙耶はもう立つこともできない。

 「食らいなさい、この」

 「捕まえて」

 コートに手を伸ばすと同時に、ルウが短く命じた。

 宇宙局の人間が、一斉にクレアと沙耶に襲いかかる。

 あっという間に人の山ができて、彼女たちは動けなくなった。

 














 「いやあああああああああああああああああああああああああああ!」

 その叫びがどっちのものであったかは、沙耶にもクレアにもわからなかった。もしかしたら二人とも叫んでいたかもしれない。

 二人の意識はしだいに遠のいていった。

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