第41話〜加速する疑い〜
「……おかあ、さん……」
ミリアのかたわらにいるもと『イノベート』、アゲハがかすれた声をあげた。
「……大丈夫。私は、間違っていないわ」
ここは琴乃若の路地裏。ミリア本人は適当な人目につかないところに入ったつもりだったが、くしくもそこは、昼間にサクラとリンクが邂逅した場所であった。
昼間ならぶちまけられた血のリが路上に見えるが、夜ではただのシミにしか見えない。
「お母さん、どうして私を捨てなかったの?捨てても、よかったんだよ?どうせ、終わるいのちだったんだから」
「……おとうさ……ルウさんが、言っていたの。『命を拾うということは、その命の未来を握るということなんだ。責任を持たなければ、その命を冒涜するのに等しい。だから、一度拾った命を自らの都合で捨てようとしてはいけないよ』って。私はそれを信じて行動してるの」
そう気丈にミリアは振る舞うが、その内心は穏やかではなかった。
激しい悲しみが彼女の胸中に席巻し、今は現状の打開策すら見えてこないのだ。
「……私はあなたを育てるわ。捨てたりなんかしない。だから、安心して甘えていいのよ?」
「そんな……」
こんな路地裏で甘えろと言われてもそれはどだい無理な話だろう。
「ここでずっと暮らすわけじゃないんんだから、大丈夫」
そう軽く言ったけれど、ミリアはできることなら今すぐにでも泣きだしたかった。
ルウとの仲違い……それはミリアが見た未来の中でも最高の未来だった。
もし、さっきのように出ていかなければシイナは家族全員から敵視され、そう遠くない未来に殺されていた。
もし、ルウを納得させようとすれば、サラとクレアに反対をくらってもう二度と修復不可能な状態になっていた。
口論になり、その結果ミリアが家を出ていく……
それが、ミリアの能力が導き出した最上の未来であった。
ミリアは、今日まで直接『イノベート』と相まみえたことがなかった。
それは、『イノベート』がどのような組織であるかよく理解できていないということでもある。
ルウは数多くの家族を、サラは自身の親友を、クレアは自分の命を、傷つけられた。
クレアやララ、リリーやコトリたちでさえ、『イノベート』によい印象を持つ人間はいない。どころかシイナがクレアを殺したことによって、コトリとリリーは憎悪の対象としてしか見ていない。
ミリアは、その事実を知らなかった。未来は見えても、その人物の心情まで見えるわけではない。アゲハを仲間に引き入れるということは家族を敵に回すことだと、アゲハを引き取ってからミリアは悟った。
いくらその時戦闘の疲れでほとんど能力が使えなかったからといって、彼女らしいことではない。
「……アゲハ……」
彼女の心は後悔と、それを感じている自分を戒める心のみ。
家族にののしられ、斬られる未来、自分の一言で家族がバラバラになる未来、目の前でアゲハが殺される未来……
そのすべてを見た彼女に、現状を変えようとする気力はもう、なかった。
「……ずっと、いっしょよ?」
そのミリアの言葉はアゲハには、呪詛のようにも聞こえた。
一方、ルウの家では。
「お父さん、どういうつもり!?なんでミリアお姉ちゃん追い出したりなんかしたの!?」
クレアがルウに突っかかっていた。
クレア以外の人間はある程度はミリアの勘当に納得しかけていて、特に反論しようとはしなかった。
むしろ、ルウにあたるクレアの方を意外に思っている。
「……君はシイナに殺されたんだろう?痛かったろう?苦しかったろう?それを君に与えた人間の仲間を、君は家族にできるのかい?一緒にご飯を食べて、一緒のお風呂に入って、一緒の家に寝て、そんなことができるのかい?」
ルウは今回だけはけして譲ろうとしない。いくらクレアが言っても、考えを変えようとはまったくせず、クレアの説得に努めている。
「たしかに私を一度殺したのはシイナだし、最初は間違った。でも、一度会ってみて、話してみたら全然違う!私を殺したのはシイナ。でも、アゲハじゃない!アゲハはもう『イノベート』じゃないんだ!家族一人新しく増えるぐらい、別にいいじゃない!」
「家族が増えるのは構わないよ。それがほかの家族に害を与えるから問題なんだ。僕の家族に手出しはさせない。それは僕がミリアを引き取ったときに決めたことだ。誰にも変えさせはしない」
「なら、私も追い出しなさいよ!」
「……なんだって?」
クレアの急な言葉に、ルウはいぶかしげな顔をした。
「君が出ていくことはないよ。君は家族を傷つけようとはしないし、『イノベート』でもない。……どうしてそんなことを言うんだい?」
クレアはその言葉に、自分のことをまるで理解してくれない、と感じた。
「私は生きるためならなんでもやったわ!苦痛を我慢することだって、この体を好きにさせることだって、人殺しだっていとわなかった!もし、私がつかまって、精神的にも肉体的にも絶対に従うしかない、と感じたらお父さんたちを殺せと命令されたとしても従うわ。……こんな私は、家族失格、でしょ?」
クレアはミリアと自分の生き方、考え方を認めてほしかったのだ。
生き残るためにはプライドも感情も人間性さえ捨ててきたクレア。その生き方はいつか家族に迷惑をかけるかもしれない。その時、それでも家族として認めてくれるのだろうか……。
クレアはそれが知りたくなってしまった。
ミリアはただ放っておけないだけだったのに、それを否定したルウを見て、本当に家族として生きていけるか不安になったから。
「…………そんなこと、ないよ」
疑いを持ったクレアの瞳には、ルウの言葉はやけにしらじらしく聞こえた。




