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第69話〜平穏という名の……〜

 ララが攫われ、ルウに救われた次の日。

 朝からルウが泊っている旅館はうるさくなっていた。

 「えーーーーーー!!!ララお姉ちゃんが、攫われた!?」

 クレアの叫びが眠そうにしているララに響く。

 ララは一応報告しておこうかと家族を集めたのだが、それをさっそく後悔するのであった。

 クレアと沙耶は心配そうにおろおろしているし、ミリアもリリーもララが攫われるということに驚いう手いるようだし、コトリとアゲハは冷静にララを気遣っている。

 「……………………クレア、私何もされていないから」

 「……ほんと?」

 「……………………ほんと」

 そうララは言うと、畳の上に横になった。

 「…………………………………私疲れたから寝る。今日はパス」

 そのまま寝息を立てるほど疲れていたのだろう。ララはクレアが声をかけても起きることはなかった。

 「………このままで大丈夫かな?」

 コトリが訊いた。今日も海で泳ぐのですぐにここに来れるが、それでも何分かかかってしまう。不安にさせるのではと心配なのだ。

 「大丈夫だと思うよ」

 「お父さん……」

 コトリの不安を、隣の部屋からルウの気遣うような声が和らげた。ルウは部屋に入るとララをいとおしげに見つめながら、コトリを安心させようとする。

 「ララは強い子だからね。多分眠いだけだと思う。何か狼藉を働かれたというわけでもないし、心配することはないよ。……まあ、いくら言っても聞かない子もいるけど」

 ルウは今来た旅館のふすまに視線をやる。

 すると、そこからどこまでも存在が不確かな、はかなげな少女――祟 円が入ってきた。少女は入ると部屋にいる人間に目もくれずにララのそばまで駆け寄った。

 「……………………………ララさん…………………」

 心配そうにララを見つめ、そうつぶやく。

 「……大丈夫だよ、円ちゃん。ララは疲れているだけだから。君のせいじゃない」

 ルウはそう諭すが、円が聞き入れる様子はなかった。まるでララは自分が面倒をみると主張するかのように、ララのそばから離れようとはしない。

 「いいかい、たとえララに何かがあったとしても、君のせいじゃないんだ。なにも君が気に病むことないんだよ?」

 円はふるふると首を振ることで否定した。

 「……………私が存在しなければ………ララさんは…………」

 「僕はそういう考え方嫌いだよ。君が悪いわけじゃないのになんで君が自分の存在を否定するのさ。……そんなこと言ってるとララが怒るよ?」

 そう言われるととたんに円は口をつぐんだ。

 「………………でも…………私はここから動かない………………………ララさんの面倒は、私が見る………………」

 しかし、それだけは円の中で曲げることのできないことだった。ララがこうなったのも自分のせい、だから付き添ってあげなきゃ……そんなかわいらしい考えだった。

 「……はあ。しかたないなあ。じゃあ、僕らは遊んでいるからしっかり頼むよ、ララのこと」

 そう言うとルウはさっさと部屋を出て行ってしまった。下でサラを待たせていることを思いだしたせいだが、それに気付く可能性のあった人間はすでに眠っている。

 「……ねえクレア、私たちもいかない?」

 沙耶が重たい空気に耐えきれなくなったのか、そう言った。

 「……そうね」

 円の気持ちをくみとって、クレアはそれに同意した。沙耶を連れて下まで行く。

 「……ミリア姉ちゃんはどうするの?」

 リリーが訊いた。リリーとコトリはここに残るつもりだった。今日はララと一緒に泳ぐ約束だったのだ、彼女がいないのに遊ぶわけにもいかないだろう。

 「今日は単独で遊ぶわ。たまにはアゲハに母親らしいことしてあげたいし」

 寝起きなのか不機嫌そうに顔をしかめているアゲハの手を引いて、ミリアは部屋を出て行った。

 「……みんな結構ドライなんだね……」

 リリーがそう恨めしそうに言ったが、コトリも同じことを思っていた。

 まあ、眠ったまま目覚めないとなるとそれはみんなここにいるだろう。しかしララは眠ると言っただけなのだ。とくに心配することでもないだろう。

 ……つまり、彼女たちが人一倍ララのことが心配なのだろう。

 「………………ララさん………………」

 円はどう見ても心配しすぎだが。

 











 パシャパシャと、水が跳ねる音がする。

 キャーキャーと、楽しげに悲鳴を上げる声がする。

 いつもと変わらない、いつもの海水浴場。

 そして、彼女たちも例にもれず楽しんでいた。

 「……あった!」

 クレアが暑そうなコートを羽織ったまま、砂浜から何かを拾った。

 「なになに?何拾ったの?」

 隣にいるスクール水着の沙耶が興味たっぷりに訊いた。

 「これ?……なんだろう?武器じゃないからわかんない……」 

 クレアが手にしているのは、星のようでどこか生物めいている白い物体……つまり、ヒトデの死骸だった。きれいなのには変わりないが、正体を知ったらあまり触りたいものではないだろう。

 クレア達は今日は海に入るのもそこそこに、宝探しをしていた。砂浜を探って、いろんな奇麗な宝を探そう、という子供らしい遊びである。宝と言っても貝殻だとか、今拾ったヒトデの死骸だとか、そんなものばかりなのだが、二人はとても楽しそうに砂浜を探している。

 「ねえねえ、これなんかきれいじゃない?」

 沙耶が手にしているのは、きらきらと光る何かの破片。

 「それ、ガラスじゃない。危ないわね……」

 たまにそんな海に似つかわしくない物まで拾ってしまうのも、クレアたちは面白かった。

 「てことはまた係員さん?」

 「そうね。行ってきたら?」

 「うん!」

 沙耶は嬉々とした表情で海の監視員のところに駆け出した。

 海は未だに人が多いが、昨日ほどではない。まだ朝だからだろう。今ここにいるのは近くに住んでいる人間と、クレア達と同じように近くの旅館やホテルに泊まった人たちだけだ。それでも百人近くいるのだから、人が夏に海を求める情熱を感じれるというものだ。

 クレアが海を眺めているうちに、沙耶が戻ってきた。手にはなにか光るものが。

 「ねえねえ!きれいなの拾ったよ!見てみて!」

 そう言って差し出したのは、ペンダント。銀のチェーンと、装飾品のちりばめられたペンダントトップ。あまりに豪華すぎてクレアたちがつけても背伸びした子供にしか見えないだろう。

 「……それ、どこで拾ったの?」

 そして、こんなきれいなのが落ちていて、あまつさえ拾ってきた、などと……一歩間違えれば泥棒である。

 「そこに落ちてたの!とにかくクレア、つけてみて!きっとにあうよ!」

 沙耶は止めようとするクレアを無視して豪華なペンダントをつけようとする。

 「ま、待って!私には似合わないから、沙耶がつけてよ!……それに、拾ってきたのは沙耶なんだし」

 クレアがしつこく断ると、沙耶はそれ以上しつこくつけようとはしなかった。

 「……じゃあ、私がつけるね」

 そう言ってチェーンをかぶるようにして首につける。大人ようにつけられたものなので、子供である沙耶の頭ぐらいなら十分通るのだ。

 「……え!?」

 チェーンが沙耶の首に収まったと同時、変化が起きた。

 「!!!何よこれ!?」

 クレアは何が起きたのか理解できず、叫ぶばかり。

 「………え?」

 変化が終わると、沙耶の首に豪華なペンダントはもうなかった。

 沙耶の首に代わりに巻かれていたのは、黒くて分厚い拘束や隷従を示す――













 首輪、だった。

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