第29話〜戦闘、琴乃若商店街の場合〜
―――玻座真学校校庭での戦闘終了と同時刻、琴乃若商店街―――
「ククク……クハハハハ!その程度か!まったくもって弱い!聞いていた噂以下じゃないか!」
琴乃若の商店街。ここはすでに戦場と化していた。悪魔の翼を背に生やし、宙に滞空しているシイナに、ルウ、トレース、サラが攻撃している。
ルウ達の攻撃は一度たりとも外れることはない。けれど、それが決定打になることもない。
生身の人間ならば何度も死んでいるはずなのに、シイナは倒れることなく宙にいる。落とすことすらできない。
「……っ!」
サラが歯噛みしながらもシイナを焼く。
常人ならば悲鳴を上げる間もなく焼失するほどの威力を持った火炎が、シイナの全身を包みこむ。
「ククク……クハハハハハ!それだけか!?もう火炎には馴れてしまったぞ?まだやるのか!?クハハハハ!」
燃え盛る火の中で、シイナは不敵に笑う。
その笑い声がしばらくして途絶える。
が、すぐに全てが元通りになったシイナが変わらずにそこにいた。
「くっ……何よこいつ!ぜんぜん効いてない!?」
「効いてるけど、すぐに回復するんだ!……トレース!あいつの不死性を排除して!」
双剣を携えたルウがトレースに命令する。
「了解。ご主人様」
トレースはそう短く言うと、万能の秘宝としての能力を発揮する。
「シイナ・レイル・ジェイドよ。キミは吸血鬼ではない!」
その声は世界に響き、命令通りにシイナの体を吸血鬼ではないものに作りかえる。
「ククク……無駄だ、トレース・トレスクリスタル!私の能力は万能の道具なんかでは変わらないぞ!?」
もう不老の吸血鬼ではなくなったというのに、不敵に笑うことをやめないシイナ。
「……なにを!キミなんかボクにかかれば!」
トレースは一気にシイナのいる上空に跳び上がると、大ぶりの双剣十字架の双剣を振るった。
「『十字架の戦舞』一の剣、『十文字斬り』!」
名前の通りに縦、横と斬り裂き、シイナの体を四分割する。
血が吹き出、トレースにも返り血が浴びせられる。
もし、トレースの命令通りにシイナの体が変わっていたら、シイナが生き返ることはない。
「……終わったよ、ルウ」
トレースは地面に軽やかに着地すると、ルウの方を向いてそう言った。
人殺しが嫌いなルウは苦い顔をしていたが、それでもトレースを責めることはなかった。
「ククク……どこがどう終わったのか……ぜひとも聞かせてくれるかな?」
「!!!」
トレースは振り返る。
ルウもサラも、その光景を見て目を見張る。
シイナの体が、再構成されつつあったからだ。
「……君はなぜ、生き返れる?トレースの能力に逆らえる存在なんて、あるわけが……」
「ククク……誰が逆らった?確かに私は吸血鬼ではなくなった。しかし!それは自分から望んでやったことなのだ!自分の意思で人間になった場合なら、私はまた再び吸血鬼になれる。トレースの命令は一度きりだったからな。世界を欺くのもたやすかったよ!ククク……クハハハハハハ!」
「……そんな……」
トレースは愕然となった。
命令が無効化されたわけではなかった。世界に命令を成し遂げたと誤認させられただけだった。
……つまり、トレースは命令の仕方を間違えたのだ。
『キミは吸血鬼ではない』
この命令は一過性のものでしかなく、一度吸血鬼でなくなれば、あとのことまでは命令されていないため、シイナは人間になったあと吸血鬼になれたのだ。
自分が間違えたせいで……
トレースはひどく後悔していた。
普段から万能無限を名乗っておきながら、重要なところで、ミスばかりしている。
ルウの足を引っ張っているかもしれない、と思っただけで彼女の心はバラバラになりそうになる。
「る、ルウ……すまない……ぼ、ボクがミスったせいで……」
「何を言ってるんだ、トレース。僕は君が人殺しをしなくてよかったとさえ思っているんだ。悔むことはないよ」
ルウは優しく、微笑みながらそう言った。
「あ、ルウ……許して、くれるのか……?」
「許すも許さないもないって言ってるんだ、構わず目の前の敵に集中して」
最後にきつくそういうと、ルウはシイナに向き直り、二振りの細剣を構えなおす。
「私がやるわ!ちりも残さず、燃やしつくしてやる!不死鳥、力を貸しなさい!」
シイナに斬りかかろうとしたルウを、サラが止めた。
サラの背中には、恐ろしくも美しい、炎でできた翼が生えていた。
「私は燃やすだけが能じゃないの!こうやって、空も飛べる!」
その翼が一羽ばたきすると、サラの体は宙へと浮かんだ。
「覚悟しなさい、『イノベート』!」
サラは威嚇するように叫んだ。




