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第72話〜クレアの決断〜

 私は茫然と、ただ茫然としていた。

 何かを選ぶ、ということに苦痛が伴うことはもうすでに知っていた。知っていたのに。

 こんなにも、こんなにも苦しい。

 どうして沙耶に爆弾が?どうしてそれが外れない?どうして地球と沙耶、どちらかを選ばなければいけない?……そもそも、

 ――沙耶がこんな目に遭ったのは、誰のせいだ?

 ……答えはあまりにも明白。私だ。

 あの時、すすめられるまま首輪をつけていたら。沙耶はこんな目に遭わなかった!

 また、私は間違えたのだ。愚かな人間はいつまでたっても愚かなまま。

 あの時あの男の言葉にだまされた時のクレーシアと何一つ変わっていないんだ!

 もし私が沙耶の立場ならその場で宇宙局に行っていたのに!私の汚れた命ひとつで地球が救えるのなら、安いものだ!

 でも、沙耶は違う!沙耶はただの女の子、ただの私の親友なのに!

 ……もしかして、私の親友だから、こんな目に遭ったのか?

 私という存在そのものが、罪悪なのか?だから、周りにも贖罪のとばっちりがあるのだ。

 もし、そうなら誰でもいい。誰でもいいから、沙耶と私、立場を取り替えてよ。

 ……ねえ、誰か……

 「……クレア、君はどうするんだい?」

 お父さんが訊いてきた。何を、どうするというの?

 「沙耶のことはつらいと思う。でも……」

 「沙耶の前よ。……めったなこと言わないで」

 私はそれだけを言って会話を打ち切る。

 どうやら、沙耶を向こうに引き渡すかどうかの判断は私に任せてくれるみたいだ。説得して、私自ら沙耶を差し出させたいのだろう。

 「沙耶、遊ぼっか。何して遊ぶ?ゲーム?トランプ?なんでもあるわよ」

 「……え?」

 急に切りだした私に、沙耶はぽかんとしている。

 「何よ。せっかく沙耶が遊びに来てくれてるのに、何にもしないんじゃ暇でしょ。遊ぼうよ」

 「……で、でも、私の首輪が……」

 「関係ない。たとえそれがなんであっても、私は沙耶の友達。……友達が家に来てたらおもてなしするものでしょう?」

 遊ぼうとしない沙耶を、私は無理やりな理論で言いくるめる。

 「……うん……じゃあ、ゲームしよ?」

 最初こそおっかなびっくりだったが、そう提案できるほどには元気が戻ってきたみたいだ。

 ……きっとすぐ元の元気な沙耶に戻る。今は知りすぎて混乱してるだけだ。

 私は逃避にも近い楽観で、家庭用ゲーム機を取り出した………












 「……ねえ、クレア、沙耶。もう、逃げるのはやめよう」

 それから、数時間。私と沙耶の間には、笑顔が取り戻っていた。

 それを再びお通夜みたいな雰囲気にしたのは、お父さん。

 また、男。男はいつも私の邪魔をする。私はゲーム画面を見たまま、答える。

 「逃げるって何から?ゲームの敵から?もうレベルは十分だから、これ以上戦ってもあんまり意味は……」

 「わかってるはずだよ、二人とも」

 もう、お父さんの中では冗談を言う余裕もないらしい。

 私は途中のゲームの電源を切り、後ろで神妙な顔をしているお父さんの方を向いた。沙耶も同じように振り向く。ゲームを消されたことには何の文句も言わないところを見ると、あまり集中できていなかったのだろう。……ごめん、沙耶。気を紛らわせてあげれなくて。

 「……何よ」

 苦し紛れに、訊いてみる。もう私も沙耶もわかっているのだ。そう選択を先延ばしにもしていられないということを。

 「沙耶の爆弾のことだよ。どうするのさ、君たちは」

 「トレースに言って外させたら?こんな時ぐらいでしょ、あの万能無限の道具が役立つのって」

 「トレースには外せないよ」

 ……は?

 私は茫然となる。また、何か不都合があるのか、この期に及んで?

 「彼女は今何もできない。……僕が命じたせいだけど、どんなことがあっても能力を使うな。……そう命令したから。ちなみにその命令は僕でも解除できない。そう命令したからね」

 ……何よ、それ。何よそれ。何よ。

 つまり、トレースはお父さんの命令のせいで、何にもできない木偶でく人形になってるってこと!?

 「つまり、それは……」

 つまり、私たちの力だけで、万能無限ズルなしでこの首輪をなんとかしなきゃいけないってこと!?

 世界を担う宇宙局が解析できなかった首輪を、まだまだ修行中の私が解析できるわけがない。私でも沙耶を救えない。お父さんも頼りにならない。唯一の希望だったトレースが役立たずって、この状況は――

 「……絶望じゃない……」

 私はつぶやいたのだろうか?心の中だけで言ったのだろうか?それすらもあいまいで、何もかもがおぼろげだ。

 こんな状況、どうにもならない。

 人一倍危険や危機を味わっているからこそ、わかってしまう。

 「……ねえ、やっぱり気の毒だけど、沙耶には宇宙へ行ってもらって……」

 「……あ、あの……私……」

 大丈夫よ、と励まそうと手を握って、私は初めて気付く。

 


 沙耶の手は、体は、細かく震えていた。

 


 ――私は、愚か者だ。

 親友だと吹聴して、友達だと公言しておきながら、こんなことにも気付かなかった。

 怖くないはずがないのだ。

 私は世界か沙耶かを選んでいるが、沙耶は世界とともに心中するかしないかを『選ばれている』のだ。他人に命を握られる恐怖を、絶対に死ななければならない恐怖を、私は知らないわけではなかったのに!

 気付けなかった。また、失敗して、後悔するところだった。

 ――もう、迷うものか!もう、怖がらせるものか!

 守るって、決めたんだ!

 「お父さんなら、きっといい案を出してくれるって、心のどこかで期待していた」

 私を救ってくれた時みたいに鮮やかに、信じられないぐらいあっさりといい知恵を出してくれる……そう、思っていた。

 「でも、それは間違い。私としてことが、男を信用するなんてね。……じゃ、私は選ぶわ。時間がないのでしょう?」

 私はそう言いながら、震える沙耶の手をつかむ。

 え、と沙耶が言ったような気がした。

 「……私の選択は――こうよ!」

 そのまま、沙耶を連れて玄関に飛び出す!

 「――クレアっ!」

 お父さんの声が聞こえるけど、無視!

 沙耶と私は靴を速攻ではいて、玄関を飛び出た。

 私の選択。それは、沙耶と一緒に逃げること。

 あてはなかったけど、時間さえあればなんとかなる。













 ――私は未だ楽観の抜けきらない頭で、選んだのだ。

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