第39話〜戦わずして得たもの〜
それからしばらく、二組の間で雑談とも言い合いともとれる会話が続いた。
生徒会の面々はその様子をほほえましく見つめながら、平和になった世界を感じていた。
一番最初に帰宅したのはララだった。
「………………………………私はもう帰る。暗くなったから」
ララの言葉で、みんなは一斉に外を見る。
すると、いつのまにか外は真っ暗で、街灯のみが灯りとなる夜になっていた。
「……ララが帰るなら、僕も帰るよ。サラ、君はどうする?」
「もちろん、帰るわよ」
そう言って二人はララと一緒に生徒会室を出た。
「……さて、食事に行こうか、サクラ」
「ふぇ?食事って?」
「きまってる、吸血鬼が血を吸わないでどうする。一から手取り足とり教えてやるからついてこい」
バサリとマントを翻すと、リンクはすでにそこにいなかった。
「ふ、ふぇ?ああ、もう、お父さん……」
ふっ、と、サクラの姿がぶれたかと思うと、リンクと同じように、姿が消えた。二人で人間を襲いに行くのだろう。
目の前で人間二人が消えて、クレアは少し茫然としたが、すぐに気を取り直して、
「……て、あれ?止めなくてよかったの、コト姉ちゃん」
と、訊いた。
「いいじゃない?殺しはしないだろうし」
「……そっか。じゃ、リリーお姉ちゃん、コト姉ちゃん、一緒に帰ろう?」
クレアはリリーとコトリの手を取って、生徒会室を出ようとする。
扉の前まで来ると、クレアは振り返り、
「トレースはどうするの?」
と、一人たたずんでいるトレースに訊いた。
「……お気づかい、感謝。しかし、ボクの持ち場はここなんだ、離れるわけにはいかなくてね。キミは家へ帰って、家族団らんを楽しむといい」
優しく、まるでルウのようなほほ笑みをたたえて、彼女は言った。
「う、うん……」
特になにも言わず、クレアは生徒会室をあとにした。
一人残されたトレースに、感情の色は見えない。
「……さて、もうひと頑張り、だな」
背をん〜、と目いっぱい伸ばして、息を吐く。
生徒会室の机に座って、彼女はもくもくと作業を始めた。
ルウ、サラ、ララ、コトリ、リリー、クレアの五人は帰宅すると同時に、絶句することになった。
その原因は、ミリア。
「紹介するわ、お父さん。この子はアゲハ。私の娘で、あなたの孫よ」
正確には、その傍らにいる黒髪黒眼の少女だった。
別に、ミリアが子供を連れてきたことに驚いているのではない。
その少女が、どこからどうみても昼間襲ってきたシイナにしか見えないからだった。
これに真っ先に反応したのは、シイナに死ぬ思いをさせられた、クレアだった。
「あんた……!何の用だ!私を殺しといてその家族に取り入るなんて、正気!?今すぐその狂った頭吹き飛ばしてやる!」
小学生のちびっこい体には大きすぎるほど無骨な拳銃を迷うことなくシイナに向ける。
向けられて、シイナはピクリと反応するが、具体的に何かしてこようとはしない。
「あ、あんた、い、一体どうやってミリアお姉ちゃんに取り入ったの?まさか、洗脳?許せない、殺してやる!」
しかし、クレアが引き金を引けなかった。
シイナに対する恐怖が、昼の戦闘で植えつけられてしまったのだ。
「大丈夫よ、クレア。この子はアゲハ。シイナじゃないわ。もうシイナじゃなくなったの」
震える手で拳銃を握るクレアに、ミリアがそう言った。
「ほ、ほんとうに?」
「ええ」
知性を感じさせるミリアの瞳に、曇りはない。それがクレアにそれが真実であることを悟らせた。
「ほ、本当だったんだ。……ごめんなさい、アゲハ」
「うん、よ、よろしく」
アゲハも急に家族が増えたことで緊張しているのか、声も震えている。
「……ここに住むことになるのですが、いいですか、お父さん」
「構わないよ。よろしく、アゲハ」
新しく住人が増えることにまったく異を挟まないのは、こうなった経緯をある程度予測していたからだろうか。ルウもクレア同様まったく何も聞かされていないのだが、ルウは普段と変わらず平然としている。
「……よろしくおねがいします、おじいちゃん!」
勢いよく頭を下げたアゲハに、ルウはぽかんとなる。
「……おじい……ちゃん?」
「え?違いましたか?お母さんのお父さんはおじいちゃんだってお母さんから聞きましたけど……」
「……いや、違わないさ。ただ、心の準備が足りなかっただけで……」
ルウのたじろぎも仕方ないといえよう。
外見15歳で、精神年齢もそれに近いのだ。娘には慣れていても、孫にはなれていないのだ。
「……とにかく、説明してよね、ミリ姉」
リリーの言葉に、玄関に立ち尽くして茫然としているみんなは同意した。
「……わかりました。では、リビングでお話しましょう?」
ミリアの誘いで、ようやく凍っていたルウ達は動き始めた。




