第26話〜コトリの能力〜
クレアの体が、横たわっている。
致命傷となったのは、シイナに貫かれた背中。
そこからとめどなくあふれていた血液は、今はもう、流れていない。それは全身に血液を送る心臓の動きが停止したことを示していた。
「……く、クレア?」
茫然と、コトリが言う。
信じられない、といったふうに。認めたくない、と言う風に。
「……てめえらのせいだぞ、わかってんのか?」
シイナはなぜか、咎めるように言った。
「てめえらがすこしでも助けようとしてたら、私があいつを殺すこともなかったはずだ!」
「!!」
ビクリと、身をこわばらせるリリーとコトリ。
しかし、それだけしかリアクションはない。妹が殺されたというのに、その憎き仇が目の前にいるというのに、戦意を震わすことすらない。殺意を抱くこともない。
「……なんだよ。私は結構、あいつ気に入ったんだぜ?私を、この、究極の私を恐れさせたんだ!敬意を払わずにはいられないってもんだろうが!それを、てめえらはなんだよ!?ビビるだけか?」
何も、二人は言い返さない。
ただ、震えてるだけ。あまりの強さを誇る吸血鬼を目の当たりにして、怯えているのだ。
「……屑だな。お前ら二人は」
そう吐き捨てると、もう何も言うことはないと、学校を去ろうとする。
この学校の破壊を命じられてきたはずの、シイナが。
本来ならおかしなことのはずなのに、二人はそれに気づかない。
「……」
シイナは、クレアの心に負けた。
最強を自負し、自分を究極だと信じて疑わない彼女にとって、それは異例中の異例。
だから、シイナはこの学校に何もせずに帰ろうとした。
自分に恐怖を抱かせ、最後の最後まで戦いきったクレアへの、彼女なりの敬意の表し方である。
最後の最後まで、怒鳴ることさえしなかった二人には、心底あきれ返り、殺意さえ湧いてきたが、クレアが護ろうとしていたものなので、一応手出しはしなかった。もし、ここで二人向かってきたとしても、シイナは二人を殺すつもりはなかった。
呆れながらも校門に向かおうと、歩を進めた、その時。
「ま、待ちなさい!」
勇気を振り絞ったせいか、その声は震えていた。涙ぐみながらも、しっかりとシイナに届く声で、コトリは叫んだ。
「……ククク、何の用だ?」
やる気になったか?と、期待に胸を膨らませながら、シイナは振りむく。
コトリの瞳は濡れ、赤くなっている。けれど、さっきはなかった決意の色が、その瞳にはあった。
「クレアの傷、治してからいきなさいよ」
どんな怨みごとをいいながら突っ込んでくるのかと楽しみにしていたシイナは、そのコトリの言葉に肩透かしを食らった。
「は、はあ!?なんでそんなこと……」
「そうしなきゃ、私がいやなの。戦ってあげるから、治しなさい!」
射抜くような視線で、コトリは吠えた。
「……いいぜ。こいつの傷治したら、戦うんだな?」
もう後戻りはさせねえぞ?という言葉を視線に込めて、シイナは言った。
隣にいるリリーはその視線に負けてびくっと体をこわばらせるが、コトリは全く動じなかった。
「もちろんよ。私の能力、頭脳、全てを駆使してあなたを殺すわ」
その啖呵に、シイナは彼女の覚悟を感じとった。
「ひとつ、忠告しとく。傷は治っても、生き返ったりはしねえぜ?」
「分かってるわ。背中に穴があいたままじゃかわいそうだと思ったから、治して欲しいだけ」
「……ククク。いいお姉ちゃんじゃねえか」
コトリに対する評価を少し改めると、シイナは、黒々とした血液をぶちまけて無残に転がっているクレアの遺体に近づく。
コートは血に染まり、開いた目からは開き切った瞳孔が見え、クレアは今どこからどう見ても、死んでいた。
遺体のそばまでくると、しゃがんで手をかざす。血の力を空気経由で伝達し、体の修復を図る。
「……悪かったな。痛かったろう?もう、これで大丈夫だ」
シイナには似つかわしくないほど優しい声色で言うと、クレアの傷はすっかり治っていた。
これで、コトリと戦える。
もう、クレアに対する感慨は一切合財抜け落ちた。
あとは、どうやってコトリをいたぶるか……
シイナがそう試案をめぐらそうとした時だ。
「……ありがとう」
コトリが、横たわるクレアとしゃがんでいるシイナの間に立った。
「……あ?」
彼女は右手をシイナがかざした手にあてて、左手をクレアの心臓においている。
それが何を意味するのか、シイナは一瞬理解できなかった。
いつものシイナなら、敵になるはずのコトリが近づいてきた瞬間、攻撃を始めるはずだった。
しかし、今のシイナはそれをしなかった。
クレアを殺した罪悪感か、ただ単純に油断していたのか。
「それと、ごめんなさい」
その言葉で、シイナは危機感を抱き、飛びずさろうと足に力を入れる。
――が、もう遅かった。
「―――てめえ!何しやがった!」
シイナが吠えるように言った。もう油断ならねえ、殺してやる――
そう思ってはいても、シイナの体はまったく動かない。
触れられているところから光の粒子のようなものが発せられる。それはクレアの体からも同じようにして発生していた。
「私、言ったよね?能力、頭脳、全てを使ってあなたを殺すって。だから、実行に移したの」
もう腹をくくったのか、コトリの顔から怯えの色は消え失せていた。
しかし、どんな感情も、彼女から読み取ることはできない。
「私はね、自分ではない誰かの命を、何かに与えることができるの。誰かの命を吸い取って、何かに命を吹き込む……悲しい能力。私は『転生輪廻』って呼んでるんだけど」
転生輪廻……仏教など言う生まれ変わりのことである。
人は死ぬと何かに生まれ変わり、そしてまた別の生を歩んでいく、という考えのことである。コトリの能力は、その転生輪廻を強制的に引き起こす能力である。
もちろん記憶や人格など引き継がれるはずもないし、生まれ持った能力が引き継がれることもない。
そんな絶望的なことを聞きながら、必死に動こうと努力するシイナ。
「……無駄。もう、インストールは始まってる。命を移しとっている間は、移しとる方も、移しとられる方も身動きができないの。あきらめて、クレアの魂になって」
コトリの目的……それはクレアを生き返らせること。死んだ体に魂を入れ、命を吹き込む。
そうすれば、クレアは生き返る。
「く、ククク……バカか?てめえ。輪廻ってのは、記憶も全部まっさらになんだろうが!クレアの体に私の魂入れたところで、クレアが生き返るはずが……」
「生き返る」
妙に説得力のある声で、コトリが言った。
「記憶は体が覚えてる。能力も、全部体が覚えてる。記憶も性格も何もないまっさらな魂が記憶のある何か……つまり、死体に入ると、魂はその記憶に影響されて、体が覚えている記憶を元に思い出や性格を作り上げるの。この場合だと、殺される直前までのクレアが、生き返るってこと」
光が、一層強くなる。
「く……!くそ!てめえ、覚えてろ!絶対。絶対復讐してやる!覚えてろ!殺してやるからな!ぐ、ぐあああああああああああああああ………………!」
パタリと、シイナが倒れる。それと同時に、光の粒子が消える。
魂の入れ替えが終わったのだ。
そこに残ったのは、呼吸はおろか魂の余韻すら残っていないシイナの死体。
それが、蘇生の代償。
「……クレア、起きて……」
コトリが、朝にするように優しく、囁く。
もうクレアは物言わぬ死体ではない。呼吸をして、しっかりと考え、そして誰よりも勇敢に戦えるだけの勇気を持った、かわいらしい女の子。
「……ここ、は地獄……?」
目ボケ眼で、クレアが言った。
「……おねえ……ちゃん?まさか、シイナに殺されたの?」
どうやらクレアはここがあの世だと思っているようだ。
「クレア、よく聞いて。あなたは一度、死にました」
「うん。分かってるよ、そんなこと……」
コトリは簡単な質問をして記憶に齟齬がないか確認する。
「ほかに、思い出せないことはない?」
「ないよ?どうしたの、コトリお姉ちゃん」
どうやらクレアはどうしてそんなことを訊くのか不思議でしょうがないらしい。
「……あなたは生き返りました。私が能力を使って、シイナさんの命を使って」
そう、厳かにコトリが告げると、クレアは目を見開いた。
「……すごい。コトリお姉ちゃん、そんなに強い能力持ってたんだ!?」
驚くのは、敵の命で生き返ったということよりも、そこらしい。




