第73話〜ルウの動揺〜
クレアがいなくなってから、数時間が過ぎた。
もともと僕は探すつもりもなかったのでそのままだったが、サラはどうにも心配なようだ。
何を心配しているのだろう?自分が死ぬことかな、それとも娘の安否かな、もしかしたら世界の先を心配しているのかもしれないな。
それにしても、なぜクレアは逃げたんだろう。よく考えたらこの世界のどこにいようが、どの世界のどこにいようが沙耶が死ぬことには変わりないということはわかるはずなのに。
もしかして、親友が死ぬとわかったショックで混乱しちゃったのかな……?そんな弱い子ではなかったはずなんだけどなあ。
まあ、今はどこにいるともしれない愛娘よりも、今片づけなければならない問題がひとつ。
目の前でサラの淹れたお茶をすすっている、宇剣という男のことだ。
この男、どういうわけかクレアが出て行った数分でこの家に乗り込んできた。もしかしたら、張っていたのかも知れない。いや、間違いなく張っていただろうね。僕が彼でもそうすると思うから。
「……さて、何のご用でしょう?」
僕はとぼけたふりをする。
「あなたのお嬢様と沙耶様の行方を知りませんか?」
きっと知っていて訊いているのだろう。それを容認したかどうか……それを知りたいのだ、この男は。
「沙耶は家に帰らせましたよ。最後の夜ぐらい、家族と一緒に過ごさせたいじゃないですか」
もっともらしく言い訳する。
「……お嬢様と一緒にお逃げになっているようですが?」
ほら、やっぱり見張ってたんじゃないか。まったく、これほど情報を引き出しやすい相手ってのも珍しい。この前のシイナ以上だな。行方をわざわざ訊いてくるあたり、その張り込みはきっとど素人だね。祟とか雇われてたらどうしようかとも思ったけど、その心配はないようだ。
「そうなんですか?クレアは沙耶を送っていくと言っていたもので……」
「……そうでうか。なら、仕方ないですね」
本当に信用しているのかどうか怪しいそぶりで男は言った。まあ、これで信用しなければ体裁が保てないからな。本当ならもっと詰め寄りたいのだろう。……まあ、詰め寄ってきても返す自信はあるけどね。
「では、手分けして探しましょう。僕も、娘が心配なので」
これは本音だ。沙耶とクレアがいくら仲良くても、世界を滅ぼす爆弾と一緒にはさせられない。なんとか見つけて説得しないと。……まったく、普通の子供なら適当に言いくるめればいいんだけど、クレアはかなり知識あるからなあ……。
宇宙が息できないだけだと思ってた僕が理詰めで説得できるわけないし、さて、どうしたものか。
「それにしても……あなたは子供の説得すらできないのですか?」
「あなたの宇宙局は子供一人犠牲にしないと地球を守れないんですか?」
嫌味に嫌味で返す光景ってきっと怖いんだろうね。だってさっきからサラ怯えっぱなしだから。
「……ふん」
そう吐き捨てて、彼は部下のところへ戻って行った。きっと心の中ではもっとひどいことを言ってるんだろうね。
宇剣を信用できないって言ったクレアの見る目ってかなり信用できるな。そう僕は思った。
「さあサラ、彼女たちを見つけようか」
僕はいつものようにほほ笑んでサラに言った。彼女は何かに怯えたまま、僕に訊いてきた。
「さ、探し出してどうするの……?」
なんだ、そんなこと訊きたいのか。きまってるじゃないか。
クレアは守って、沙耶は捕まえる。宇宙に行く沙耶には残念だけど死んでもらうよ。彼女はこの先にもクレアの邪魔になりそうだからね、この際だから消えてもらおう。
「もちろん、二人ともが助かる方法を探すに決まってるさ。娘の友達をむざむざ死なせるわけにはいかないからね。爆弾ぐらいなんとかなるさ」
そう言おうとしたのに、口は全然違うことを言っていた。
……え?
自分で驚く。
なんでこんな繕うようなことを僕は言ってるんだ?
「……そうよね、娘の友達一人助けられなくて何が親よ。そう思わない?」
「……うん……」
まるで口が別の生き物になったみたいに、勝手に言葉を紡いでいく。なんで?疑問は晴れない。何があった?わからない。
「そうと決まれば行きましょ!」
……まずいな、サラの前では行動できるかどうか怪しい。
僕は直感的にそう思った。
このままサラと一緒に行けばなにもかもがうまくいかなくなる。そんなことは簡単に予測がつく。
……よし。
「ねえ、サラ。僕一人で行くよ」
いつものようにほほ笑んで、僕は言う。
「なんでよ?」
「人員は一人でも多い方がいい。海にいるミリア達を呼んできて。クレアを一緒に探そう」
彼女たちはもうすでにトレースが読んでいる手筈だ。だから今から行っても行き違うだけだろう。でも、その間僕は自由に動ける。なんでもできる。
今はとにかくクレアを見つけて沙耶を捕まえるだけの時間がいる。三時間もあれば見つけれるだろう。その間に全て終わっているはずだ。
「……うん、わかったわ」
なんの疑いもせずに車に乗り込むサラ。ちなみに免許を持っているのはサラだけだ。僕は特に車の必要はないので、免許は持っていない。
「行ってきます」
いつもの言葉。
「行ってらっしゃい」
いつもの返事。
なのにないはずの心が痛むのはなぜだろう?
――もういい。
今は考えている場合じゃない。
早くクレアを見つけて、沙耶を捕まえないと。そのためには相当な速度がいる。
……しかたない、ね。
僕はいつもより少しだけ、本気で走ることにした。
玄関を出て、そこらを探しまわっている宇宙局の彼らを完全に無視して、走り出す。
すると。
景色が、車が、世界が、どんどん後ろに流れてく。




