第66話〜攫われた先で〜
「なんですって!?もう見つけた!?」
旅館のルウの部屋で待機していた祟家お嬢様のお付きが、素っ頓狂な声を上げた。
その原因を作ったのは、ルウの伝言を伝えたサラであった。
「え、ええ。それと、早くしないと獲物がみんななくなってしまうよ、と……」
おっかなびっくりにサラは言った。彼女は炎を使う以外はまったく普通(?)の女子高生なのだ。やくざと相対する経験がないため、怯えるばかりである。
「……わかりました。伝言ありがとうございました、サラさん。疲れたでしょう、もうお休みになってはいかがですか?」
サラの中のやくざのイメージと違い、彼は妙に優しくサラに言った。。
「……ありがとうございます……」
事実、昼間目いっぱい遊んだせいかもうすでにサラは疲れていた。男の言葉に甘え、ふらふらと倒れ込むように向かいのクレア達の眠る部屋へと消えていった。
サラがいなくなると、優そうな青年はもうどこにもいなかった。いるのは暴力の祟家、そのお嬢様のお付きの険しい表情のやくざであった。
「さあ、祟ろうか」
祟、その名の由来はまるで呪術のように陰険でしつこく、そして驚異的な力を持っていたからである。そして、お嬢様の次に発言力のある彼が祟ることを宣言するということは、誰かが間違いなくこの世から消えてなくなることを意味していた。
「……あの銀蠅を、地上のゴミを、世界の塵をあるべき場所へと還すのだ。そう、ゴミはゴミ箱へ……な」
暗く、怪しく笑う彼は間違いなく、サラの想像していたやくざそのものだった。
「トレース!」
すさまじい速度で走る中、ルウが叫んだ。
「何だ、ルウ?」
それと同じ速度でついてきているのは、彼の道具、トレーストレスクリスタルだった。
ルウは今車並みの速度で走っているのだが、それについてくるトレースもまたさすがと言えた。
「いいかい、僕は今本気で怒ってる」
口調こそ穏やかで冷静だが、もしここにララがいたら、そのあまりの怒気に気を失っていただろう。それほどまで、ルウはララをさらった連中に怒りを感じていた。
「僕の大切な家族を傷つけて……許せない。許すものか」
一切の余計な言葉を省いた敵意。
「トレース、僕に力を貸せ。能力解放を認める」
「……了解」
ルウはトレースに人でいてもらいたいと思っている。だから彼はトレースの能力を封じるように命じ、普段は人並み以上の力を出せないようにしている。
そして今、ルウが能力解放を命じたということは、ありのままのトレースの力が振るわれるということだ。
そう、万能無限の秘宝、トレスクリスタルの力が。
「許せるものか。殺してやる」
鬼気迫る表情でつぶやくルウに、普段の優しそうな面影はまるでなかった。
私は暗い倉庫で目が覚めた。
周りにいた男たちが倉庫に放りこんでおくかと思っていたから、倉庫だとあたりをつけた。
私は後ろ手に縛られていて、足首でも縛られていた。ずいぶん女相手に用心なことだ。
私の隣にはすでに息絶えた祟の少女がいる――と覚悟してそちらを向いたのだが、心の音が聞こえたのでまだ生きているようだ。
目は閉じられているため、おそらく眠っているのだろう。夢の中でぐらい平和であってほしいものだ。
周りをもっと観察してみる。
暗くてよくわからないが、ただ正面の壁に光が漏れていることから扉があるということがわかる。ここから這って行ったとしても、扉を開けることはかなわないはずだ。これは別段希望でもなんでもない。
次。
窓は天窓があるだけ。月明かりさえも入ってこないところを見ると上に何か乗っているのだろう。あんなところにもし登れたところで上に乗った何かが邪魔だ。これも希望ではない。
次。
コンクリートでできた壁は、非力な私で破れるほど弱くはない。
……自力で脱出は不可能。あとは父親に願いを託すことだけか。
自らの生命を他人にゆだねるのはとても気分が悪い。
もし失敗して死んだら、私は間違いなく父親を恨むだろう。そんな真似は出来るだけしたくない。
父親には本当に世話になった。今の自分があるのは父親のおかげだといっても過言ではないばかりかそれ以外には言いようがない。
「……………ん………」
少女が目を覚ました。不快そうな顔をしながら、周りを見渡す。
――ここはどこ?わ、私はどうなるの?ま、まさか、殺される?――
やはり女の子、こんな状況に立たされて冷静でいられるはずないか。
「……………………………大丈夫、もしもの時は私が身代わりになる」
――……え、そんなことしてもらっても悪いよ……
「………いいです………………私、もう覚悟はできてますから……………」
本当によくできた子だ。こんな状況で他人を気遣える人間は少ない。
「…………………そう。でも、私はきっと身代わりになる」
こんな時、クレアはすごいと思う。クレアの過去の話は聞いていたが、こんな状況が3年も続いて、それで正気を保てるなんて、すごいことだと思う。
……それとも、異常な状況を正常だと思うことで心を保っていたのか?
……今クレアのことを考えていても詮無い。なんとかどこからか打開策を見つけなければ……
「………………あの……………私たち、ってやっぱり………」
――殺されるのでしょうか――
……心配になるのも無理はない。もし父親がこなかったら間違いなく私たち二人は仲良く殺される。……殺されるだけで済めばよいが。
「…………………………心配しないで。きっと助けはくる」
こんな時、年齢の上な私は不利だ。悲劇のヒロインになって泣き叫ぶことすらできやしない。……たとえ一人でとらえられたとして、悲劇のヒロインになるのはまっぴらごめんだが。どうせなるならコメディのヒロインのほうが平和的だ。
「………………そうでしょうか……………」
――本当に、大丈夫かな……?不安だよう……助けてよ、しゅう君――
こんな切実な心の願いを盗み聞きするのは本当に申し訳ないと思う。
「……………………あなたの名前は」
そう言えば聞いていなかったことを思い出し、せめて気晴らしになればと、少女に訊く。
「……………………祟 円…………私、まどかって言います……………」
円、か。いい名前。幸里なんて名前よりはよっぽど。
「………………………………………そう。よろしく、円」
まるで普段となんら変わりない風に、私は言った。こういうときは何気ない一言で安心するはず。
「…………よろしく………ララさん…………」
そして、そのもくろみはどうやら成功したようだ。
ああ、父親早く来ないかな。




