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第62話〜夜の浜辺で〜

 昼間にぎわっていた海も、夜はめっきり客は減る。

 しかし、カップルたちには大盛況である。

 浜辺に座ってみればその理由がわかるだろう。

 前を見れば広大な夜の海が見え、上を見れば幾千幾万の星と灯りをともす月が見え、横を見れば恋しい彼/彼女がいる。

 どこを見てもうっとりするほどきれいで、なおかつそれは恋人も楽しめる。最高のデートスポットと言えるのではないだろうか。

 たとえ一人でいたとしても、海の魅力は消えはしない。

 前を向いて寄せては返す波と戯れてもいいし、上をみて無限の宇宙に思いを馳せてもいい。浜で砂に絵を描くのも面白いかもしれない。こちらはいささか子供じみているが。

 広大、流麗、それが海。昼間はその恩恵にあずかり、夜はその美しさを全身で感じる。

 それを楽しむために、海のそばに旅館があるのだ。

 「……………………………ここにいた」

 しかし―――

 「………………………あなた、誰」

 楽しむ、という以外の目的で今ここにいる人間も、少なからずいる。

 その人物は、短めだけれどこの夜でも十分に映える銀の髪を持っていて、瞳もその色と同じで、銀色だった。

 昼は冒険してラフな水着に挑戦していたが、今はいつもの普段着、純白のキャミソールだった。このまま寝巻にも使えるため、服装に頓着しない彼女としては便利でこの服を重宝している。

 彼女の名を、ララ・ペンタグラムといった。

 他人の心を盗み見ることのできる、特異な少女。

 ララに話しかけられた人物はひどくはかなげだった。

 波打ち際でララの方を向き、彼女を観察――いや、ただじっと見ている。ほほ笑んでいるはずなのに、そこにはかすかな悲しみの色さえあって、それが彼女のイメージをより一層はかなげなものにしていた。

 黒髪の長髪で、瞳は夜に同化する黒という自己主張の激しい色のはずなのに、その13歳ごろの少女の印象は『はかなげ』以外に変わることはない。

 存在しているはずなのにどこか存在を感じれない。

 輪郭があるはずなのに、それがぼやけて見えるような錯覚さえ起きる。

 少女は小首をかしげる動作をした後、ララに向かって一言、

 「………私が誰か…………?…………それが一体………………誰にわかると………言うのでしょう………」

 声もか細く、注意して聞かなければ今すぐにでも消え入りそうなものだった。

 本当に人間だろうか?

 ララがそう思うのも、無理からぬことだった。 

 「……………………………………………あなたは人間。それはあなたの心が証明している」

 感情の抜けた、いつもと変わらない口調。それを少女は不思議に思った。

 「……………ねえ…………どうしてそんなに…………心を消そうとするの…………………?

 …………………そんなに心は…………………いらない?……………」

  少女の問いは、ララの心を大きくかき乱した。

 「…………………………………いらない。心なんていらない」

 いつになく真剣に主張するララの声には、何の感情の色もなかった。あるとするなら、無職の雪のような白だろう。

 「…………私は心が好き…………誰もが持っていて……………誰一人として同じものはないから……………………でも、あなたはどうして……………いらないなんてこと言うの…………………?」

 「……………………………………なぜ、ここにいるの?あなた、なぜここに来たの?」

 少女の問いには答えず、ララは問い詰める。

 少女はしらばっくれたように首をかしげると、ただ一言まるで人ごとのように、

 「…………私は死にに来ました…………ここで、海で果てるために……………………………」

 ララはそれを聞いても何も動じない。それは言葉よりも少女の心の中の方がよっぽどはっきりと感情が詰まっているからだった。

 つまり―――深い悲しみと、諦め。

 海で果てたい、そう思うほど少女の状況は切迫しているのだろうか。はかなげな印象もそのためなのだろうか。

 「…………………なぜ諦めるの?」

 少女の悲しみの心にたまらなくなってララが訊いた。

 「……………………………あきらめるしか……………ないからです………………あきらめないと、あの子にも、迷惑が…………………」

 その時、淡く切なく少女の胸が痛んだのを、ララの目ははっきりと見た。

 ララも少女につられて胸が締め付けられるように痛んだ。

 少女は恋をしているのだろう――『あの子』という誰かに。

 ふと――おかしなことにララは気がついた。

 年端もいかぬ少女が死に場所を選ぶ状況なんて、不治の病ぐらいなものと見当をララはつけていたがそれだと少女の諦めにはつながらない。

 ――まさか。

 と、ララは今度こそ気付いた。

 はかなげな少女の体がかすかにふるえていて、そして少女はそれを必死で隠そうとしていることに。 

 「……………………誰があなたを狙っている?」

 そう、ララが訊いた瞬間。

 ――――どうしてこの人は私のことを知っているんだろう?

 発せられるはずのない声が、ララの耳には届いた。

 それは、とても澄んで、突き抜けるような高さの美しい声だった。

 「……………………………あなたの名前を教えて」

 「………………それは………………言えません…………………」

 ――――祟なんて名前出したら、すぐに逃げらちゃう。………そんなのはしたくないなあ。さびしいから………一人で死ぬのは嫌だから………

 そんな声を、またララは聞いた。

 「……………………………祟家の人間。大丈夫、私は逃げたりしない」

 ――――!!!なんで、この人は私のことがこんなにわかるんだろう?

 「私はあなたの味方。一体誰に狙われているの」

 少し強く、ララは言った。

 「………………」

 ――――もしかしたら、助けてくれるのかな…………だったら、助けてほしいよ………もう、こんな生活やだよ……………助けてよ………

 少女の無言のSOSを、ララは確実に聞いた。そして、まったく、微塵もかけらも迷わずに、言いきった。

 「……………………………助ける。絶対に助けて見せる。だからもう、安心していいよ」

 それは、ルウがララを娘にする時に言った言葉と変わらないことを、ララは言ってから気付いた。

 














 ――助けて、見せる

 ララは胸中で、たしかに誓う。

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