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第71話〜正体〜

 クレア達が帰宅すると同時刻、どこかの地下でその組織は動いていた。

 暗く広い部屋には百人近くの人間が事務机に座って作業をしている、

 彼らの正面の壁は、大型ディスプレイとなって琴乃若のいろいろな場所をリアルタイムでうつしていた。 

 青い作業服を着ている彼らの目には、はっきりと焦りの色があった。

 そして、いくつもあった画面の中で、変化が起きた。

 その変化をよりよくとらえるため、ほかの画面は排除され、その画面のみが表示される。

 「……やっと見つけた」

 一番後ろで偉そうにふんぞり返っているこの組織の長は、狡猾そうな瞳をディスプレイに向けた。

 「局長!これが、例の……?」

 作業員の誰かが、局長と呼ばれた男に訊いた。

 「……ええ。これが例のものです」

 局長は冷静に答える。

 「……さて、回収に行きますか」

 かたり、と座っていた椅子から立ち上がり、数人の作業員についてくるよう指示する。

 「……世界を救うのは、われわれだ」

 そう局長がつぶやいて出て行った時、ディスプレイは琴乃若の浜辺を映していた。

 














 琴乃若に五時間ほどかけて帰ってきたクレアは、沙耶を連れて車を飛び出すと一目散に玄関に向かった。

 「クレア、どうしたの!?」

 沙耶が事情が分からず訊く。

 「先に入ってて!私お姉ちゃんのところに連絡しとくから!」

 勝手にいなくなって心配しているのでは、と思ったので先に連絡しておこうと思ったのだ。もうすでにトレースから事情を聞かされているとはつゆ知らず、クレアは自作の携帯でミリアを呼ぶ。

 沙耶はすぐに来るだろうと、靴を脱いで、家に上がった。廊下を進み、リビングで曲がり、そこで――

 





 「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」







 「沙耶っ!?」

 そこで、沙耶の悲鳴が聞こえた。

 携帯をほっぽリ出して、リビングへ向かう。

 『もしもし……クレア?どうかした?』

 そんな声が聞こえたが完全に無視。

 リビングに入り、クレアは信じられないものを見る。

 「誰よあんたたち!」

 2メートルほどの大男二人組が、ペンタグラム家のリビングを占領していたからだ。

 片方は力の強そうな大柄な人間。彼は沙耶の首根っこをつかみ、つりさげるように捕まえている。

 もう片方は細っこいもやし男で、大柄な男の隣でどこか達成したような表情を浮かべていた。

 ――殺してやる!

 クレアは二人を見た一瞬でそう判断した。

 さまざまな武器、兵器拷問道具が収納されたコートの胸あたりに手を伸ばし、拳銃を取り出そうとする。

 ――だめだ!

 それもすぐに判断できた。沙耶には自分の黒いところを見られたくない……その思いが、拳銃に伸びた手を下げさせた。

 「なんの用!?」

 代わりに鬼の形相でにらみ、怒鳴る。

 もやし男は怯えたように身をすくませたが、大柄の男はピクリともしない。

 二人とも、『誰』とも『何の用』にも答えない。クレアはその反応に、組織ぐるみの犯行で、こいつらには発言権かないのでは、と推理した。

 「……いやはや、怖いお譲さんだ……」

 その推理は、どうやらあたっていたようだ。

 「……あんた、誰?」

 「私、宇宙開発局局長、宇剣うつるぎ 信也しんやと申します。……お父様とお母様はおられますかな?」

 宇剣と名乗った黒いスーツぴっちりと着込んだメガネの優男は、とても紳士的にそう言った。

 



















 ここ、ペンタグラム家では普段高校生の父と、教師の長女が席を同じくし、元敵の少女がその標的を祖父と呼ぶ、不思議な空間だった。

 しかし、今はそれ以上に不思議なことがここでは起こっていた。

 クレアの親友、沙耶をまるで犬でも扱うようにとらえ、そしてその指示をした親玉とルウ、サラ、クレアは席を同じくして、話し合いの機会を設けていた。

 クレアは今すぐにでも大男たちに飛びかかって、撃ち殺して沙耶を助けたいのに、父親のルウがそれをさせなかった。

 「……では、お話をお聞きしましょうか、なぜ、僕なんです?沙耶をさらったのなら、沙耶の両親に当たるべきでしょう」

 話し合いをまずして、情報を引き出す……ルウがいつも必ず敵にすることだった。

 「……それがですね、沙耶のご両親が言ったのですよ、あなたたちに任せると。……それでです」

 この世界の住人はルウに逆らえない。……だから、沙耶の両親はそう言ったのだろうか。

 宇剣はここで意味深にほほ笑んだ。

 「では、目的を言いましょう。沙耶様をこちらに譲っていただきたいのです」

 「却下」

 クレアが即答する。

 「……なぜですか、お嬢様」

 クレアはその言動に怯えながらも苛立っていた。こんな風にクレアを嬲った『あの男』は近付いてきたのだから。

 「沙耶は私の親友。それ以上の理由は必要ないわ」

 当然であるかのように、クレアは宣言する。

 「……もし、沙耶様の首にあるのがこの地球を消滅させるほどの巨大な爆弾だったとしても、ですか?」

 クレアが、凍りついた。

 「…………説明して」

 冷静に、動いた心を気取られないよう注意して訊いた。

 「よろしいですか、私どもで調べた限り、沙耶様の首についているのは爆弾で、その威力は我々がすむ地球を粉々に、跡形もなく吹き飛ばしてしまうほどなのです」

 机にずいと上半身を乗り上げ、主張する。

 「……それで、何がしたいの」

 「正直言って、先ほど試しましたが外すのは無理です。……なので、沙耶様には」

 ここで、初めて宇剣が言い淀んだ。

 「……何よ」

 沈黙に一秒でも耐えられないのか、クレアが先を促した。

 「……沙耶様には、宇宙に行ってもらいます」

 「意味分かんない」

 クレアは、立ち上がった。

 「何よそれ?う、宇宙って、真空の海よ?宇宙服なしで外に出たら空気圧の関係で内部から爆発してしまうような、そんな死の海なのよ?そこに、行けですって?あんたら頭おかしいんじゃないの?女の子よ?それも、まだ子供なのよ?そんな子に、死ねって?あんたたち、そう言ってるのよ!?正気!?」

 「われわれは、本気です。……そもそも、あなたの正気をこそ疑いたい。沙耶様一人が犠牲になることで、全ての人類が助かるのです。……そう、隣にいるお父様やお母様、そしてあなたやあなたのほかのご学友まで、みんなです。親友一人のために、世界を滅ぼすつもりですか!?」

 クレアは何も言えない。沙耶は大事だ。でも、お父さんも、お母さんも、ミリアお姉ちゃんも、コトリお姉ちゃんもリリーお姉ちゃんもララお姉ちゃんもアゲハもみんな大事だ。どっちかひとつを選べと言われて、選べるようなものではない。

 「……結論を急ぐ必要はありません。爆弾がいつ爆発するかわからない以上、すぐにでも撃ちあげたいのですが、……まあ、いいでしょう。一日差し上げます。一日で、沙耶様をどうされるかお決めください」

 そう言って、宇剣は沙耶を解放させ、家を出ようとする。

 















 「……あなた方の判断が、地球を救うということを、どうかお忘れなきよう……」

 捨て台詞のようなその言葉が、クレアの胸に突き刺さった。


 

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