第63話〜暴力の祟〜
祟家。
古来より武によってこの琴乃若をおさめ、現在もその暴力の力を駆使し、街の中心となっている――
という、設定のもと、造られたのが祟だった。
柊、帝、祟の俗に言う三家は、おもに頂点の一家、そして頂点に従う二家で分かれている。
その力は絶大で、暴力は世界の中でも随一だが、祟家が頂点に立つことは古来においてもなかった。
しかしその暴力という力の性質上、祟家が一番発言力を有するのは当然の成り行きというものである。
祟家の造りは基本的には極道、やくざを変わりはないが、犯罪行為を一切していないということで大きな差異がある。彼らは暴力を振るう相手をけして間違わないのである。
そんな祟家だったが、今現在彼らにはほかの両家には絶対に言えない秘密があった。
家の根幹、党首のことである。
祟家党首はほかの両家の党首とはわけが違う。暴力を統括する立場に生まれたのだから、幼い時よりその腕を磨く。ひたすら戦闘術や殺人術を教え込まれるのである。模擬戦闘から、実際の戦闘まで、さまざまな訓練を修めて初めて、祟家党首を名乗ることが許されるのだ。ただ党首の家に生まれればいいというわけではない。できそこないは殺されこそしないが追放され、一般の生活を強いられることになる。
そして先代祟家党首、祟 若土は歴史上でもたぐいまれなる才を持っていた。
戦闘技能はもちろんのこと、人心掌握にもたけていて、すぐに部下の忠誠心を極限まで高めた。そして暴れ馬のような祟を完全に統括し、それだけでなく史上初めて三家の頂点を祟家にするほどの能力を見せた。
しかし、そんな若土も齢四十にして何者かに暗殺され、この世を去った。
あまりにも唐突過ぎる死に、誰もが耳を疑い、自らの頭の不調を信じた。しかしどれほど否定しても若土が死んだという事実は動かせない。
呆けていても時間は過ぎる。祟家の人間はすぐにでも新たな指導者が必要だった。
そして、若土の子供はたった一人。歴代の祟家党首は何人も子供がいるのに対し、若土だけは一人しか子供がいなかったのだ。
それだけでなく、その子供はまだ十二歳になったばかりで、訓練も初めたばかりの年頃だった。
その子供が成人し、祟家を引っ張っていけるようになるまで待っていたら、家は崩壊してしまう。優秀すぎた若土の後釜に正統後継者以外の人間が居座るなど、忠誠心の高い祟の人間は考えもしなかったのである。
しかたなく、その子供を祟の党首に選び、その子の補佐を大人がやるということで一時は決まった。
しかし、問題は山積みだった。
その子供は病弱で、とても祟の厳しい訓練に耐えれるような体ではなかったのである。
それだけでなく、子供は全てのことに無関心で、祟のことに興味を抱かず、治めようともしない。
年端もいかぬ子供を三家党首の会議に出すわけにもいかず、学校に通わせ、教師と一緒に離れで勉学に励ます以外、大人達はなにもやることがなくなった。
子供は勉強はまじめにやるらしく、成績はどんどん伸びていった。
そして、ようやく大人達が指導者としてなら祟家に十分ふさわしいかもと希望を見出した時だった。
その子供が、『死にに行きます、さようなら』と書置きを残して失踪した。
とたんに祟家はパニックになった。
唯一の希望を見出したと同時にその希望がついえたようなものだ、彼らの絶望は計り知れない。
幹部の人間は総じて部下に子供を探すように命じ、そして普段はめったに前線に出ない彼らも、率先して探しに出た。
街という街を探し、宿という宿を探し、家という家を探し――
まるでつい最近のクレア達のようであった。探す人数ははるかにこちらの方が上だが。
何日も何日も探しても見つからない子供についに大人達は諦めかけていた。
もう、死んでしまったのではないだろうか。
そう、誰もが思った。その時だった。
「海へ行ってるみたいです!」
そう、部下の誰かが言った。
その言葉に、祟家の人間はまた希望に満ちた表情になる。
「じゃあ、さっそくお嬢様を……」
「まちなさい」
今すぐにでも保護しようとはやる部下を、幹部が押しとどめた。
「お嬢様はおそらく何か事情があってあのような奇行に走られたのでしょう。その事情も察しずに不用意に近づいて手首を切られても困ります。………しばらく、その事情を遠くから見守りましょう」
そういう彼は、子供の一番のお付きの部下で、よく頭が切れた。子供のことを慮るその心意気だけでなく、監視させることに抵抗を抱かせない言い回しをすぐ思いつくあたりも、周到と言えた。
「………では、一週間ほど、見守りましょう」
その決定に誰もがうなずき、反対する人間は誰もいなかった。
これが、つい一週間前のことである。
そして今日夜10時、事は動き出す―――――




