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第68話〜解決〜

 ……心が消えていく。

 次々、次々と心の声が消えていく。

 一瞬、心の悲鳴が大きくなったかと思うと、遠く離れた私にも聞こえるほど大きな声で、心が最後の叫びをあげる。

 ――助けて!!――

 それ以来、その声は聞こえなくなる。

 そんな一瞬がいくつもいくつも続き、そしてとたんに一切聞こえなくなる。

 それは全ての敵が息絶えたことを私に教えていた。

 ……きっとまた父親が怒ったんだろう。でなければこんな速度で心が消えていくはずがない。

 私にとって怒った父親は恐怖の代名詞でしかない。

 全てを破壊し、全てを殺し、全てを終わらせることのできる存在。

 普通の父親は怒ったところで何もできないし、私の父親とてその普通の範疇を超える能力は一切有していない。

 けれど、忌まわしきあの道具が父親の怒りの情熱そのままを実現させてしまうのだ。

 自ら奴隷だ、ルウのことが好きだなどとたわごとをほざき純粋無垢な父親をたぶらかす汚らわしき道具。

 あの道具のせいだ。

 ……っ。何を感情的になっているんだ、私は。

 今はその道具のおかげで命が助かったのに、感謝するどころか恨もうとするなんて……

 どうかしてる。

 暗い倉庫に閉じ込められたせいで不安になっていたのかもしれない。

 「………………………助かるのでしょうか………………」

 心の声が聞こえない円は不安そうにつぶやく。

 「………………………………大丈夫、すぐ助かる」

 確信を持って私は言う。

 あまり心を読みすぎてもかわいそうなので私の視線は扉に向けたままだ。あまりに危機が迫ると心は声を発するが、そうでないときは読まない限り心が見えることはない。

 ――さあて、驚かそうかな?――

 不意に、そんな心が見えた。

 「……………………………お父さん、普通に入ってきて」

 私は大丈夫だけど隣にいる円がどういう反応をするか不安だから、父親の冗談をやる前から止めた。

 「む、さすがララ。元気にしてるみたいだね」

 血の匂いをぷんぷんさせた父親が扉を開けて入ってきた。

 私と同じ白い髪は今は赤い模様がまばらにある。

 青い長Tシャツにも赤いしみがあって、さっきまで何をしていたかを物語っていた。

 「…………………あなたは……………?」

 上ずった声で円が訊いた。

 「僕はルウ。ルウ・ペンタグラム。ララの父親さ」

 正直、どう見ても同年齢にしか見えない人間に父親と名乗られるのは気恥ずかしいものがある。

 「…………父親……………ですか……………」

 ――え、でも、ララさんと年齢一緒に見えるけど……――

 まあ、そういう反応が普通だろう。それにしても私の父親というだけで円は警戒心を解いている。それほど血にまみれたこの男は信用に足るように見えたのだろうか?

 「そうさ。僕はまぎれもなくララの父だ。……まあ、外見のことは気にしないで。僕はよく子供と間違われるんだ。さあ、こんなところからは早くでようか。あまり長居したい場所じゃないだろう?」

 優しくほほ笑みかける父親はまるで天使のようだった。血にまみれていなければ、私の心臓も跳ね上がっていたかもしれない。

 「…………………でも…………………しゅう君が………………」

 そう円が言うと同時、

 「ああ、そういえば僕迷ってしまってね」

 急にどうでもいい話を始めた。円はぽかんとなって父親を見る。

 「その道でここみたいなところを見つけたんだよ。君たちがいるのかなって思って扉を開けてみたら……」

 そこで父親は扉の外の私たちから見えないところから何かを引っ張った。

 「……………………うそ……………」

 それは、きを失った少年だった。13歳ごろのあどけなさそうな少年だ。

 ――「しゅう君!」――

 心の声と、円の叫びが重なる。

 今まで平静を保っていたのに、しゅう君なる人物が現れたとたん、それが崩れた。

 「……まあ、これは僕からのプレゼント、というわけで。……さあ、帰ろうか?親御さんも心配してるよ」

 父親らしく、父親はそう言ったのであった。

 














 それからの後日談を少々語ろうかと思う。

 と言ってもそうそう語ることなどないに等しいのだが、まあ、一応。

 助かった私たちはまず旅館に帰って、家族との再会を果たした。私も円も半ば死ぬことを覚悟していたので、家族と会えるのがとてもうれしかった。

 どう見てもやくざの人間に円が抱きついて泣いて再会を喜ぶところを見ると、私もそれをやらなければならないのかと思ったが、そういうことを父親とはしたくなかったのでお礼を言うにとどめた。クレア達に抱きつこうかとも思ったが、彼女たちは寝ていて私が攫われたことすら知らないようだった。

 しゅう君と呼ばれた少年は目覚めるとすぐに円を探し、円はしゅう君が起きるのをみると落お付きにした以上に熱い抱擁を交わした。……きっと恋仲なのだろう、と私は推測する。

 で、サラは父親が赤いしみを体中につけていることを見て戸惑っているようだったが、すぐに慣れたようだ。……慣れたように見せている、といった方がいいだろうか。まったく、そんな気遣いを見せている間があったら早く思いを伝えて恋仲になって結婚すればいいのに。早くサラのことを母親と呼びたいものだ。……まあ、しばらくは無理だろうが。

 そして、私たちは明日からまた海水浴を楽しむのだ。

 攫われたぐらいで家に帰るものか。……円は違うみたいだが。

 もう簡単に死ぬなどと思うような出来事が起きなければいい。

 














 私は切実に、そう思ったのだった。

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