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第4話〜作文〜

 4年3組の担任、小藤ことうかえでは、普段通りに授業をはじめた。

 (大丈夫、この年頃に本当に悪い子なんていないんだから……)

 それが彼女の持論である。

 子供はだんだん汚れていく。それは今の大人を見ればあきらかだろう。だから、この教育の場で、少しでも汚れないように育ててあげようと、彼女は教壇に立つのだった。

 「さあみんな、今日は作文書いてもらうよ〜!」

 生徒の前では明るく、快活にするのも、彼女の信条だ。例えどんなに嫌なことがあっても、それを教室では出さないようにする。

 原稿用紙を配りながら、彼女はさっき注意を受けた児童――クレーシアを見る。

 「え〜!?」とか「めんどくせ〜!」とか叫ぶクラスメイトを尻目に、一人腕を組んで冷静にしている。

 後ろの席の黒月沙耶に話しかけられても、無視している。……仲が悪いのだろうか?

 実際はそんなことはなく、ただ両親の「授業中は静かにしなきゃだめ」という教えを守っているだけなのだが。それを楓が知るはずもない。

 「はい、みんな原稿用紙ある?じゃあ、今日は将来の夢を書いて、発表してもらいます!」

 そう彼女が言うとさらにざわめきが大きくなる。けれど一部の生徒は鉛筆をとり、書き始める。

 クレーシアもそのうちの一人だ。だが……

 (は、早い……)

 異常な速度で鉛筆を進める。まったく迷わずに、文章を書いている。

 (きっと、大きな夢があるんだろうな……だから、すぐに書けるんだ)

 ほほえましい表情で、楓はクレーシアを見つめる。

 今のクレーシアを見ていると、何か問題があるとは、とうてい思えなかった。彼女は、どこにでもいる、ちょっと冷静な女の子だ。

 楓には、そうとしか思えなかった。

 


 「はい、じゃあ、克樹君、読んでくれるかな?」

 みんなが書き終わったところを見計らって、一番先頭の生徒から発表させていく。

 クラスでも人気の高い男子、神宮克樹はいやそうに立って、原稿用紙に書いた自分の夢を発表する。

 「『おれの夢は、消防士になることです。火事で死ぬ人を、おれはなくしたいからです。おわり』」

 それだけ言うと、「もう十分だろ」と言わんばかりに座った。

 楓も特に何も言わない。

 「よし、じゃあ次の人――」

 こうして、観察第一日目の授業は始まった。








 ついに、クレーシアの番が来た。

 「……はい、じゃあクレーシアさん」

 そう楓が呼ぶと、

 「私をクレーシアって呼ばないで!私はクレアよ!」

 冷静な彼女では珍しく、声を張り上げてそう主張した。

 その勢いに負けて、つい楓は、

 「え、ええ……じゃあ、クレアさん、読んでくれる?」

 と、言いなおしたのだった。

 クレアは呼ばれると起立し、将来の夢が書かれた原稿用紙を読み上げる。

 「では、読み上げます。……『私の夢』。

 『私の夢は、両親に恩返しすることです。

 私の命を救ってくれたお父さんと、私に生きる意味を教えてくれたお母さんから受けた恩を返すことです。

 両親が私にくれた愛情と優しさは、私の知らないものばかりでした。いつも恐怖と苦痛しか感じていなかった私は、両親に出会って、変わりました。

 優しさや愛情は、本の中だけのフィクションではないということを、両親のおかげで知れました。

 今はこの学校に通って、仕事もできないけど、いつか私は向けられた恩に報いたいと思っています。誰かの力を借りることなく、私だけの力で、両親を助けてあげたいです。

 何もできなかった私に、いろんなことを教えてくれた両親に、私は報いてあげたいし、報いるべきだと、思っています。だから、明日をも知れない人生だけど、もし将来というものがあるのなら、私は恩返しがしたいです。家族にお礼がしたいです。お姉ちゃんに恩返しがしたいです。

 ……たとえ、この命を失ってでも。』

 ――以上です」

 そう言って、クレアは何事もなかったように座った。

 (え?え??ど、どういうこと?)

 しかし、彼女の文章は楓の平常心を失わせるのには十分だった。

 (ど、どういうこと?恐怖と、苦痛って……そんなの、嘘にしては現実味がありすぎるし、もし本当だったら……)

 本当だったら、クレアは誰かに虐待されていたことになる。

 それが彼女の両親でないことは、先ほどの文章を見れば十分に分かる。あの文章を読んでいる時のクレアの表情はとても生き生きとしていて、心の底から両親を慕っているということがありありと見て取れた。

 「じゃ、じゃあ、最後、黒月さん」

 できるだけ平静を装いながら、楓は言った。

 クレアの文章の意味がわかる生徒が、この中に何人いるだろうか。

 「え、えと、『私の夢は、看護婦さんになることです。なんでかと言うと――』」

 楓は混乱しながらも、頭を回転させ、クレアをどうするべきか、考えていた。












 ――けれど、楓にはどうしても、彼女の両親が間違った教育をしてるとは思えなかった。

 

  

 


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