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第6話〜笑顔〜

 次の授業は、体育だったはず。

 それなのになぜ、私の生徒はここで倒れているの?

 4年3組担任、小藤楓はクレアが横たわるベッドを見ながらそう思っていた。

 楓は保健室からのクレアが倒れたという連絡を受けて、ここに来たのだった。今はクラスは自習、という形をとっている。

 楓はベッドのそばにある丸椅子に腰かけている。隣には、クレアの手を心配そうに握っている黒月沙耶がいる。

 「ごめん、ごめんね。思い出したくないことだったんだね。ごめんね」

 沙耶はしきりに、そう言って謝っている。

 この状況で沙耶に『どうしてこんなことになったの?』と訊くわけにもいかず、ただ座っていることしかできない。

 「ん……」

 クレアがうっすらと、瞼を開けた。

 「クレア!」

 沙耶は声をあげて喜んだ。彼女の瞳には、涙の痕がうかがえた。よほど心配だったのだろう。

 「……さ、や?」

 上半身だけベッドから起き上がると、クレアは疑問の声をあげた。

 「クレア、ごめんね。話したくないことだったんだね。無理に訊いてごめんね」

 沙耶は深く頭を下げた。

 「……いいわよ、別に。ちょっと精神が混乱しただけだから。それに、一度思い出したおかげで、整理がついたわ。ありがとう、沙耶。あなたのおかげで、少しは救われたわ」

 楓にはクレアは無理をしているように映ったが、全てが嘘、というわけではなさそうだ。救われたのは、事実なんだろう。

 「そんな……それでも、ごめんね。もう訊いたりなんかしないから、安心してね」

 沙耶は申し訳なさそうに言う。

 会話を聞いている限りでは、クレアが倒れたのはどうやら沙耶が何かを訊いたかららしい。その何かが気になるけど……訊いてはいけないことみたいね。

 楓はそう結論をだすと、もうクレアから事情を訊き出すという選択肢は彼女の中からなくなった。今回倒れた原因を生徒のトラウマを掘り出してまで解明しなければならないことだとは、思えなかったからだ。

 「……ねえ、沙耶。私は、いろんなことをみんなに隠してるわ。名前のことだってそうだし、コートのことだってそう。他にもいっぱい。……それでも、いいのかな?」

 不安そうに、クレアが訊いた。きっと今回のことは、そういった不安から、話さなければ、と思って無理をしたから起こったんだろう。

 「……大丈夫よ」

 答えたのは、沙耶ではなく、楓だった。

 「大丈夫よ、クレア。人間、大なり小なりの隠しごと、生きていれば誰だってできてくるわ。それを言わなきゃいけないなんてことはないのよ。隠したければ隠せばいいの。言いたければ言えばいいの。……でも、今後、倒れるようなこと、やめてね。先生心配しちゃうから」

 最後に微笑んで、楓は言った。

 笑顔。それが人間を癒す最高の表情だと、楓は思っている。

 笑顔にもいろんな種類があるけれど、他人のための笑顔は、人の心に一番届く。

 それを証明するのは、彼女の経験とか、そんなものではなく。

 「……そうね。もう、無理はしないわ。自分のペースで、過去と折り合いをつけていくわ」

 「わ、なんかクレアって大人っぽいね〜!」

 「そうかしら?沙耶こそ大人らしいんだけど……」

 「え〜?そんなことないよ〜!」

 「そうかしら?」

 「そうだよ!」

 この二人が、たがいにたがいを認めあって、

 「くす……」

 「あは……」

 こうやって、数秒前の重苦しい雰囲気を忘れて、

 



 「「あはははははははははは!」」

 




 笑いあえることが、何よりの証明だ。















 私は保健室でしばらく休んだあと、沙耶と一緒に教室へ戻った。

 からりと教室の引き戸を開け、教室に入る。

 「……大丈夫ですか、クレア」

 このクラスの委員長でもある高飛車な女の子、柊風羽(かざは)が意外にもそう言って私たちを歓迎した。

 「ええ。大丈夫よ。少しめまいがしただけ」

 苦しいいいわけかな?とか思ったが、

 「そう」

 これまた意外にあっさりと納得してくれた。

 「……みなさん、あなたのことを心配していました」

 そして急に、何かを話し始める。風羽の顔は少し朱に染まっていて、いつも威風堂々な彼女らしくなく少しうつむき気味だ。

 「しかし、もし大変な病気だった場合、大人数で質問攻めというのもなんですから、代表でクラス委員の私が仕方なく、あなたに訊いたのです。……いいですか、クラス委員だからです。けして、あなたが心配だったからというわけではなくて……いや、その……だからと言って完全に心配じゃなかったかといえばそうではなく……と、とにかく!大丈夫というのなら、この先の授業はしっかりと受けていただきますよ!構いませんね?」

 なるほど、どうやら照れているらしい。普段は高飛車で嫌な性格だな、と思っていたけれど、こうやって顔を真っ赤にしながら威勢を張る彼女を見ていると……その、心の奥がポワッとなる。この感じがをかわいい、ということなのだろうか。

 「もちろん、受けるわよ」

 そんな感情をできるだけ出さずに、私は答えた。

 「フン!なら、いいのです。では、ごきげんよう」

 そう言って風羽は取り巻きたちのところに戻っていった。

 「……じゃ、席に戻ろうか」

 後ろの沙耶に、私は言った。彼女はほっとした表情をしている。このクラスの首領たる彼女と私がもめごとを起こさないか気が気でなかったのだろう。

 「ええ。行きましょ」

 そう言って、沙耶は自分の席について、自習をしようと準備を始める。まだ担任は来ていないので、自習は解除されないままだ。監督教員もいないのでみんな好き勝手やっているのかと思ったら、ちゃんと勉強している。

 ……私もやろうかな。

 私も自分の席についた。沙耶が後ろなので、すぐに話ができるというのが嬉しい。

 ……あ、そう言えば。

 さっきの昔話で、ひとつだけ言い忘れてたことがあったんだ。

 「……クレーシアという愚か者は、ルウという若者に引き取られ、名前をクレアと改め、仲のよい友達や信頼できる家族とともに、幸せに暮らしているんだと、さ。……続く」

 小さく、誰にも聞こえないように気をつけながら、呟いた。










 いくら私でも、面と向かって『あなたのおかげで幸せだ』とは、言えない。

 でも。

 「沙耶」

 私は後ろを向く。

 「なに、クレア?」

 「ありがとう」

 「……どういたしまして」

 ……でも、ありがとうぐらいは、言っておきたかった。

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