第31話〜舞台裏〜
―――――琴乃若、どこかの路地裏――――
男が一人、路地裏で暗躍していた。
目立たなくするためか黒服に身を包み、背を丸くして昼でも暗い路地裏をこそこそと進んでいるが、そのいでたちはかえって目立っていた。
……まあ、今この場では目立とうが目立たまいが、怪しむ人間などいないが。
なぜなら、今この世界の人間のほとんどが眠りについているからであった。
そんなことを聞かされていないのか、男はこそこそと行動し、そして適当な場所にあたりをつけると、しゃがみこんで四角い箱のようなものを地面においた。
これは世界を崩壊させる切り札、プラスチック爆弾である。彼の仲間も今頃、いろんなところに散らばって爆弾をしかけているはずである。
地面に置いたプラスチック爆弾に信管を取り付け、スイッチ一つで爆発するように仕掛ける。もちろんこのスイッチを押すのは男や男の仲間ではなく、今現在この世界の守り人と奮戦している『イノベイター』、シイナ・レイル・ジェイドの複製だ。
「……ふう。これで――」
「これで……なんだ?」
すべての作業を終え、一息つこうとした男の後ろから声がした。
「!!」
男はバッと後ろを振り返る。
すると、そこには男と同じくらい、いや男以上に黒く、怪しい少年がいた。
年のころは16ぐらいだろうか。黒い髪に、黒い瞳。彼は全身を覆うマントを着て悠然とそこに立っていた。
「君はだれだ?こんなところでなにをしている?なぜ起きているんだ?……『イノベート』か?」
少年に矢継ぎ早に訊かれても、男は答えなかった。意図的に無視したのではない。恐怖で答えることができなかったのだ。
その少年の後ろに、巨大な鎌を携えた青い髪をした少女がにらみを利かせているのを、男は見たからであった。
あまりにも美しく、そして即座に死を連想させるほど、その少女は禍々しかった。
「なあ、答えろよ。『イノベート』なんだな?そうだな?オーケー。排除してやろう。今の俺は『人の話を聞かずに話を進めるような性格』だからな。君の返答は求めちゃいないんだ。残念だったな。いや、残念でもないか?いや、どうかな?」
「リンク。殺していい?」
いろいろと悩むリンクと呼ばれた少年に、少女がサラリとそう言った。
その時の表情はどちらかといえば喜んでいるような節さえあって、それが男をさらに恐怖のどん底に陥れる。
「だ〜め。俺はまだ訊きたいこといっぱいあるんだ。なあ、俺の質問に答えてくれるよな?答えるよな?答えろよ?この世界には何人できた?」
リンクの口元には、鋭い八重歯が二本。その後ろの少女――エリアが携えるのは、死神の鎌。
その二人が発するあまりの圧倒感に、そう強くない意思はあっさりと折れ、情報を吐こうと口を開いた。
と、その瞬間。
プシッ
ひどく近くでその音が鳴ったのを、男は聞いた。
何の音だ?
そう不審に思いながら、許してもらえるように口を開いて、情報を――
「……君、誰にやられた?敵、つまり俺らの仲間にか?いや、それはない。こんな方法で殺すようなやつ、俺の仲間にはいない、となると……君の仲間か?いや、そうだ。そうでなければおかしい。……エリア、気をつけろ!」
しゃべろうとした男は、リンクのセリフに疑問符がいくつも付く。
……え?
何を、言っている?
「……おい、こいつまだ生きてるぞ。……楽にしてやる、少し待ってろ」
何のことだ?
おい、まてよ、なんで剣を俺に向ける?
おい、待てって、情報をやるから、見逃して――
そんな命乞いは、永遠に言葉になることはなかった。
どさり、と男の体が力を失うのを見届けると、リンクは珍しく気を張り詰めてあたりを見回す。
「エリア、気をつけろ。暗殺術を身に付けた敵の刺客だ。……来るぞ」
エリアが身をひるがえし、地面にしゃがみ込む。
その上の空間をヒュッ、と何かが通り抜けた。
「……そこ!」
リンクが虚空に手を伸ばし、目の前にいる何かをつかむ。
すると、今まで何もなかったリンクの目の前に、一人の少女が現れた。
その少女の髪は青色で、瞳は黒色だった。顔立ちもえら整っているが、自信のなさそうな表情が、彼女の印象を弱めていた。
彼女の、手術に使うような小さなナイフをもった右手はリンクの手に掴まれており、その切っ先は寸分たがわずリンクの喉笛に狙いをつけていた。
「……っ」
掴まれた、ということを悟ると少女はおびえたように身をすくめるが、すぐに気を取り直し、リンクの首にナイフを突き込もうとする。
「……っ。君だな?この男の首を掻き切って殺したのは。仲間なんだろう?なぜ殺した?口封じか?そうなんだな。でも、無意味だ。俺は正直君ら『イノベート』に興味はない。あいつに訊いたのだって単なる確認だ。いいのか?そんな理由で仲間を殺しても?」
先ほどの男は、すっぱりと喉を切られて絶命していた。それをしたのがこの少女だと最初は気付かなかったが、エリアも一瞬反応しきれないほどの速さを彼女が有していることがわかると、すぐに理解した。
この少女はタダものではない、と。
「……リンク、こいつは私が殺すわ」
エリアは基本的に殺しは仕事でしかしたことがなく、仕事中のエリアはほとんど快楽殺人気に近い性格に豹変している。
そのため、今のように私怨で殺そうとすることは、例外的に珍しいことだった。
「……だめに決まってんだろ」
リンクが真剣に、『自分本来の性格』でエリアに言う。
「エリア。お前もう耄碌したのか?こいつは俺らの娘だぜ?」
その言葉に驚いたのは、なにもエリアだけではなかった。




