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第35話〜危機回避〜

 「ねえ、私の娘にならない?」

 その問いに、一瞬シイナの中の時間は止まった。

 完全に思考を停止させ、そして数秒。

 「……は?」

 シイナが言えたのはそれだけだった。

 娘になる、ということの意味が理解できなかったのだ。

 シイナに『家族』という概念は、ない。

 『イノベート』が彼女達に余計な仲間意識を持たせないため、意図的に知らせなかったのだ。

 娘の意味はわからない。

 しかし。

 ミリアが自分を救おうとしてくれていることを、シイナは十分に理解できた。

 「……な、なんだよ、それ?」

 もし、ミリア以外の人間だったらこの質問の意味を履き違えたかもしれない。

 なぜなら普通の人間にとって『家族』という言葉や『両親』『娘』『息子』という言葉はあって当然で、あることを疑わない。

 だから、シイナが『娘』とは何を意味することなのかと訊いていることは、絶対にわからない。

 「娘っていうのはね、私と一緒に暮らして、私と一緒にすごして、私と一緒に学校いって、そうやって、『一緒』の時間を増やして、お互いのことをわかりあって、そして新しいことを見つけていくためになるのよ。何も知らなくていい。何もわからなくていい。これから私と一緒に、家族と一緒に学んで、知って、わかっていけばいいことなのよ」

 「……一緒に、過ごす……それが……家族?」

 シイナはまるで子供のように訊く。

 「ええ。それが家族よ。……もう一度訊くわ。




 ――ねえ、私の娘にならない?」

 シイナは、絶句した。

 自分の知らない価値観を、自分の知らない何かを、家族になれば知れる?

 私の中にあるこの罪悪感は、薄れてくれるのか?

 それは興味。

 知性をもった生物なら誰もが抱く原始的な感情。

 もし、家族になったらどうなるのだろう?

 『イノベート』に帰らなくても生きていけるのだろうか?

 ミリアと暮らしても、幸せになれるのだろうか?




 これで、助かるのだろうか?


 

 疑問がどんどん膨れあがっていく。けれど、不思議なことにミリアと『家族』になることに対する否定的な言葉は出てこなかった。

 だから、シイナは差しのべられた手を伸ばして、ミリアの手を握る。

 そして、恥ずかしがりながら、それでも勇気をだして言う。













 「……………よろしくお願い、します……………………」















 この瞬間。

 琴乃若に侵入してきたシイナとの戦闘はすべて終結し、しかけられていた爆弾はすべて、リンクとエリア、そして娘のサクラによって取り除かれた。

 戦闘と危険が去ったのち、トレースの魔法は自動的に解除され、琴乃若で眠りについていた人々は目を覚ましはじめる。

 目を覚まし、そして立ち上がりしばらくしてやっと、人々は意識を覚醒させる。

 眠っていた、という事実も忘れているためかすかな驚きはあるものの、それは『あれ、ちょっとぼーっとしてたかなあ?』以上のものはなく、いつも通りに時間は過ぎる。

 いつの間にか過ぎていた時間にも大して気に留めることもなく、ただ、普段通りに。

 琴乃若全土に危険が迫っていたことなどかけらも知らずに、人々は生活を続ける。










 琴乃若の危機は去った。













 







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