第37話〜戦いが終わって〜
――――――玻座真学校、生徒会室―――――
保健室で沙耶を見送ったあと、クレアはすぐに生徒会室へと向かった。
廊下を小走りに進み、すこしでも早く生徒会室に向かおうとする。
――みんな、無事かな?
それを一刻でも早く確認したくて、クレアは足を速める。
廊下を進み、生徒会室の荘厳で無駄に大きな扉に辿りついた。
――お願い、誰もいなくなっていませんように――
もし、誰か一人でもこの世からいなくなっていたらどうしよう。
死んでしまっていたら、どうしよう?
駆け巡るいやな想像を頭を振って払う。
――大丈夫。きっと、みんないる。
そう確信すると、クレアは少し背伸びして、扉のノブに手をかける。
重厚な扉の開く音とともに、クレアは生徒会室に入った。
「やあ、クレア。生還おめでとう」
そう皮肉に言ったのは、白い髪のトレース。
「お帰り、クレア」
そう優しくほほ笑んだのは、ルウ。
「疲れたでしょ?もう休んでもいいのよ?」
そう気遣ってくれるのは、サラ。
「……お父さん、お母さん。……ただいま」
そう言えることが何よりうれしい。
ただいま。その一言を言えることがこんなにも嬉しいことだったなんて、気付かなかった。
「……こ、こんにち、は……」
「……だれ?」
気弱にクレアに話しかけたのは、青い髪の少女。ルウやサラ達よりも一回り小さくて、とても弱そうな印象の女の子。
「わ、わた、わたしは、しい……じゃなかった、サクラ、フラウ……ジェイド、です。よろしくお願いします、クレア……さん」
そう言っておそるおそる手を差し伸べてきたサクラに、クレアは握手した。
「よろしく。私はクレア。……って、なんで知ってるの?」
「あ、あの……りん、じゃなかった、お父さんが、その、あなたのこと言っていたから……」
「人づての話でよく私だってわかったわね?」
クレアがそう訊くとサクラは、
「え、あの……『生徒会で唯一の小学生だ』っていってたから……わかりました」
えへへ、と恥ずかしそうにはにかんで答えた。
それはともかくこの人本当にだれなんだろう?とクレアが疑問に思った時だ。
「クレア。サクラはさっき俺の娘にした元『シイナ』だ」
そう言ったのは、全身を黒マントで包んだ黒ずくめの少年、リンクだった。
「あ、あの時の変態!なんでこんなところに!」
クレアは叫びながら、サクラをかばうように前に出て、スタンガンを取り出して空中放電して威嚇する。リンクはそれにまったく怯えずに、景気よく笑った。
「ハハハハハハハハ!さすがだな、クレア!迷わず俺に向けてくるか!サクラ、よかったな!クレアはお前を恨んでないんだってさ!」
「な、なに言ってるのよ!なんで私が見ず知らずのサクラに武器向けなきゃいけないのよ!」
リンクが何を言ってるのか理解できずに、クレアは叫ぶ。いきなり生徒会室に現れた闖入者に驚くと同時に、なぜ誰も何も言わないのだろうと不安になる。そして、そんなクレアにおかまいなしに、衝撃的な事実をリンクは言った。
「いいか?こいつはサクラ。元『イノベイター』のシイナ・レイル・ジェイドだ」
「!?」
リンクが誰だかわからないまま、サクラがシイナだと告げられたクレアは絶句して、声もでない。
「……う、嘘。なんでこんなところに『イノベート』が……」
「わ、私、もう『イノベート』じゃない……です。足抜け……しました」
クレアに疑いの目を向けられる前に、サクラはそう弁解した。
「……そう、なんだ。………………うん、サクラはもういいわ。問題はあんたよ!誰よあんた!いい加減名乗りなさい!」
クレアはなぜルウ達がおとなしく静観しているのかが不思議だった。親しい間柄なのだろうか?と一瞬思ったが、そうなれば挨拶もなしというのはおかしいのではないだろうか。
なんてことをクレアが考えているうちに、リンクは堂々と名乗りあげた。
「ん?俺か?俺はリンク・ソル・ジェイド。弱点という弱点を克服し、不老不死の体を持ち、伝説ともいわれ、世界によってはあがめられることも多々あるという……吸血鬼のうちの一人だ」
「きゅ、吸血鬼!?そんなものが実在するはずが……」
「は?異世界人+特殊能力持ち+高校生の両親+60人近い兄弟姉妹のお前にだけは言われたくねえ。お前、俺よりよっぽどファンタジーの世界の住人じゃねえか。まあ、『純粋無垢で危なっかしくて家族が心の支えで弱々しいイメージの清純派ヒロイン』のナリして性格どす黒いし、言動こそおとなしいが言ってることは物騒だから、そういう少女小説には出れそうにねえがな。つうかお前こんなことじゃヒロイン張っていけねえぜ?」
痛いところをグサグサと刺され、クレアはたじろぐ。
そこに、今まで黙ってみていたコトリが、クレアの変わりに反論した。
「いいえ、クレアは今のままでも十分ヒロインになれます!あなたは知らないだけで、ちゃんと『萌え要素』はあるんです!」
……それはフォローになっているのか、となぜ誰も突っ込まないのかがクレアには不思議だった。
てか、『モエヨウソ』ってなに?燃えるのはお母さんじゃないの?
漢字が違う、とそばで見ていたララは思ったが、口には出さずにいた。
大事な妹がオタクの道を歩み始めたら大変だからだ。
アニメ・マンガに夢中になるのはコトリだけで十分だ。クレアにはもっと教養のある……
などなど、一端のお姉ちゃんらしく心配するララをよそに、コトリはリンクにその知識を全開していた。
「いいですか、クレアはまず起きるところからして萌えるのです!起きてすぐの寝ぼけ眼で普段みせない年相応の純粋さで『……おねえ……ちゃん?』とかやられてみなさいよ!一発でおちるから!そして、クレアが寝ている姿はもうそれはそれは食べちゃいたくなるぐらいかわいいの!わかった?これだけあれば、ヒロインはやっていける!素材がいいし、なにより根が素直!それもポイント高い!」
「……なあ、それ、ほとんどクレアの意識が不確かな時、だよな?普段はどうなんだ、普段は」
「う……」
そう指摘されて言葉に詰まるのもどうかと思うが、クレアはそんなことよりも、コトリに今後どうやって寝室に入られないようにするか一生懸命考えているところだった。
ちなみに、『ヒロイン』だとか、『萌え要素』だとかの特殊な単語の意味は不明のままなため、会話の意味がほとんど理解できなかったクレアであった。
「クレア!な〜におちこんでんの?そりゃあの二人はひどい言い草だけど、クレアのことが嫌いなわけじゃないよ?」
考えこむクレアに、元気になったリリーがお姉ちゃんらしく訊いた。
「あ、リリーお姉ちゃん。私、別に落ち込んでなんかいないよ。意味がわからないからちょっと怖いかな、とは思うけど」
何を言われているのかとても興味があるのだが、コトリ達の話の内容は一朝一夕でわかるようなものではない、ということは肌で感じた。
「ま、わからなくても大丈夫!悪口は言ってないし、どっちかというと『どれだけクレアがかわいいか』ってことを話してるだけだから」
「え゛……」
それはそれで怖いものがある、とはコトリも近くにいるため言えなかったが、それでも少しだけクレアはコトリから距離を保つように2、3歩離れた。
「……あ、そういえばミリアお姉ちゃんは?」
できるだけコトリ達の言い合いを耳にいれないようにするため、ふとした話題をリリーに振る。
「私は知らないよ。……まあ、すぐに来ると思うから、ゆっくり待っとこう!」
「うん、そうだね、リリーお姉ちゃん」
そう言って納得したクレアを、サクラは物珍しそうに見ていた。
「ん、なにサクラ?」
その視線に気づいたクレアは声をかけるが、
「……な、なんでも、ありません」
と、会話を断ち切るようにサクラは答えた。
「……ま、いいけど」
クレアも特に気にはしない。
戦闘が終わり、平和な時が、過ぎていく。




