第64話〜動き出す事件〜
夜の浜辺、点々とカップルがいることを除けば無人の空間に少女とララはいた。
少女はどこまでもはかなげな印象を持ち、そして今すぐにでも消えてしまいそうなほど、その存在が希薄だった。
ララはそんな少女を救おうと誓い、今その事情を聞こうとしているところだった。
少女もララも、とても涼しげな顔で向かい合っているが、少女の心中はけして穏やかなものではなかった。
「………………私の……………学校でのお友達………………その子が……………人質に取られてて……………」
人質。その言葉でララは平和な日常が終わりを告げたことを悟った。自ら呼びこんだこととはいえ、後悔の念がないわけではない。
「……………そして………彼らはただ一言、『死ね、そうすれば助けてやる』………………………そう、言いました…………………………」
ララは絶句する。普段から無口なほうだが、あいた口がふさがらない状況というのは珍しいことだった。
「………………………………なんて名乗ってた」
「………………………『あんたの親父につぶされた者』………………とだけ…………」
ララは少しほっとする。また『イノベート』の仕業ではないかと心配していたのだ。
その心配は杞憂だったわけだが、だからと言って少女の不安が消え去ったわけではない。
「…………………………………一緒にその子を探そう」
「………………………え………………………」
少女が言葉を失うのも無理はない。そんな探そうと思って探せるものではない。祟家の力を総動員しても少女一人見つけるのに時間がかかったのだ、少女一人では何年かかることやらわからない。それはララが加わったとしても同じである。
「……………………………………………私の妹に、人探しが得意な子が一人いる。その子を当たれば、見つけれる」
ララにはクレアなら探せると確信していた。吸血鬼の家にいたミリアを探し出し、そして助け出した彼女ならできると信じていた。
そうときまればクレアに言いに行くだけだ、とララが振りむいた時…………
「………………………………誰」
黒服達が、何十人も二人を取り囲んでいた。ララは警戒し、少女をかばうように両手を広げた。
「…………………………大丈夫です……………………私の部下…………です………………」
そう少女は油断しきって言った。少女の中の風景でこの黒服達が存在するのは森に木があるのと同じように当たり前のことで、なんの疑問も抱く余地はそこにはない。
………もし、本当に彼らが祟家の黒服達なら、ララもこうは警戒しなかったはずだ。
「………………………………あなたの部下はあなたをとらえようとするものなの」
心を見透かすララには、黒服達の意図が完全に見えていた。
――この女をとらえて殺せば――
――俺達には一生遊んで暮らせる金が――
そんな黒い意志を見て、ララは一瞬酔いそうになる。しかし、今少女を守れる人間が自分しかいない以上、倒れたりスキをみせるわけにはいかなかった。
「……………………どういうことですか………………………………?」
「………………………………この人達はあなたを殺そうと画策している。味方ではない」
そうララが言うと、黒服達の間にさざめきが走った。
「おい、なんで俺達のこと知ってる?」
リーダーらしき人間がララに詰め寄った。
――まさか、こいつ―
――「俺の心を、読んでいるのか?」――
ララがリーダーらしき人間の声で、そう言った。その言葉は男が思ったことと、一言一句同じだった。
「…………化け物、が………!」
リーダーが何やら部下に指示をした。そうすると、黒服達の間に殺気が走る。
それを少女は感じることはできなかったが、心の読めるララにはひしひしと、殺気以上のより詳しい感情をダイレクトに感じていた。
「………………………………………………化け物は、どっち」
そうつぶやくと同時、黒服達がララと少女に躍りかかった。
「…………………………!!!」
ララは抵抗しようと試みるが、あまりの手の多さに、何もできなかった。
あっという間につかまり、後ろ手に手を回される。
「…………………………………!」
つかまる瞬間、ララは何かを落としたが、黒服達は気付く様子を見せない。
「………………………いや………………………離して………………………!」
少女はララが諦めてもまだ抵抗していたが、黒服達に何か布を口にあてられると、静かになった。少女が意識を失うのを確認すると黒服達は少女を担ぎ、どこかへ連れ去ろうとする。
「………………………………………っく」
ララも口に布を当てられ、意識を失った。
――私はどうなるのだろう?
そんな風に、ララは思った。そう思っただけで、恐怖もなければ逃げようとも思わなかった。なるようになる、そうどこか諦観めいた考えが、ララの中にはあった。
「そんなバカな!!早くあの屑ども捕えろ!拷問しろ!殺せ!早く!急げ馬鹿ども!」
そう口汚く叫んでいるのは、少女のお付きの男だった。冷静沈着の仮面を全力で放り投げ、あらん限りに叫んでいる。
まるで、あの黒服達が完全に想定外だったとでもいうように。
「なぜお嬢様をつけ狙う銀蠅が存在することを感じれなかった!お嬢様はその手の訓練はできないのだぞ!その代わりに貴様ら愚図をお嬢様の周りに張らせていたのに、何たるざまだ!
貴様らお嬢様に何かあってみろ、その首引きちぎって体を引きまわし、街頭にさらしてその醜態を街中に知らしめてくれるわ!とっとと探せゴミ虫ども!あの存在するのもいかがわしい地球の塵どもをとっと探して、苦痛という苦痛を味わわせ、死という死を経験させてやるのだ!
それもできないというのなら、われらゴミは一族郎党一人残らずこの海に沈んでもらうぞ!さあ、早くしろ!」
指示をしながらまるで訓練中の軍隊のように罵声を浴びせる彼に、部下は戸惑いながらも従っている。
少女の敵を見逃した落ち度が、そうさせているのかもしれない。
「やつらを殺せ!ゴミを掃除したところで、ほめられこそすれ罪にはならん!とっととみつけて掃除しろ!排除しろ!お嬢様を守り抜け!」
あの少女をさらった黒服達は、祟家の人間ではなかったのだ。黒服を装い、少女をさらいやすくするための変装だったのだ。そのことに黒服達が少女を眠らせ、さらう一瞬前まで気付かなかったという事実が、彼らの熱意を上げているのだろう。
「…………すこし静かにしてくれませんか?娘たちが寝ているので………」
「殺せ!殺せ!砕け!ヤキを入れろ!………って、君、なんの用かな?」
少年が声をかけると同時に、仮面をかぶりなおせるその意思には感服ものだが、もうすでにその少年は叫び声を聞いていた。
「…………あの、攫われた人って……祟家のお譲さんですよね?」
「だったらどうしたというのです?子供はそろそろ眠る時間ですよ、こんなところでいていいのですか?」
あくまで冷静に、男は少年を引き返そうとする。
「いや、協力させてください。どうもうちの娘も一緒に、攫われちゃったみたいで………」
少年、ルウ・ペンタグラムは優しそうにそうほほ笑んだ。




