第60話〜前日の話〜
夏休み――
私は最初からそれがとても楽しみだった。
お父さんの話を聞いたからでもあるし、お母さんが学校生活で一番楽しいのは夏休みだって言っていたからでもあるし、なにより沙耶と遠出の話しで盛り上がったからであろう。
あっという間に訪れた終業式の日、終礼が終わってからの教室でランドセルを背負った沙耶がこんな話を持ちかけてきた。
「ねえクレア、夏休み一緒に遊ばない?」
そこで私は誰かと一緒に遊んだことが一度もないことに気付いた。
一緒に何をして遊ぶのだろう。
「……いいわよ」
興味の湧いた私はそう答えた。研究好きの私は興味のあることは研究しないと気が済まない性質なのだ。
「じゃあ、どっか遊びに行こうか!」
沙耶が満面の笑顔で訊いてくる。
「どこかって、どこに?」
私は遊びに行く時の相場なんか全く知らないので、そう訊くしかなかったのだ。
「う〜ん、この時期はやっぱり海、かなあ……」
「………海ぃ?」
海に行って何をするというのだろう。宝探し?海竜狩り?船で外国?
「なんでそんな不思議そうな顔するの?」
「え、だって海で何するのよ」
「泳ぐにきまってるじゃない!」
………え、泳ぐ?
「……それだけ?」
「うん!楽しいよ!私も毎年行ってるけど飽きないもん!一緒にいこ!ね?」
「……お父さんに訊いてみる」
その時私は、そうとしか言えなかった。
んで、その日の夕飯のときにその話を切り出した。
「へえ、君が友達とねえ……」
友達と海に行っていい?と訊いたお父さんの反応が、これだ。
「いいの?悪いの?」
「いや、悪いとは思ってないよ、でももったいないなあ……って」
「もったいない?」
「うん、海にはちゃんと行くつもりだったから……」
お母さんがお父さんの言葉の続きを代弁した。
「そうなの?じゃ、今年は水着が無駄にならずに済むってこと!?やった!!」
リリーお姉ちゃんが箸を持ったままガッツポーズをする。
今年は、ってことは去年は無駄になったんだ……
「……………………………海、行く」
短く、でもうれしそうにララお姉ちゃんが言った。顔を赤らめているのはなんでだろう?
「……そういうわけだから、私たちの方にそのお友達が付いてきてもらう、ということでどうですか?」
ミリアお姉ちゃんがそう提案した。
「うん!じゃあ沙耶に言ってくる!」
そうときまれば連絡しなきゃ!
私は椅子から飛び出すように降りると、自分の部屋へと向かった。
「……というわけで明日私の家族と一緒に行くことに成ったんだけど……いい?」
『うん!全然オッケーだよ!……クレアの両親ってどんな人?怖くない?』
ああ、やっぱり気になるかな、そこ。
「大丈夫大丈夫!お父さんは男にしては優しいし、お母さんは子供っぽいけどいい人だよ!」
『そうなんだ〜へえ〜楽しみ!……あ、お母さんだ。じゃ、また明日!』
「うん、また明日7時、私の家に来て!」
『うん!』
ガチャリ。
こんな感じで、約束は取り付けた。
ベッドに横になり、天井を見上げる。
あ〜明日が楽しみ。早く朝がこないかなあ……
こうやって朝を望むのは何度めだろう。お父さんに引き取られてからはとても多くなった気がする。屋敷にいた時は明日なんて来なければいいとか思っていたのに、ずいぶんな変化だ。
……これが幸せ、ってやつかな?
きっとそうなんだろう。
両親がいて、家族がいて、友達がいて、夏休みに自由に遊べる。
こんなこと、屋敷にいた時は想像もしてなかった。屋敷にいた時は生きていることも恨めしくて、なんでこんな目に遭うんだろう、そればかり考えていた。何度も死を望んで、でも怖いからできなくて。
……でも、もう死にたいなんて思わないだろうな。
なんたって、幸せなんだから。




