第34話〜戦うよりもつらいこと〜
―――――悲しき決着と同時刻、柊、帝家、庭園――――
その空間で、戦闘はまだ行われていなかった。
この世界の有力な権力者、柊と帝、両家合同の庭で、ミリアとタクトはシイナと向かい合い、無言の応酬を続けていた。
この庭はそうとうな広さがあるが、芝生の整備はきっちりとなされている。
ところどころに生えている樹木はそのどれもが有名な庭師によって手がけられたもので、庭の美しさを際立たせていた。
そんな統制のとれた庭の中、薄着のミリア達だけがこの整頓された庭に唯一ある不自然なものであろう。
両者の間は5メートル。戦闘が始まれば、この程度の距離などあってないようなものだ。
「……なぜ……お前たちは攻撃してこない?」
ミリア達よりさらにに不自然な存在であるシイナが、ミリアたちに訊いた。
「私は『未来視』のミリア。……だから、もし攻撃した場合の未来も見えているわ。そして、私がこう発言した時の未来もね」
ミリアは、十年以内のすべての未来を見通すことができる。
しかし、彼女はこの能力を戦闘以外ではあまり使おうとしない。
未来とは定まっていることなく、刻一刻と変化する。
たとえばもし明日死ぬ『誰か』がいたとして、ミリアがそれを『誰か』に伝たら死ななくなる未来が見える可能性もあるのだ。そんな変わり移ろい、とどまることを知らない未来は、ミリアの神経を大幅に削っていく。
普通の人間は現在しか見えていないが、それでも生きるのに精いっぱいなのだ。それに加えて未来などという変化し続けるものを見続けるということは、常人以上に彼女の脳と精神を傷つけ、緩やかな死に誘っていく。
だから、よっぽどのことがないかぎり、ミリアは未来を見ない。
しかし、今は戦闘中なのだ。多少の無理でもしないと、非力なミリアは生き残れない。
だからミリアは今現在、自身の限界を感じていても未来を見ることをやめなかった。
ミリアがあまりしゃべらないのは、それをした時に変わる未来を見るダメージをすこしでも少なくするためだった。
「……私はあなたのすべてを理解しているわ。たとえば、あなたが時間稼ぎにここにいることも、使い捨てのクローンだってことも、そして……あなたは本当は戦いたくなんかない、ってことも」
その言葉には、隣にいたタクトはもちろん、シイナまでもが驚いた。
「……なぜ、お前がそれを?それは『イノベート』の人間でなければ知らないことだぞ?」
戦いたくない、というところをわざとぼかして、シイナは訊いた。
「未来とは現在の延長でしかないの。そして、未来が見えるということは、現在が見えるということと同じ。今どうすればあなたと事を交えずに済むか……それがわかるから、私はこうやってここにいるの」
そろそろ疲労が隠せなくなってきたのか、ミリアは荒い息をつき始めた。
「いい、よく訊いて。商店街に行ったシイナも、学校に行ったシイナも、路地裏で暗躍者達を監視、および保護をしていたシイナも、みんな死んだわ。今残ってるのはあなただけよ」
この時、ミリアの脳裏に浮かぶ未来は、父親――ルウの旧友、リンク・ソル・ジェイドが、青い髪の幼いイメージを持った女の子の肩に手を置いて、『これが今回の件で俺にたてついてきたシイナだったやつだ。今は俺の娘、サクラ・フラウ・ジェイドだがな』とミリア本人を含めた家族全員に紹介しているシーンだったのだが、それを直接言ってしまって取り返しのつかないことになる未来が見えたので、その部分だけ嘘をついた。
「ねえ、もうやめましょう?ここで戦っても、世界は滅ばない。無駄死によ?私も戦うつもりなんてないから、ねえ、もうやめて――」
そう言って手を伸ばしたミリアを、シイナはにらみつけた。
「ふざけないで!私はもうどうしようもないんだ!『イノベート』に作られてから教えられ続けた作戦は意味をなさず!そして仲間はみんな死んで!のこのこ帰ったところで『不良品』扱いで『青髪』とおんなじような目に遭う!そして、この上戦うのをやめろ!?
やめたくても、戦いたくなくても戦うしかないんだよ!お前ら『ペンタグラム』の誰か一人でも殺さなきゃ、私の存在はこれから先『イノベート』で否定され続けるんだ!そんなのはいやだ!『青髪』みたいなことにはなりたくないんだ!」
必死になって言うが、それでもほかのシイナのように、突撃したり、攻撃したりはしない。
『イノベート』ではシイナたちには戦うことこそが使命だと『教育』される。『イノベート』に従っていれば幸福で、死ねば天国へいける。従わなければ不幸になり、地獄に堕ちる。
そうやってシイナ達は言われ続け、教えられ続けてきた。
そんな、子供のころに刷り込まれた価値観とはそう簡単に変わることがなく、意思や行動、果ては人格など絶対的な支配力を持つ。そして、その価値観に従ってほかのシイナ達は行動し、クレアやルウ達と戦い、死んでいった。
しかし――このシイナは、違った。
使命と言われ、戦って死ぬことこそが最高の死に方だと教え込まれても――
このシイナは、戦うことを拒否した。拒否したけれど、その意思を実行に移せないでいた。
しかし、それが実行できないのも彼女が『イノベート』であるから。
そして――そんなことは、ミリアはもうとっくに見ていた。
だから、さっきの血を吐くような独白だってもうすでに聞いていたし、そうなるように誘導した。
けれど、一度聞いたことだからと言って、ミリアの胸の痛みが消えることはなかった。
それはまるで、自分のようだった。
刷り込まれ、その考えに縛られて、身動きができなくなる。
そんなのは、間違っていると気付いていても行動に移せない。この考えこそが間違っているのだと、自分を自分で否定することの苦痛。
それはすべて、ミリアが直に体験したことであった。体験し、悩み、迷い、何もできなくなった。
しかし、ミリアは今はその思考から解放されている。
解放されたきっかけは、ほんの、些細なこと。本当に簡単なこと。
だから、自分も、それに倣った。
「私が助けてあげる。私が守ってあげる。
――――だから、私の娘にならない?」
そう、ミリアを救ったルウ・ペンタグラムのように、ミリアはシイナを救おうとしているのだった。




