第46話〜探しても届かなかったもの〜
「……あ……」
ミリアは朦朧とした気分で目覚めた。異界局の二階、客室。ここは普通の洋室で、何の変哲もない。その部屋のベッドに、彼女はアゲハを守るようにして抱きながら、眠っていたのだ。
「痛っ……」
彼女の眠気を覚ましたのは、染みいるような頭痛だった。
「……つらいわね……」
頭痛がつらいのか、今の現状がつらいのか。おそらく両方であろう。
極度に能力を使いすぎたミリアの脳は、今休んでいる最中である。だから今は能力を一切使えないし、休もうとしている脳を無無理やり動かすため、激しい頭痛におそわれる。
これはミリアが戦闘の度に経験してきたことだが、何度体験しても慣れない。
「……アゲハ……」
あまりの頭の痛みに、ミリアは再び気を失うように眠りについた。
今は朝。
リンクの家に泊めてもらって三日目だというのに、いまだ現状打開策は見当たらなかった。
「……どうしたの、クレア?なんだか元気ないよ?」
「…………え?」
クレアはそう訊かれてはっとなった。
ここは昼休みのクレアの教室。彼女は自分の席について、昼食もとらずに考え込んでいたのだ。それを沙耶が気になって訊いたのだろう。
「なんでも、ないわ。気にしないで」
クレアは訊いてきた沙耶に気丈にそう言うが、内心の焦りは言葉では言い表せないほどであった。
もう、三日……ミリアお姉ちゃんは今どこに!?
父親のルウと口論し、ミリアを取り戻すと息巻いて出て行ったものの、肝心のミリアは一向に見つからなかった。ルウとサラを除く家族総出で街中を探してもいないので、どこかに宿をとっているんだろうと判断し、その日は引き上げた。
次の日、街中の宿屋という宿屋を探しまわり、ミリアを探した。けれど、どこにもいなかった。なら、どこか他人の家に住まわせてもらってるのだろうということで、その日は引き上げた。
その次の日、つまり昨日。街にある家という家を探しまわり、ミリアの存在を確かめようとした。しかし、目的の人物はおろか、目撃証言さえもつかめなかった。
いよいよ、クレアたちはあせってくる。余裕ぶっていたルウでさえ、心配そうにしていた。
どこにいるのだろう?どこにいってしまったのだろう?
昨日の夜、クレアがふと漏らした言葉は、家族にいい知れぬ緊張をもたらした。
『……もしかしたら、攫われちゃった、とか……』
それに気付いた瞬間クレアは夜中の3時だというのにミリアを探そうとしたが、それはルウに止められた。
そして、その次の日、つまり今日。人を監禁しやすい廃墟という廃墟を探すことになった。
……しかし、問題がひとつだけ、あったのだ。
今日は月曜日。学校の始まる曜日である。
最初はクレア達はさぼってでもミリアを探すつもりだった。しかし、それをルウが止めたのだ。
『まさか学校休むつもりじゃないだろうね?僕は嘘なんかつかないし、君たちにつかせるつもりもない。ミリアを探すなら学校が終わってからにするんだ。ミリアを取り戻したいのはわかるけど、学業をおろそかにしてはだめだよ』
この状況でルウに弱みを握られるわけにはいかなかったクレア達は、しぶしぶながらも今こうして学校に来ている。
もう昼なのだが、クレア達はこの時間帯になるまでが異常に長く感じていた。
クレアが考えていたのは、最悪の未来。
もし、ミリアが誰かに攫われてしまった時のこと。
もし、ミリアが誰かに壊されていた時のこと。
もし、ミリアが殺されてしまった時のこと。
そんな暗い未来は、クレアには簡単に想像できた。
もし、ミリアを見つけたとして。ミリアがミリアでなくなっていたらどうしよう……
今飛び出たら、ミリアを救えるのだろうか?
今走ったら、声が聞こえるのだろうか?
今行動しなければ、手が届かないのではないだろうか?
そんな想像が、クレアの中で渦巻いて、焦りの原因となっていた。
「……おねえ、ちゃん……生きていて……」
そんなつぶやきを、沙耶は聞き逃さなかった。
「……なにかあったの?クレア、話してよ。私たち友達でしょ?」
「……ごめん。沙耶、私、話せない。話したら、それが現実になってしまいそうだから……」
それきりうつむいてしまったクレアに沙耶はそれ以上追及しなかった。
「言いたくないのね?別にいいわよ、話したくなったら、話せるようになったら、話してね」
「……うん」
一度は踏み込んでくるけれど、引いたらそのままにしてくれる、そんな沙耶の優しさがクレアには心地よかった。
「ミリア、お姉ちゃん……」
もう一度、決意を込めてクレアはつぶやいた。
同時刻、ルウの教室では。
軽い混乱が巻き起こっていた。




