第44話〜吸血鬼の食事とルウの考え〜
二階にある客室にミリアを案内したリンクは、後始末のためにリビングへと通じる扉をあけた。
「……エリア、お前がいながらなんでこんな風になったんだ?」
リンクが口元を押さえながらしかめっ面でそう言った。
「仕方ないじゃない。娘の初めてのお食事だもの、気が済むまでさせてあげたいじゃない。きっと『イノベート』じゃろくにご飯も食べさせてくれなかったのよ。だからこんなにも食欲があるんだわ」
対する青髪少女、エリアは冷淡にそう言った。エリアはリンク以上に長く生きているくせに『人間はただの食糧』という考えを捨て切れていない。
だからこの血が飛び散り、肉が部屋中に転がっているさまを見ても、被捕食者に対する同情は湧いてこない。
「そんな、お母さん……私、大丈夫だよ、ご飯たべなくても……」
「口元を血で染めあげたお前に説得力ねえよ。つうかこいつマジで生きてんの?どう見たって死んでるだろ」
リンクは部屋を見渡した。
床は赤一色で、ところどころに茶色の木目が見えている。
壁も赤一色で、ところどころに壁紙の白色が見えている。
あまりにも赤いその部屋の中心には、返り血を浴びたサクラと、まったくきれいなままのエリアがいる。
で、サクラに食われた人間はというと。
首から大量の血をぶちまけて、死んでいるようにしか見えない。
しかしときどき思い出したように身体がビクりと跳ねるので、どうやら死んではいないようだ。
「こいつね、なんか吸血鬼の血をどこかで摂取した可能性があるわ。成り立てにしては生命力あるし、吸血鬼にしては体力ないし、どっちつかずのあいまいなやつね。どうする?」
エリアは淡々と、まるで明日の食事のおかずでも聞くような軽さで訊いた。
「……ったく、家出娘もいるんだから、スプラッタは控えてくれよ。俺もあんまり得意な方じゃないんだしさ」
リンクは血を見るのが大好きだ。しかし、スプラッタ、つまり内臓は肉片が飛び散るのはあまり好みではない。
「……リンクが言うなら、片づける」
「はいはい、エリア、片づけてくれ。……お願いだ」
懇願するように上目づかいで言うリンクは、かっこいいより、かわいいという方がしっくりくる。
「うん、もちろ……じゃなかった、し、しかたないわね。サクラをこれ以上血を見せたくないから片づけてあげる。サクラのためよ、絶対にリンクのためなんかじゃないんだからね、勘違いしないでよ?」
使い古されたようなセリフを言いながら、エリアは片づけに入った。
床の血に触れ、数秒。
するとぶちまけられていた血はすべて、きれいさっぱりなくなっていた。
吸血鬼の基本的な能力の一つに、血を操るというものがある。血液を自在に扱い、盾にも矛 に形作れる。今はその能力を使って、エリアのマントの中に圧縮して保存したのだ。この血はいずれ、戦闘の時に消費される。
「ありがとうな、エリア。愛してる」
「……!!!」
さっきのつっけどんな態度はどこへやら、エリアは首まで真っ赤に染めた。
「……そうだな、僕は……ミリアは認めよう。でも、アゲハは認めない」
ルウはそう、きっぱりと言い切った。
ペンタグラム宅のリビング。ルウはクレアに見据えられ、説得された。
それでも、ルウはアゲハを家族として迎え入れることは認めなかった。
「なんで!?なんでよ!私、ちゃんと覚悟を示したよ!?それなのに、お父さんは報いてくれないの!?」
「いつもいつも、努力が結果につながるとは限らないよ。僕はそうやって挫折してきた人を何万とみてきたから、わかる」
言葉に詰まるクレアに、ルウはさらに追い詰める。
「そもそも、よく考えてごらん?アゲハを狂死させる?そんなことしたらミリアが泣き叫んで止めるよ?それを振り切って……つまり、親から子供を取り上げるつもりかい?」
「あっ……」
今気付いたとでもいうように、クレアは短く声をあげた。
「子供を取り上げた張本人がいる家で、君は暮らせるかい?たとえば僕やサラが残酷な方法で殺されたとして、それをやった人間と楽しく会話できるかい?」
「……!」
「ミリアなら恨み過ぎて家族を傷つけないようにするために家を出るだろうね。あの子は優しいから。アゲハも消えて、ミリアも消える。………ね、今と変わらないだろう?」
クレアは絶句して何も言えない。
自分の考えの甘さに、いまごろ気付いたのだ。
敵であったシイナになら、クレアの方法でもかまわなかったのかもしれない。でも、今は家族にも敵にもなる可能性のある存在なのだ。初めから敵扱いしていて、うまくいくはずがないだろう。
ここで、クレアは完全に自分の失敗を悟った。もう、ミリアは家に帰ってこない。
そう、誰もが思った。
「……でもね。僕に一つ考えがあるんだ」
その言葉に、一同は一斉にルウを見た。




