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第65話〜祟とルウ〜

 旅館、琴乃若。ごく普通のありふれた、いい具合にさびれた人気の旅館である。

 けして支障はでないが景観的に少しさびれていて、絶妙に『旅館っぽさ』を醸し出している。

 そしてその一室、リゾートと休息の楽園であるはずの部屋は、二人の人間によって殺伐と剣呑の楽園へと姿を変えていた。

 祟家の一人娘のお付きと、ルウによって。

 「…………ふうん、それでですか。事情はわかりました。つまり僕の娘はあなたたちに巻き込まれた、ということですね」

 淡々と、痛いところをつくルウ。

 「………ね、ねえルウ。こ、この人達あれでしょ?あの、や、や、やくざって言うか………その、任侠っていうか……」

 サラはこの黒服に怯えっぱなしだ。顔は普通の好青年なのだが、いかんせんまとっている雰囲気がリンクやシイナのものに近いため、親近感は湧かない。正直これで顔がいかつかったらサラは裸足で飛び出していただろう。

 「……ま、気にするほどでもないよ。今はただの誘拐された親同士だし、仲良くやっていけるさ」

 気楽ルウは言うが、サラはいつこの男がドスとかチャカとかいう武器を取り出さないか、気が気でない。

 「……それに、拳銃突きつけられて話し合いするのにはなれてるし」

 クレアはよくルウに拳銃を向ける。………まさかその経験が生かされるとは向けた本人も思っていないだろう。ちなみに今クレアは隣の部屋で眠っている。いくら早熟しているといっても小学4年、眠る時間は早いのだ。

 それに加えてみんな疲れているからか、今起きているのはルウとサラだけである。みんなクレアと一緒に眠ってしまった。もっと正確に言うのなら、クレアを寝かしつけようとして一緒に寝てしまったというところか。

 「……さて、どうやって探しましょうか。まあ、僕も草の根を分けて探しますけど……」

 ルウが神妙な面持ちで聞いた。

 「私の部下を使って今探しています。……見つけ次第連れてくるように命じていますので、見つかったら来ると思います。……あ、ご安心を、ちゃんとあなたの分は残しておきますので」

 「ありがとう、感謝します」

 何やら目的語が抜けただけで、不穏当な会話に聞こえるのは気のせいだろうか。

 「えっと、言いたくなかったら言わなくていいけど、『何』を残しておくの?」

 サラはその好奇心を抑えることができず、訊いた。訊いてしまった。

 「ん、それはもちろん――」

 「あのゴミ虫どもに決まっています。………ルウさんだって罰を与える権利がありますから。……あ、道具はどうします?こちらで用意しましょうか?」

 「いえいえ、娘に借りますので。クレアは本当にいろんな道具を作っていますから、人に罰を与える道具だって、いくつもありますよ」

 罰、というよりは報復。誘拐犯がここに連れてこられた日には、この部屋はとたんに拷問室へと早変わりするのだろう。もはや罰を与えるなどという生易しい単語で済ませていいのかもあやしい。

 「……」

 訊かなきゃよかった、とサラは後悔するのであった。















 ルウはララ達が攫われた浜辺を探していた。

 もはやここには彼女達の残り香だってないだろうに、それでもルウは神妙な面持ちで浜辺を探す。

 「……何してんの?」

 その奇妙な行動に、サラが訊いた。彼女は不思議そうに視線を落として何かを探すルウを見ていた。

 「……ん、昔のことだよ」

 視線を砂浜に落としたまま、ルウが語り始める。サラはそれを首をかしげながらも、聞く。 「昔、今みたいなことがあったんだ。その時からララにはもし何かあったときに僕に居場所を教えれるようにする発信機を落とすよう言ってあるんだ」

 ララがいつも着ている白いキャミソールには、居場所を発信する発信機と、その電波を受信する受信機とが仕込まれていて、緊急時には受信機の方を落とし、ルウに居場所を知ってもらう、という理屈だ。今彼が探しているのはその受信機である。

 「……あれがあれば、すぐに彼女は見つかるよ。……何もされてなきゃいいけど、大丈夫かな……」

 「何弱気なこといってんのよ、あんたらしくない。そんなにあの子が攫われたのがショックなわけ?」

 その言葉で、ルウの動きが止まる。

 サラは今回のことさえも、ルウの計算であるような気がしてならなかった。ミリアの時のように、また何か策略しているのでは……そう思っていた。

 「……当たり前だよ。僕はララのことが心配で心配で仕方ないんだ」

 いつも微笑みをたたえている彼の顔に、今は悲しみの表情しかなかった。

 「彼女は人の心が読める。それは人の悪意も伝わりやすいってことだ。自分に対する悪意にさらされ続けてあの子の心に支障がでないか……心配だよ」

 ララは人の心が読めるゆえに、人よりも心にダメージを負いやすいのだ。

 「……ルウ、早く見つけましょう、私も受信機探すの手伝うわ。……どんな形してるの?」

 サラも危機感をおぼえ、砂浜に視線を落とす。

 「……ありがとう。小さい箱の形をしてるから、すぐに見つかると思う」

 ルウも受信機探しを再開する。

 それからしばらく、といっても10分程度砂浜を探し続けると、サラが波打ち際に、月明かりを反射して淡く輝く物体があることに気付いた。

 「あ!これじゃない、ルウ!」

 サラはそこまで行くとそれを拾い上げ、ルウに見せる。

 「あ、それだ!貸して!」

 ルウはサラの手からその小箱をひったくると、それをじっと見つめる。

 「……ここから4キロ南。……いこうサラ!祟の人たちを集めて!」

 ルウはそう言うと、南に向かって走り出した。信じられないほど速く、そして乱れがない。

 「どこ行くのよ、ルウ!」

 「さきに行ってる!獲物とお譲さんは南4キロの廃工場にいるって伝えて!早くしないと全部終わっちゃってるよ、とも伝えといて!」

 あまりのスピードに、ルウもはや声だけになった。

 











 「……伝えろって、もしかして私がやくざに?」

 今度はがっくりと、肩を落とすサラであった。

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