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第28話〜過去〜

 「……クレア、ごめん」

 





 平和で暖かな雰囲気を、リリーの声がぶち壊した。

 座っている二人の横、シイナの死体の正面に、リリーがいつのまにかいた。

 彼女には似つかわしくない、どこまでも重く、悲しげな声を発して。

 「……リリー、お姉ちゃん?」

 クレアがリリーを見てもそう言った。

 リリーはいつも、元気にあふれていて、朗らかな女の子。黄銅色の瞳に、黄色の明るい髪。 背が高校生なのにクレアほどしかないから、余計に幼く見えていた。

 それが、今は全く違っていた。

 あの陽気な雰囲気はどこへいったのか、重く寒々しい雰囲気が、彼女の周りにとりついていた。

 「クレア、ごめん。いまさらだけど、本当にごめん。わ、私、クレアがいじめられてるのを見ても、何にもしなかった。怖かったから。殺されるかも、って思っただけで体が動かなくなったんだ。ほ、本当よ、信じて……」

 消え入るような懇願に、クレアは度肝を抜かれる。

 リリーがこんなにも弱気になるのが、信じられなかったのだ。

 大事な妹が殺されかけていたのに何もしなかった――

 それが、リリーを極限まで追いつめていた。

 コトリが能力を使い、生き返らせたことに気付かないほど、リリーは後悔の坩堝にはまっていた。

 「許してくれなんては言わないけど、お願い、謝らせて……。私、瞬間移動ができるのに、しなかったの。ごめんクレア。本当にごめん、ごめんなさい……」

 今にも消え入りそうな声で、リリーが言う。それはうわごとのようで、本当にクレアに向かって言っているのかも、定かではない。

 「……リリーお姉ちゃん」

 「な、なに、クレア」

 かけられた声が怒るような口調だったので、リリーは一段と怯えた表情をする。

「私がどうして死にかけても戦ったか、わかる?私はお姉ちゃん達には戦ってほしくなかったのよ。傷ついて欲しくなかった。だからお姉ちゃんが後ろにいてくれたおかげで、私は安心して戦えたの。……だから、ごめんなんて言わないで。お願いだから、笑っててよ。リリーお姉ちゃんはそっちの方が似合ってるよ」

 けれど、そんなクレアの言葉にリリーは一瞬あっけにとられた。

 「え……?お、怒ってないの?怨んでないの?私のせいで、その、クレアは死んじゃったんだよ?それなのに、怨んでないの?」

 「私が死んだのは私が弱かったから。……そんなに痛くなかったし、苦しくなかったから、怒ってないし、怨んでもないよ」

 取り繕っているようではけしてない。本心からそう言っていることは、リリーにでもわかった。

 「……そう、なんだ。なんだ、怨んでないのか。……ま、一応言っとくわ。ごめんね」

 さっきとは違い、軽く、リリーはそう言った。

 「うん。……そうだ、リリーお姉ちゃん。他の所に応援行かなくて大丈夫かな?私結構不安なんだけど……」

 「え?大丈夫大丈夫。みんな強いから、きっと圧勝よ。知ってる?この学校って、ちょっと前に近くの不良の溜まり場みたいな学校とかなり大規模な抗争があったのよ」

 ふと、そんな話をリリーは切り出した。

 リリーやコトリたちはクレア達よりも先にこの世界で入っており、この街のことや、学校で起きた出来事をよく知っている。

 ……いつからこの世界にいるのかは、分からないが。

 「その時に生徒会が仲裁に入ったのよ。私も駆り出されたんだけどね、それがもう仲裁と言う名の全面戦争。話し合いの場所に行ってみたら隊列をなした不良どもの群れで、話し合い一切なしで大喧嘩になってさあ」

 少しだけ楽しそうに、リリーは続ける。クレアもコトリも、彼女の話に聞き入っている。

 コトリももちろんその場所にいたのだが、初めて聞く話のように聞いている。

 「で、私とコトリ、トレースの三人でそいつらと応戦したんだけど、トレースだけはもう格が違ったね!めちゃくちゃ綺麗に戦うんだから、ついみとれちゃってさ、あやうく釘バットくらいかけんだよなあ……」

 「く、釘バット!?そんな原始的な武器使う不良ひと、まだいるの?」

 クレアが驚くように言った。

 彼女の中の不良とは、パンチパーマで、背中には登り竜が描いてあって、基本武器はトカレフ……そんなどちらかと言えばヤクザのようなイメージである。

 拳銃を使うのがデフォルトだと思っているのなら、釘バットは原始的にみえるだろう。

 そもそも、いまどき釘バットを使う人間がどれくらいいるのか。

 「あー、ええと、それ、今から5年ぐらい前のことだから」

 さらりと、そんなことをリリーが言う。

 「……5年まえ?」

 「そ。私結構前からこの世界いるのよね。なんか居心地いいし。定住しちゃおっかな〜って考えるぐらいにはいいところよ」

 定住とは、旅をやめてひとつの世界に住むことである。

 不老の魔法がかかっている者は定住することを嫌うが、たまにリリーのように不老にして定住を望む者も少なからずいる。

 「……へえ〜。ま、私も考えてみようかな」

 「なにを?」

 「この世界に定住するかどうか」

 「……は?」

 その答えがあまりに以外だったのか、リリーはそんな声をあげた。

 「……何?鳩が豆鉄砲くらったような顔して。そんなに以外?まだ私不老じゃないし、もともと逃げてこの世界に来たわけだし、あんまり旅したい、って思わないのよね」

 クレアが異世界移動をしたのは、クレアをいいように利用していた男から逃げるためであった。だから異世界を移動したのはほんの成り行きでしかなく、旅に関しても興味がある以上の感慨を持っていない。

 「お父さんと一緒に旅してたんでしょ?」

 「3年だけね。その3年で何回も死にかけたわ。……ま、たいていが『イノベート』つながりだったけどね」

 3年間の旅で、ほとんどの世界で『イノベート』と出逢ってきたクレア。今回みたいに『イノベイター』が出張ってくるようなことはなかったが、それでも死にかけたことにはかわりない。

 「……旅にいい思い出があんまりないからか。……仕方ないっちゃ仕方ない、ね」

 リリーはそれだけを言うと、もう何も言わなくなった。

 クレアの人生だ。家族といえども他人にしか変わりはなく、人の人生に口出しするなど、あまりほめられたことではない。









 「……まあ、気になることは気になるわね」

 リリーはそう、遠い空を見て呟いた。 


 

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