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第74話〜二人の休憩〜

 クレアは走っていた。

 3年前のように、路地裏を全速力で。

 命の危機があるのも、追われているのも一緒。

 一つだけ違うのは、もし捕まった時に失う命が自分のものではない、ということ。

 だからクレアは3年前以上に、全力で走っていた。

 息が途切れても体を動かし、足がふらついても意地で立て直して、今までのどの危険よりも必死に逃げていた。

 「っ……!く、クレ、あ、もう、駄目、はしれ、ない……!」

 そんな彼女にごく普通の小学生がついていけるわけがなかった。繋がれた手を離し、路地裏の汚い地面に座り込む。

 「はあ……はあ……」

 振り返ったクレアも息が切れ切れで、もう運動できるような状態ではない。

 それでも、クレアは言った。

 「立って……!今走らなきゃ死ぬのよ!?それでも、いいの!?」

 クレアだって、もう走りたくない。というか走れない。でも、沙耶を守るためなら頑張る。助けるために、今はきついことを言って立たせようとする。

 「……む、無理よ……て、ていうか、クレア、は、なんでこんなに、走れるの……?学校では、私と、おんなじぐらいだったよね、50メートル走……」

 沙耶は50メートル十秒ちょっとで、クレアもだいたい同じぐらいの記録だった。しかしクレアの記録は、十分に手を抜いて、であった。本気で走ったのなら50メートル7秒を切るだろう。

 戦闘に次ぐ戦闘の人生が、彼女の体を異常なものに作り替えたのだった。

 「……っ、今は、そんなこと、話してる、場合じゃないでしょう!?」

 クレアが手をつないでいなければ、とっくに沙耶は敵につかまっている。引っ張っている分も体力を使うのだが、そのことは二人とも気付かない。

 「……ねえ、クレア。ちょっと、ちょっとだけ、休もう?」

 沙耶の体は汗だくで、疲労は限界に達していた。もうちょっとでも運動すれば脱水症状を起こすだろう。だからクレアは、沙耶の言うとおり休むことにした。

 「……ちょっとだけ、そこで休みましょ」

 クレアが示したのは、もうすでに捨てられて久しい廃ビルだった。

 






 二人は見晴らしの良い屋上で休むことにした。ヘリを使われたら一発だが、それ以外ならしばらくはここでしのげるはずである。

 コンクリート製の床に、コンクリート製のへり。縁は低いが、子供のクレア達が背を預けても頭がでない程度には高かった。

 床に座り、その縁に背中を預ける。

 少しでも寝ようと沙耶は眼を閉じるが、眠れない。どれだけたっても眠気が襲ってくることはなかった。

 代わりに考えるのは、首輪のこと。

 もし、これが爆発したら?もし、私がここにいるせいで地球のみんなが死んでしまったら?

 『――どちらを選ぶのが地球のためになるのか、よくお考えください――』

 宇剣の言葉が頭の中でリフレインする。まるで、『お前は地球にとっていらない存在だ』とでも言われているように感じる。

 そして、今沙耶の中にその感覚を否定する材料はどこにもなかった。より、自分の存在が不必要なものだと思うようになってくる。

 「……ねえ、クレア?」

 不安になって、沙耶は隣で休んでいる不思議な親友、クレアに話しかけた。

 「なに、沙耶」

 もうクレアは息切れすらしていない。沙耶自身もコートから取り出された水を飲んだが、いまだに呼吸は荒いままなのに、すごい回復力だ。

 そう驚くのも一瞬で、沙耶は疑問をクレアにぶつけてみた。

 「……私、今本当に生きてていいのかな?」

 それだけが不安だった。こうやって必死で逃げているが、それは果たしてやっていいことなのか。もし爆発したらどうやって責任をとればいいのか。不安で、不安で。

 「……昔、コートの話したことあるでしょ?」

 沙耶はつい最近されたコートをどうして脱がないのか、という質問に対しての話を思い出していた。あの時急に倒れられたので、沙耶はとてもあせったのだ。自分のせいだ、と。

 「うん、あの時はごめんね」

 「いいのよ。……あの続き。

 私はね、いろんなことをさせられたの」

 過去に折り合いがついたわけではない。でも、沙耶にだけは知っておいてほしかった。拒絶されてもいい、ただ、沙耶に沙耶自信を否定してほしくなかった。その思いでクレアは言う。

 沙耶は息をするのも忘れて、クレアの話に聞き入る。

 「詳しいことは言いたくないけど、その時何度も、何度も思ったわ。……私は生きていていいのだろうか、死んだ方がはるかに楽なんじゃないか、って。

 でも、今も私は生きてるわ。……それはなぜだかわかる?」

 ふるふると、沙耶は首を振る。

 「それはね。私はわがままだったからよ」

 その理由に、沙耶は首をかしげた。

 「クレアはわがままなんかじゃないよ」

 「いいや、わがままよ。いつもいつも、きっとどこかで誰かが助けてくれる。もし助けてくれないのならこんな世界滅びてしまえ、そうずっと思ってたもの」

 いつもクレアは思っていた。自分を助けて。それができないなら全てなくなればいい。

 「だからね、沙耶ももっとわがままになっていいと思うの」

 なにも救いになっていない答えで、沙耶の不安が取り除けるだろうか?

 それだけが、クレアの不安だった。

 けれど、意を決してクレアは言葉を口にする。

 「自分を助けて。できないなら一緒に世界と滅んでやる。それぐらいでいいのよ。沙耶は完全に被害者で、どこも悪くないんだから、何も世界のためなんか(・・・)に死んでやる必要な何一つないのよ。私を助けるのが当たり前、それぐらいがちょうどいいのよ」

 沙耶はその言葉に面食らう。

 「え、でも、私、クレアには……死んでほしくない……」

 「たとえそうでも、沙耶が一人で死ぬ必要はないわ。……もし、どうにもならなかったら、私も一緒に死んであげる。……一人で死ぬのは、さびしいでしょう?」

 『死んであげる』『死ぬ』などの言葉がこうもあっさりと出てくることに、沙耶は驚いていた。そしてそのどれもが真剣で、クレアなら本当に一緒に死ぬんじゃないかと思わせる。

 「……そうかもしれない。でも、もしそうなったら一人で死ぬわ。……誰も巻き込みたくないの」

 「……そう」

 クレアはひどく残念そうだった。なぜか拒絶されたように感じたのだろう。

 「でも、できるだけ頑張ろうね、きっとなんとかなるよ!」

 沙耶はそう言ってクレアを励ました。

 














 「……なんともならないよ。君は僕が連れていく」

 その瞬間、ルウが廃ビルの屋上、クレア達の後ろの縁に立っていた。

  

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