第36話〜小さな疑問〜
――――――――私立玻座真学校――――――――
「――――て」
声が……聞こえる……
「―――きて」
私を呼ぶ、声が聞こえる。
「―ヤ、起きて」
この声は、クレアのだ。
優しくて、でもとても不思議な、私の友達。
「沙耶、起きて」
私は、目覚めた。
「……沙耶、起きた?」
玻座真学校、保健室。白一色の部屋のベッドで眠らされていた沙耶の顔をのぞき込みながら、クレアが言う。
「……ふえ?」
沙耶が目を覚ますと、自分を覗き込むクレアの顔があったのだ、驚くのも無理はない。
「……え?ここ、保健室?……今、昼休み、よね……?」
沙耶がおっかなびっくりにクレアに訊いた。
「沙耶、もう放課後よ。ずいぶん寝ていたのよ?昼休みにいきなり倒れられたからびっくりしちゃってさ。大慌てで保健室に運んできたのよ。……ねえ、最近寝不足なんじゃない?夜更かししすぎたの?」
沙耶は未だ眠気がさめきらない頭で少しづつだが理解し始める。
「……えっと、つまり私は気絶するように眠ったってこと?」
「そうよ。ほんとおどろいたんだから。あんまり夜更かししすぎたらだめよ?」
「あ、うん……」
沙耶は夜更かしなど身に覚えがないのだが、眠ったという事実がある手前、言うに言えない。
ふと、クレアの体を沙耶は見回し、あることに気付いた。
「……あれ?クレア、ちょっと服汚れてない?ところどころ黒ずんでるよ?」
クレア愛用のコートに汚れがあったのだ。
ところどころが濡れたように黒ずんで、シミのように固まっているようにも見える。このとき沙耶が背中に回れば、もっと大きなシミが見えたことだろう。
ほんの軽い気持ちで言った沙耶だったが、言われたクレアは気が気でない。
「……え?そ、そうかな?私、普通だと思うけど……?」
必死になってごまかそうとしているのがばればれだったが、沙耶にはクレアがどうして汚れを隠そうとしているのかがわからない。
あ、もしかしてお茶こぼしちゃったとか?
そんな推測を否定する材料が今のクレアにはなかった。
だから沙耶はそれだと確信し、フォローするように言った。
「大丈夫だよ。それぐらいの汚れ、私気にしないから」
「……汚れ?……ああ、うん!汚れ!ちょっとコーヒーこぼしちゃって!」
「そうなんだ。私もよくやっちゃって、いっつもお母さんにおこられるの」
まあ、クレアの汚れは本当は血であり、大量の血を見たことがある人間ならばそれが血が固まってできた汚れだとわかるのだが、致死量に至る出血など普通の小学4年生である沙耶が見たことがあるはずもない。
そのおかげで、クレアは事なきを得た。
「あ、そうだ。一人で帰れる?私、これから生徒会あるから一緒に帰れないんだけど……」
「あ、いいよクレア。生徒会の方を優先してよ。私もう子供じゃないんだから一人で帰れるって」
大してさびしそうにはせずに沙耶は言った。
本当はさびしい。でも、生徒会じゃあ仕方ないんだ。
……あれ?なんで仕方ないんだろう?
ふと、沙耶はそんなことを思った。
しかしすぐにその思いは霧散して、さらにそれを振り払うように勢いよくベッドから降りた。
「……っと。じゃあね、クレア」
「うん。……また明日」
「また明日」
沙耶はそう言って保健室を出る。
早く明日にならないかな。
沙耶は子供心にそう思った。その思いはさっきとは違い、消えることはなかった。




