第42話〜クレアの決意、黒服の誘い〜
「……うそだ」
クレアが言う。
「嘘だ!お父さんそんなことちっとも思ってない!」
クレアがルウの言葉を否定する。
「……ショックだな。娘にそう言われるなんて」
そうルウは言っているが、特に傷ついたようすは見えない。
「お父さん、本当にそう思ってるなら、証明してよ!ミリアお姉ちゃんと、アゲハを家族だって認めてあげて!そうしたら、お父さんの言葉も信用できる!」
「それはできないよ。アゲハはこの家にはおけない。家族を脅かす存在は、ここにいてはいけない。君は特別だけどね」
ルウの言葉に、クレアはショックを受けたように目を見開いた。
特別。
その言葉はいつもクレアを傷つけてきた。
特別だったから、屋敷に拾われ。
特別だったから、人殺しをさせられ、そして生き残り。
特別だったから、今、こんなにも苦しんでいる。
いつものクレアなら、ここで激昂し、拳銃を向けていただろう。しかし、今は違った。
今、クレアはミリアを取り戻すために、こうやって口論しているのだ。その目的を見失ってはいけない。いつものように感情的になってはいけない。そういう思いがクレアの胸にあったからだ。
「……もし、アゲハが敵だったら。敵であるとみんなが一様に認めたら」
ルウの瞳を、クレアは見つめた。
穢れのない純粋無垢な瞳、とはとてもいえないけれど、クレアの瞳にはルウにはない息吹が感じられた。
「もし、そうなったら、私が始末をつける。私がアゲハを殺す。……これで、どう?」
「殺す?アゲハは不老不死だよ、一体どうやって殺すんだい?」
「……人が人でいられるのは、記憶と感情、思考があるから。なら、ありとあらゆる苦痛を長時間与え続けれて、それらを破壊すれば、あとに残るのは抜け殻となった身体だけ。不老不死の人間を殺すのは、こうやるしかない」
そのあまりに残酷な方法に、ルウはもちろん、聞いていたサラまでもが目を見開いた。サラ達は身体を塵も残さず滅ぼすことだと思い込んでいたから、驚きはさらに大きくなる。
「……ずいぶんと、残酷な方法だね。それを一体だれがやるんだい?僕はいやだよ、人を狂うまで痛めつけるなんて真似、したくない」
「私がやるわ」
まったく迷わずに、クレアは言った。
「私ならできる。方法も、道具も、それを実行する心もある。……だから、ミリアお姉ちゃんとアゲハを、家族として認めてあげて」
クレアはもう一度、懇願した。
ルウは腕を組み、目を閉じて考える。
もし、アゲハを家族として迎え入れた場合、彼女が『イノベート』の刺客だった場合、そして言葉通りにクレアが彼女を殺害した場合……
それらもろもろを考えて、ルウは答えをだした。
「……そうだな。僕は―――」
……ここ、は?
ミリアは朦朧と目覚めた。
路地裏の壁を背に、正座のまま眠ってしまったようだ。
なぜ、正座なのか。
ミリアは、親子がするようにその膝をアゲハの枕にしていたからだ。
甘えていいと言われたアゲハは、悩みに悩んだすえ、膝の上で眠ってみたいと言ったのだ。
家族という知識を何も知らないはずの彼女が、なぜそのようなことを言ったのか。
それはおそらく、家族とは肌で触れ合うものという想像が、アゲハの中に少なからずあったからであろう。
すやすやとかわいらしい寝息を立てて眠るアゲハの髪を、ミリアがそっと、なでる。
いとおしそうに、本当の家族がするように。
「……アゲハ」
今、ミリアは未来を見ていない。ミリアの能力は使っていると異常に精神力を使うため、普段は未来を見ないようにしているのだ。
こうやって路地裏で寝ることになったのも、未来がほとんど見えていなかったから。
ルウと口論していた時は今の状況が最上に見えた。
しかしその未来は昼の説得のせいで疲れていたミリアが見たものであって、完全な状態での未来視ではない。
だから、ミリアの後悔は一層深くなる。
もし、自分が完全に能力を扱えていたら。
そうすればもっと幸せな未来が見えていたのだろうか。
そうした思考は幾度となく続き、とどまろうとはしなかった。
……だから、気付かなかったのだ。
「……おい、お前、ルウの娘だろ?」
その黒一色に染められた少年に。
「……誰……」
かすれるような声で、ミリアが黒一色の少年、リンクに訊いた。
「俺はリンク。……たしか、ミリアだったよな。こんなところでどうしたんだ?まさか、ルウと喧嘩でもしたか?……って、シイナ?」
「この子は、アゲハよ」
アゲハ、というところを強調して、ミリア言う。
「いや、シイナだって。……まあいいや。とにかく説明は俺んちでやるよ。どうせ寝るとこないんだろ?泊って行けって」
「え?」
普段なら、ミリアはけしてついていかなかっただろう。
いくらリンクがルウの友人といっても、ミリアは彼をほとんど知らないのだ。警戒するのが当たり前だろう。
しかし、今は状況が違った。
ルウと別れ、アゲハと暮らすと決めても暮らすあてがないのが事実。
そんななかで。
リンクの誘いはまるで、天使の導きのようにも聞こえた。




