第50話〜転機〜
エリアが去った後の生徒会室。
「……ルウ?」
トレースの声が響く。今、彼女は隣の部屋で待機していて、ルウには声だけを届けている。
「どうした?」
ルウの声は、普段よりもいくばくか低く、暗かった。
「なんであんなミリアを見捨てるようなこと……」
「ような?違うね。僕はミリアを見捨てたんだ。……それはいくら取り繕っても消えることのない、純然たる事実であり、僕の贖いがたい罪でもある」
この時のルウのしゃべりかたは、トレースのものに似ていた。いや、普段のトレースの口調はルウをまねたものなのか。
「……クレアたちの成長のためだろう?」
「そうだよ。でも、もし本当にミリアが食べられてみなよ。僕はいったいどうやって償えばいいんだろうね。……そもそも、誰に償えばいいのだろう?ミリア?クレア?もっとたくさん?」
「そんなに悩むなら、なぜあんなことを?後悔するぐらいならやめておけばいい」
「いいんだよ。後悔ぐらい、なんでもないさ。僕はミリア達に成長してほしいんだよ。ミリアも、コトリもリリーもララもクレアも。みんな、もっと成長してほしい。人間的にもっと強くなってほしい。今のままでは、ただ共依存しあうだけの、いびつな家族になってしまう。それじゃ、だめなんだ。……なあ、トレース?」
エリアの時や、みんなといるときのような取り繕うような笑顔は一切なしで、悲痛で、悲しげな表情を浮かべ、彼は言った。悲しそうだけれど、今のルウはとても人間らしかった。
「……なんだい?」
「人が一致団結し、成長するには何がいると思う?」
ルウの突然の問いかけにも、トレースは真剣に考える。
「……教育?」
「違うよ。それは『敵』さ。共通の、強い敵。それさえあれば人間はそれを倒すためにあらゆる努力をする。そして、その敵が去った後も、その時築いた団結力と成長は残る。敵のいない世界なんて、安全ではあるだろうけど、どこかつまらないものなんだろうね」
「……かもしれないな。でも、今のはやりすぎではないか?ミリアがトラウマにでもなったら……」
「……大丈夫だよ。僕の娘たちは、うまくやるさ。……そうだ、トレース。サラに頼もう」
ルウは突然、そんなことを言った。
「サラ?なぜ急に彼女が出てくる?」
トレースは不機嫌に言った。トレースはサラのことをよく思っていない。喧嘩した仲だからでもあるが、なによりルウを取り合う(トレースは道具として、サラは恋人としてルウを独占したい)仲なのだ。相いれないのも仕方ないことである。
「彼女は一番ミリアたちのことを思ってる。行動には出さないけど、言動には出てる。……だからね。……………ぼそぼそ」
ルウはトレースの耳に、何事かを囁いた。
「……理解した。では言ってくる。朗報期待していてくれ、ご主人様」
その声を最後に、トレースの気配が途切れる。ルウの命令を遂行しにいったのだ。
「……さて、教室に戻ろうか」
ルウは歩いて教室へと向かった。
私は学校を終えると、すぐに家に帰った。
いつもの道、いつもの風景が、とても長く感じる。早く、早く家に帰ってミリアお姉ちゃん探さなきゃ!
「ハァ……ハァ……ハァ……」
もっと、もっと早く!
景色が流れる。どんどん速度を上げていく。私の体はかなり頑丈なので、少しの無茶はきく。今私はへたな自転車ぐらいなら余裕で抜ける。……でも、まだまだ足りない!
「くぅ……」
学校を出てから全力疾走なので、そろそろ息が切れてきた。でも、もうすぐ家だ、あとちょっと!
「ハァ……ハァ……ただいま!」
ばん!と派手に扉をあけて帰宅をお母さんに知らせる。
「行ってきます!」
ランドセルを放り出し、そのまま家を出る。
「待ちなさい!」
それを、お母さんが止めた。
私は扉に手をかけたまま、顔だけで振り返る。
「なに?急いでるから、早くして!」
「……ミリアはね、リンクのところにいるわ」
その言葉に、私は顔をしかめた。
「はあ!?あの変態!?あんなやつのところにお姉ちゃんいるの!?安心してられないじゃん!居場所わかっても心配ごと減らないし!とにかく、ありがとうお母さん!」
「え、リンクの家知ってるの?」
「知らない!けど、見つけれる!」
私が作った道具の中に、『場所探査機』というものがある。
これは腕時計型の探査機で、動かないものの場所を探すことができる。これが今まで使えなかったのは、『ミリアのいるところ』では動かないものではないため、探せなかったのだ。
「『リンクの家』で探査開始!」
命令ののち、3秒後、その場所が腕時計のディスプレイに表示された。
「……!!!ここから二百メートル!?なんでこんなに近いの!?」
文句をいいつつ、クレアはその場所へと向かった。
「クレア!夕飯までには帰ってらっしゃい!」
サラはそう言って、見送った。
私は、ついにリンクの家、ミリアの居場所を見つけた。
あとは、説得するだけだ。
「……待っててよ、お姉ちゃん!」
もう、二度とお父さんにあんなこと言わせない。だから。
帰ってきて。いや、連れて帰って見せる!




