第58話〜終・家庭訪問〜
「えっとあの、腕が吹き飛ぶ程度って……」
楓がおそるおそる訊く。まるでそれが触れてはならない話題であるかのように。
少年は楓の神妙な態度を気にせず、普通に答えた。
「ああ、冗談ですよ。クレアはおもちゃを作るのが好きでね、しょっちゅう新しいのを造ってはその武器の強さを逐一教えてくれるんです。ふふふ、びっくりさせてすみませんでした」
少年はほほ笑んで言った。
「そ、そうですか。では、私はそろそろ……」
楓が席を立とうとすると、
「あ、送りましょうか?」
少年が優しそうな笑みを楓に向けたままそう提案した。
楓はしばらく悩んだが、
「いえ、心遣いはありがたいですが、これからも回らなければいけないところがあるので……」
そう丁重に断った。
「そうですか。では玄関まで見送らせてください」
少年はそれで気落ちすることなく、微笑みを崩すことなく楓に言った。
「ありがとうございます」
楓はそう言って席を立ち、玄関に向かう。少年もそれに続き、楓の後ろを歩くように進む。楓は玄関まで来ると脱いでいた靴をはいて、微笑みを絶やさない少年の方を向いた。
「今日は時間をとらせてすみませんでした。もうすこし早く済ませるつもりだったんですが……」
「いえいえ、気にしないでください。僕はまだ学生なもので時間だけは有り余ってるんです。今日はどうもわざわざありがとうございました」
礼に対して礼で返す日本の礼節。それを二人はかわすと、
「……では、失礼します」
楓は一礼すると玄関の扉をあけ、不思議な広さのある家を出た。
少年は扉が閉まるまで楓を見送っていたが、扉が閉まるともうそこにあるのは普通の家で、不思議な広さのある家ではなかった。
「……なんか不思議……」
まるで、狐に化かされた気分だった。外から見れば普通なのに、一歩入れば不思議だらけ。それは家も中の住人も同じ。
クレアもそうだが、なにより楓が疑問に思ったのは、父を名乗る少年だった。
「…………なんであんな笑いかた知ってるんだろ?」
少年が絶やさなかった、微笑み。とても自然で、それなりに整っていたが、それは楓がしたような愛想笑いではなく、もっと表面の……何かをごまかす笑い方。
そこまでは楓にも気づけたが、なぜそんなことをしてるのかまではわからなかった。
「……ま、いっか」
不思議と、少年に対する疑問が氷解していった。それは急に、でも不自然ではなかった。
楓は次の家を目指して歩を進めた。家庭訪問はまだ始まったばかりだ。
……なぜ、少年、ルウに対しての疑問がなくなったのか?
その答えは明白だ。
いくら彼女とて、ここ琴乃若の住人であり、トレースの暗示作用を受けていることにはかわりないのだから。




